確かめましょう。
私の借り受けている部屋は屋上に後から建てた倉庫のような物だが、アパート自体の建物は鉄筋コンクリート造りの五階建てで、各階に四部屋、それぞれ1DKのようだ。
割と長く住んでいるものの、他の住人とは接点を持たないように気をつけていたため階下へお邪魔するなどということは無かった。
「お邪魔します!───わぁ!綺麗にされてますね!」
「昨日久しぶりにバイトと学校が休みだったんで、ちょうど掃除したばかりなんです」
学生の一人暮らし……物は最小限で少なく整理整頓の行き届いた部屋だ。
(今時の若者にしては物が無さすぎはしないだろうか?)
入って直ぐに目にした感想だ。
キッチンが対面式のカウンターテーブル付きだからか丸い椅子が一つ添えてあるだけで、四帖ほどのダイニングには何も無い。
続く開け放たれたままの引き戸から見える奥の部屋にはローテーブルとベッド、ベッドの側の簡易的な二段ボックスのみで、学生に必要であると思える本などはボックスからはみ出て床に直置きに積み重ねられており、テレビやオーディオ機器といったものが見えない。
唯一パソコンという電子機器はテーブルに置かれていたが、ほんとに生活感というものが感じられなかった。
(片付いているなんてものじゃないような……)
まだ私の方が生者に等しく物が溢れているように思う。
「俺一人だし、物があるの苦手で置いてないんですよ。椅子とか足りなくてすみません」
キッチンに入って二羽と並んで食材を相手にしながら、その前で椅子に腰掛けて待たされる私に苦笑いをしてくる。
「いいですよ!僕立って食べます!立ち食いってやってみたいんですよ、一郎さんは行儀が悪いってさせてくれないので!」
「いやいや、奥からテーブル持ってくるんで、座って食べましょうよ。友だちが来た時はそうしてるんで」
賑やかに、笑い声を上げながら調理はされていく。
少し煮詰められる甘辛い匂いがしてくると、ただじっとしているのに居たたまれず、「テーブルを運んできてもよろしいでしょうか?」と声をかけて腰を上げた。
正直、何と問いかければ良いのか分からず計りかねていたし、観察しても普通の青年であって恐れるところも無く、二羽との他愛ない会話を邪魔してしまうのも気が引けた。
「あ、すみません、お願いします」
用意された大きさも模様も不揃いな器に嬉々として白ご飯を盛り付ける二羽を確認して、(嬉しそうだ)などと小さく溜め息と笑みが零れた。
開かれたままの八帖へと向かい、ベッドの横に鎮座するローテーブルに手をかけたその先、簡易二段ボックスの天板に置かれる時計と写真立てが目についた。
物を置くことを最小限にしている部屋に写真を飾っていることに少しの驚きを感じたが、その中にある物にも注視させられる。
(古い……物だな)
よくよく見てみれば写真立て自体も年季物のようで、木枠にはいくらか傷もあり、角が欠けて抉れていた。
写っているのは成人男性が二人と赤子、か。
「すみません、上に乗ってるものは床に置いていいんで」
なかなか持ち上げずに動かない私を不審に思ったのか、日向くんが声をかけながら近づいてきた。
「あ、ああ。分かりました」と返事をしつつ手元に視線を移し、テーブルの上にある数冊の本と機器を手にした。
隣へと近づいた日向くんはそれを受け取るとばかりに手を出してきたので、大人しく差し出す。
「───俺の曽祖父ちゃんと曽祖父ちゃんの友だちなんですよ」
私の視線を追って気づいたのか、話題にしたかったのかは不明だが、受け取った本を積み重ねてある本の上に置きながら自然と話してきた。
「”陽色”……曽祖父ちゃんの名前は日向朔、友だちの名前は日向陽色さんといいます」
代わりに写真立てを手にして私の目に映るように掲げてみせる。
「え?」
「抱っこされてるのがじいちゃんなんです。血縁じゃないらしいんですけど名字が同じなことでとても仲の良い人だったんだそうで、じいちゃんが生まれた時、田舎で写真を撮るのも貴重な時代だったのに、陽色さんが撮って残してくれたそうなんです」
「……そうですか」
なぜ彼がそんな話をし始めたのか、それは写真を見て合点がいく。
セピア紙のモノクロ印刷、着慣れていないように思えるスーツに身を包み、整髪して硬い表情で立ち並ぶ青年が二人とまだ首も座らないような抱かれる赤ん坊がいた。
髪型は違っていてもなんとなく見慣れている顔が一つ、そこにあった。
「似てるでしょ?」
強張った声にじっと見詰めるその四角いケースが少しカタカタと揺れ始めたことに気づく。
「俺、陽色さんに会ったことがあるんです」
目線を上げて彼の顔を見た。
彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。
写真は彼の曽祖父の若い頃、彼の祖父の生まれたばかりの頃の物。
「まだ、ご存命で?」
100年以上は前の物と推測される───訝しく意味が分からずと言った風に問いを口にすると、彼は僅かばかり息を飲んだ気がした。
「二人とも何してるんです?ご飯食べましょうよ?」
向き合っていた空気を割いて二羽が背中からひょっこりと覗き込んできた。
日向くんは慌てて写真立てを元に戻して立て、「食べましょう」と笑顔を作って振り向いた。
私の応えは正しかったのだろう。
日向くんは食事を終えるまで二羽に合わせて明るく見せていた。
同時にかろうじて笑顔を貼り付けてはいたが、私の頭の中では遠くから近づく音が鳴っていた。
(何の音だったか……とても大切な音)
併せて微かな誰かの声と規則的な音が少しずつ霞を纏って姿を見せる。
突如浮かんでくる不可解な思いを隠しつつ、なんとかその場は和やかに過ぎた。
だが、日も落ち月が昇り始めた頃「また、食事しましょうね!」とにこやかに挨拶を交わしてご機嫌な二羽と自宅へと戻ると、何故か私のお気に入りのソファーに瑚白が現れた。




