健康です。
不死の身体であるといっても過言ではない存在ゆえに、目眩や頭痛、発熱といった生身の感覚は無い。
そんな身体に慣れきっている私が、三日ほど寝ていたからと立ち眩みを起こしたことに、首を傾げざるを得なかった。
同じ死神である二羽が気遣い、心配してくるのも理解できる。
そもそも”寝る”という行為すら必要なのかと問われれば、いつ何時であろうと”呼び出し”に応じなければならない私たちには不要だと答えが交わされ、寧ろよく”三日”も眠っていたものだと悩むべきはその点である。
(何かあったのだろうか?)
昏睡状態に陥る前、何かあったのではとそれとなく二羽に確認しても「何もありませんよ?」と返ってきた。
あの日は日向くんの部屋で夕食を済ませてから戻り、直後に二羽が”呼び出し”に応じ、済ませて帰宅すると既に私はベッドに居たという。
私の記憶との相違は無かった。
「……召喚します」
いつもと変わらず難無くと死者を送る。
(特に何の問題もないな)
以来、身体に不調もなく仕事も順調にこなせている。
ただ、少しばかり頭の中が軽くなった気がする───いや、所謂”バカ”になったわけではなく、以前より何処と無く気分が軽くなったような気がするだけだ。
死神として”呼び出し”がなければ何もすることは無い。
”呼び出し”があるまで何をしていようと問題は無いが、そもそも何もする必要が無いともいえる。
現世に降りて生者に紛れていようと、何かに勤しみ楽しんでいようと構わない反面、狭間に篭もり無意味に時の流れを眺めて居てもいいのだ。
必ずどこかで死者が生まれているのだから死神に暇など無いのだけれど、与えられる担当区域には何人もの同業者が存在しているため、気紛れな天の采配によって割り当てられる死者の頻度も様々。
時が経つと私が三日も昏睡していたのも、天による仕業であって、何かしらの意味を含むものでも無いのではないだろうかという結論に至った。
(担当区域内において、それ程必要とされなかったということか)
現に、私が眠りこけて居た間、二羽は一日二度程度しか”呼び出”されなかったらしいし、私への”呼び出し”があれば例え熟睡していても起きてしまえるはずだ。
死神と”呼び出し”とはそういう関係による生業であり、今までの私の記憶にない事象だからと他に前例が無い訳でも無い。
原因について詳細は不明だが、数日昏睡していたという死神仲間の証言は少なからず存在する。
「先輩、今晩は花火大会があるそうなんです!行きませんか?!」
午前中ひと仕事終えて戻ってきた二羽は、屋上に日陰を作って寛ぐ私の元へチラシを持って寄ってきた。
先日買い出しに出かけた際に量販店のレジで無料配布されたものだ。
「そうだね。だけど人混みは苦手だし、ここからでも見えると思うよ」
「見えるんですか?!」
「ああ」
確か昨年のこの時期に派手な発光と大きな振動音が響いていたと話すと、二羽は顔を綻ばせて「今夜は”呼び出し”がありませんように!」と空に向かって両手を合わせた。
「今夜は外に広げてご飯食べましょうよ!ついでにお酒も用意しましょう!」
花火が見られることがよほど嬉しいのか、私の返事も聞かず大はしゃぎで家の中に戻る。
アルコールを飲んでも酔いはしないので、ジュースでも水でも同じなのだがと内心思いつつ、何事にも楽しそうな姿を見るとこちらまで浮かれ始めるから不思議だ。
約束に喜ぶ二羽が忙しそうに準備をし始めた夕方になって、私は”呼び出し”に応じることになった。
「準備しておきますね!」
「ほどほどにな」
玄関口で張り切る二羽に苦笑しつつ全身を支給された黒で覆う。
リビングに存在していた私は途端にこの世との境を分かたれる。
外はまだ明るいのだ、五階建てとはいえ時間帯を気にし、家屋内で生業に就くよう心掛けてはいた。
今の世はどの時間でも寝静まることが無い。
現世に留まる死神にとって住み辛い時代である。
まして、夜に昼間の明かりを持ち込み騒ぐ者もいるため、徘徊する生者の多さに私たちの取り扱う仕事内容も特段と増えた。
(以前は月夜の呼び出し案件など大人しい者ばかりだったのに……近頃は逃走を計る者が多いな)
「18時46分事故死、捕縛完了。召喚します」
私の声に死者は嗚咽しながら消えた。
後には薄い煙を吐き出す車体を取り囲む生者たちが、その中に残される身体を何とか引き摺り出せないものかとざわめいていた。
当然それを見つめていた私になど気づく者はいないのだが、街中での事故に大勢の生者が救助にあたろうと必至になる姿は、少し哀れに思った。
(無駄なことを……)
見えてはならないのだけれど、私の姿や声が聞こえるならば、もう助かることは無いのだからと教えてあげられるのにと、それこそ無駄なことを思う。
(死は万人に平等に与えられる……自ら選ばない限り突然にだ)
以前そんな言葉を聴いた。
自分だったのか、それとも他の誰かだったのか。




