帰りました。
昨今落ち着いてきたとはいえ、やはり死者の数は多くなったのではないだろうか。
その分輪廻の輪から現世に還る者もいるといえば、統制のとれた采配の為せる事であるのだろうが、かなり同業者の数が増えているようにも思える。
小さいと思っていた事務所が少し大きく感じて、ふと周りを気にしてしまった。
一人の死者を送る度、事務手続きをするために通うこの場所は唯一のもので、黒い制服の者たちの交流の場でもある。
(二羽が転任する時、増員も行われたと言っていたが……)
手続きを行うための窓口まで増えていることに今頃になって気づき、多少の驚きを隠せなかった。
あの時は二羽に強制連行されたうえ、同居に突入して振り回され慌ただしくなってしまったからだと言い訳をしておく。
混雑する事務手続きのために呼び出しに応じることが出来なくなることはあってはならない。
そうならないように回されてるとはいえ、想定外な事が起こらないとも限らないのだ、”神”は気紛れなのである。
一人送り終われば手元に届いていたファイルは輪廻に還す役割を担う死神の元へと消える。
大きな事故のように”突発的”な事でも起きない限り直後に新たなファイルは届かないのが常なので、いつもなら現世の部屋へと戻って寛ぐところだが、今回は少し狭間へと意識を向けた。
白と黒とでは同じ狭間でも居場所は違い、会おうと思って会える者ではないと分かっているのだけれど、他に瑚白の居場所など知る訳もなく、かと言って声を発して呼びかければ現れる者でもない。
グダグダと悩むのは好きではない性分で本心から面倒なのだけれど、内にある疑問を解消させなければ気分が悪い。
そして、アイツはこちらが会いたい時に現れることがある。
狭間は無であり、虚無と同じだ。
その違いは、虚無は転生を待つ者が行く場所であって、狭間は死神となった者が行く場所であるということになる。
無色透明、無味無臭と言われたり、自身の感覚に応じて周囲の見え方が個々に違うとも聞く。
狭間にも種類があって、黒い制服を与えられた者は小部屋のように感じる空間へ送られ、白い制服を与えられた者はそれ以外の空間へ配置されるらしい。
黒は与えられた小部屋と職場となる事務所や現世以外への行き来は出来ないが、白は隔たりなど無く狭間と現世、虚無への出入りが出来るという。
どの世界にも”はぐれ者”は存在し、それらを統制する者が必要となり、白い制服の者はその役割も担っていると聞く。
狭間や虚無では時間の拘束がないため体力や精神力への影響が減少するという、死神にとっての利点もある。
(神に近い者……力量差だけでなく何が違うのだろう)
白と黒……その存在を知った後、そんな取り留めのない疑問を何度繰り返し浮かべたことか。
死神として自我の目覚めた頃に居住していた小部屋へと着いて、無音の中に身を置くとあの頃の問いかけがぶり返してしまった。
そんな問答は無駄であると切り捨て、逡巡しないためにもと現世に暮らすことを決めたというのに、小部屋に来るとつい死神である事について考えていた事を思い返してしまう。
「珍しいな、お前が部屋に帰るなんて」
昔の思いなどに惑わされまいと頭を振っていると、予想通りに呑気な態度で瑚白は現れた。
「君に用がある以外に私がここに来ると思うか?」
「いいや。会いに来てくれるとは嬉しいなーと歓喜に震えているだけさ」
扉も窓も無い、天井と床、壁という概念すら無いのに個室と思わしき圧迫感を与えてくる灰色の空間に、空気を震わせて姿を見せる。
「聞きたいことがある」
「だろうね」
やはり瑚白は全てお見通しのような、待っていたかのような素振りで口元に弧を描いて正面に立った。
私が白い制服の者を知ったのは瑚白に出会う前の事だ。
”噂話”程度であった存在を偶然にも事務処理の後で目にした。
本当にチラリと見掛けた程度で自分の目が信じられなかったのだが、その掻き消える姿を目にしたのが私だけで無く、その時その場に居た他の同業者の目撃もあったために、それが実在するのだと信じられたのだ。
何故その時”白”が事務所に居たのかは不明のままだけれど、その時から私の中で白と黒の違いに惑う事になり、その後自分の目の前に現れた嫌味ったらしい瑚白の口の軽さに”白”について他の黒よりも詳しくなったと言えよう。
私に与えられなかった白い制服が恨めしくも忌々しく思うのは仕方ない。
「あの日はすこーし貰いすぎたから、お怒りに来るだろうと思ってたさ」
いや、コイツが軽い調子で接してくるから白に対してドス黒い感情が生まれるのかもしれない。
「はあ?」と、つい突っかかってしまう。
「いやぁ〜ほら、後輩くんの取りこぼし、かなり澱んでたでしょ。元々澱みやすい奴だと思ってたんだけど、でも一郎の力で始末した方が良いかと思ってやり過ぎちゃったんだよね」
「……どういう意味だ?」
「ん?あの時言っただろ。俺がやると後輩くんに罰が降るって。だから一郎の力を使ったんだよ」
白は他の死神から気力を補填することが出来る───これを応用し、自身の力を使わず他人の力を使って事を済ませたという事か。
理解出来るとあの時の凄まじい脱力感と数日に及ぶ回復の遅さに合点がいった。
それほど私の力が非力であったという事実でもある。
「おい、そう怒るなよ。お前が大事にしてる後輩を助けるためだったんだからな?お陰で無罪放免だったろ?」
私が無言になった事に焦る瑚白をただ直視した。
私が性分をおしてここに来たことに確信を持った。
「違う」
「ん?」
怒りではない静かな声音に気付いた瑚白は変わらず飄々とした雰囲気で対峙している。
「君は、何故あの取りこぼしが澱みやすいと知っていたんだ?」
そう、やはり瑚白は最初から二羽の担当した死者が澱みやすいと分かっていたのだ。
そして、私たちの手に負えないと分かっていた───だからタイミング良く現世に現れた。




