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死神業に就いています。



「お疲れさまでーす」


「お疲れさまです」


「先輩、逃げられかけたんですって?噂になってますよ」


この職にも暇な輩は多く、些細な事柄に耳を傍立て何かと話題にしたがり嗤う者がいる。


「早いね、取りこぼしはしていないのに」


「分かってますよ。けど、怖がられたんでしょ?何ででしょうね?」


「さあ、何でだろうね」


「じゃ」と軽く会釈をして、私は事務手続きを済ませてその場から立ち去る。

背中でまだ何か話したがる様子な後輩の気配を遮り、この場に長居しないことが経験からなる得策だ。


対象者の召喚を終えると必ず行う事とされる事務処理。

それを行うための小ぢんまりとした建造物があの世の入り口に存在している。

ここに来ると死神業も現世の会社勤めと殆ど変わりはないのだろうなと思う。

私たちは同業者同士集まって何かをするということはないし、決まった建物に終始詰めているわけでもない。

職種は現世にて死者を捕まえ浄化される部屋まで導くことと、転生出来るように記憶の消去を行い天へ送ること、そして思い残しを処理することの三種類に分類される。

私は前衛、死した者をここから奥にいる死神に引き渡すのが仕事だが、引き渡し手続きという面倒な事務仕事をするために毎回ここへ来る。


人はその数を一定に保ち、時代や時間を変えて生まれ変わりつつ輪廻の輪の中で生きている。

大きく人口の減るような時代があれば、増えすぎたと慌てて減少を促す時もあり、長生きさせ過ぎてしまうことで転生人口の減少を起こしてしまうこともある。


人を一定に保つことが難しいのは、一個の人生に於いて如何なる罪も洗い流すことが必須となるために、転生に時間差が出てくるからである。

つまり、全てが一定の間隔で行われるわけでもなく、全てがマニュアル通りに運べるわけでもない……転生基準マニュアルがあるわけでもなく、まして、()()()()のある者の処理には余計な時間が掛かると聞く。


私たち死神と呼ばれる存在はその中にあって異質なものとされる。

人は死を迎えると天に召喚され、記憶を消され罪を洗い流しながら輪廻の輪に還る日を無の中で待つが、最も許されることのない罪を犯して死した者は輪廻の輪に送られず、無の中にも入らず死神になるという。

いったいどのような罪を犯せば許されることのない罪となるのか、自分がいったいどのような罪を犯したのか、死した者は必ず全てを忘れているためにその罪を知る事がない。

気づいた時には死神として働いているのが実状。

与えられた部屋に居続けるのも良し、現世にて生者に混ざっているも良しとされていて行動は自由ではあるが、ただ、個別にファイルが届いた時は何事を於いても速やかに死神の職務に就くこととされる。


(大人しい死者に当たらないなぁ)


ぼやきながら暗闇となる中を帰路に着く。

私は世と世の狭間はざまとなる中空にある与えられた小部屋ではなく、現世に部屋を借りて生者に混ざって暮らしている。

何故か……与えられた小部屋は寒々としているし、所謂いわゆる職場という印象が強くて落ち着かないという単純な理由だ。

と言っても、私自身は元来死者であるから、この体に血は通っていない。


人、つまり生者は死神を見ることは出来ない。

見ることが出来る者は生を終えている者だ。

それでは何故人に混ざり暮らしていられるのか。

単純に職務に就くために決まった糸で紡がれ仕立てあげられた服、つまり制服一式を着るか脱ぐかの違いだ。

頭から足の先まで支給された制服を着ていれば生者には見えないし、一枚でも脱げば鏡にだって映る。

死した身体であるから触れれば体温を感じることは無いが、常温にあって腐敗することが無い。

故に老いることもなく、栄養を必要とはしないが食事を楽しんだり、心身的な疲れを感じて湯につかり、温かいベッドで睡眠をとったりもする。

生者と交わらなければ人として俗世に存在することができる。


()であった記憶はなくても()としての営みをおくりたいと望む思いは何故か持ち合わせている厄介な代物だ。


(強面……じゃないのになぁー)


借りている部屋に戻り、風呂に入って洗面台の前で鏡を眺めた───青白い顔色のやや整った面相をした間抜けな男が映っている。

自分しかいないので、それが自分であるのは確かなのだが、ここ連日、いや、そのうちの何割かは必ず担当する死者に怯えられて逃走を図られる事案が発生している。

その事実に多少なりとも落ち込んだりもしている。


「ふむ、原因は私ではない。そういうことにしておこう」


人は”死神”と聞くと怯えるものだ。

欠伸が出たのをきっかけに洗面所兼脱衣所から離脱してキッチンへ向かった。

気にはなっているが、グダグダと悩むのは好きではない。

冷蔵庫からマンゴー果実の混ざった野菜ジュース・パックを手にベッドルームへ移動。

シワを伸ばした白く清潔なベッドへ腰掛けた。

借り受けている部屋は2LDKでキッチンに風呂トイレ別。

6帖のベッドルームはホコリも無く、余計な物もない整理整頓された部屋は心地好く清々しさを感じる。

潔癖ではないものの、汚れのない物に囲まれて過ごすのは自分の性に合う。


この仕事に就いているからではないと思いたいのだが、実は『黒』より『白』が好きだ。

だから白い制服はないのかと問い掛けたことがあるのだが、返答はなく、黒い制服を支給されて放置された。

ワンマンなブラック企業の称号が確定した瞬間だった。


その腹癒せではないが、借り受けた部屋は白を基調とした家具家電で統一した。

床のフローリングは木目が主流で仕方なく譲歩したが、壁紙は白いところを選んだ。

白い中に小物のカラフルな色が点在して主張してくる様は、面倒臭がりな私に何処に何があるのかしっかりと理解させてくれる。


「明日は買い物にでも行くか」


窓際に置いてある観葉植物を眺め、冷蔵庫の中にミネラルウォーター1本と飲みかけの牛乳しかない事を憂う。

致し方なし……連日ゆっくりと横になる時間も無いほどに招集がかかり、買い物になど行く暇はなかった。

死神が忙しい───あまり良い事ではないだろう。


真面目な質ではないにしても、こうも仕事が忙しいと感じると少しばかりは輪廻の輪が狂い始めているのかな?などと気になってくる。

先述したように人の数は一定に保たれていて、生者と死者の割り合いはその時代ごとに異なる。

死者が増えるということは生者が過分に存在しているのか、それとも生者の数を意図的に減らしているのか……いずれにしても、私たちの仕事が増え続けることに良い意味はない。

頭を使っても詮無きことに諦めをつけて、私は日頃の疲れを癒すために大きな黒猫の抱き枕を手に、真っ白なカバーを掛けている布団の中に潜り込んだ。


黒猫は縁起物の象徴である───お気に入りだ。





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