立ち話をしましょう。
”呼び出し”は二人同時になる事もあればどちらか一方だけになる事もある。
日向くんの勢いに戸惑ってしまった日の”呼び出し”は私だけだった。
「大丈夫ですよ!僕、ちゃんと留守番してますし、今日は出掛けません!」
そう言って後輩は明るく手を振り私を見送った。
日向くんの服を濡らし、気候の好い時季であっても体調を悪くしてはいけないと機転を効かせて部屋に返し、食器を割らないように気をつけて片付けをこなす後輩は「田中二羽」と呪文の様に繰り返し声に出していた。
同居をするにあたって取り決めておかなければならない事であり、万が一にも生者に名を聞かれた時のために用意した後輩の現世における名前だ。
私が[田中一郎]と名乗っているのだから、つい口にしてしまった事柄であったとしてもそれを利用し、生者に問われた際には[親戚]であると通すことにしたのだ。
親戚で同姓同名は困るだろうと悩み、付け焼き刃ではあったけれど思い浮かんだ[二羽]という言葉を名にした。
後輩も死神として[一郎]という名を持っている。
私は特に目印となる物は所持していないのだけど、後輩は常に制服の何処かへ鳥の羽を模したピンを刺していた。
その事が脳裏にあったのかも知れない。
新たな名前に大喜びの後輩・二羽は、早く慣れようとその名前を刷り込むように口にしている。
やはり皆同じ名前であるより違った名は嬉しいものだろう……生きていた時は個々の名があったのだから。
「───逃すわけないでしょう」
踵を返し慌てふためいて駆け出す死者の背に向かいファイルを開いた。
どんなに忙しくても取りこぼしなどした事のない私の特質は、やはりこの声なのだ。
「捕縛完了、召喚します」
良く通る声音で嫌がる者を強制召喚し終える。
声を張るとその分精神力を削られる。
疲れを感じて息を吐きながら上を見て事務所へと意識を飛ばした。
事務処理も滞りなく、慣れた所作で現世へと戻ろうとしたところだった。
「やあ、お疲れさま」と、朗らかに気安く声をかけてくる者がいた。
黒い服だらけのその場所に違和感を持たせる白い制服の者───それもこの場所に平然として居られるのだ、”死神”であることに変わりは無い。
「久し振りだね、一郎。元気?相変わらず良い働きっぷりらしいね」
白が目立つ場所であることも、自身が注目の的であることも気にすること無く私の傍に寄り話しかけてくる。
「お陰様で。君も健在そうで何より」
死神であるのに[健在]とは明らかな皮肉である。
が、目の前の彼は全く気にもせず「当たり前だろ、俺は至って元気そのものさ!」と爽やかさを漂わせて笑う。
その場の誰もが白い制服の者を目にして動きを止める。
面倒を察して溜め息を漏らす。
「お前、後輩と一緒に住んでるんだって?」
疲れてもいたので早々に帰りたかったが、何か用があるのかと仕方無く人の多い事務所から離れ、人目の届かない狭間にある私の部屋へと移動した。
「そうだが、どこからそんな情報を得るのか不思議だよ」
「お前は自分が思うよりも有名だよ。この業界において一度も取りこぼしが無く、且つ現世に住み続けて何一つ問題を起こしたことが無いんだ、気にしている奴は多い……それに、俺に知らない事は無い」
大袈裟な身振りで人の噂話を語る。
もしや二羽が私に懐いてきているのはその噂を耳にしているためだろうか。
自分の知らない所で他人の口にのるなど気分の良いものでもないし、そんなに良い内容のものでは無いと思うのだけれど。
「俺の時は躊躇無く断ってきたクセに、どういう風の吹き回しなんだ?」
「望んだ訳では無いし、君とは住みたくない」
「酷いな、そんなに俺のことが嫌いなのか?」
大仰に悲しみを表す体格の良い男に、冷めた目を向ける。
「君に好意など欠片もないが?」
「俺はお前にしか興味ないんだけどね?」
「話にならないな。用がないなら失礼する」
寒気を感じて早々に立ち去ろうと一歩踏み出すと、彼は「まあまあ」と腕を肩に回して引き止めてきた。
ウザくてその腕を粗雑に払うと、彼は痛がるフリをしてニヤニヤと笑う。
「今度その後輩くん紹介してよ。お前が気に入って一緒に住んでいるんだ、気になって仕方が無い……いいだろ?」
ヒラヒラと白い制服に埃が付いているかの如く手を動かして、目配せまでしてくる。
白い制服は特別な死神にしか着用が許されていない。
三つの職種の中で唯一その着用を許される職は[死者の思い残しを計る者]だけだ。
同じ死神であって死神では無い者と揶揄される白い制服の者は特殊で特別だ。
私には許されなかった制服を着ている目の前の者を私が毛嫌いするのは当然なのに、コイツは昔から何故か私に馴れ馴れしく接してくる。
そして、白い制服の者には個々の名前があることも、私が嫌う理由の一つだと、コイツは知っている。
「勝手にしろ。歓迎はしない」
そう冷たくあしらうもコイツは「thankyou!」と歓喜して抱きつこうとしてくるから、素早く姿を眩ませ現世へと戻った。
アイツは対人関係による距離感が可笑しい。
白い制服の者に会うと必ずどっと疲れが襲ってくる。
帰宅すると直ぐさまベッドに倒れ込んだものだから、二羽が心配げな声とともに栄養剤を渡してくれた。
召喚に精神を使ってもいたから、このような助けは正直有難かった。
(これは……同居も悪くないということか)
そんな考えを浮かべながら眠りについた。




