お仕事です。
藍色が色濃く層を成して天を塗り尽くす。
地上に光が無ければ空には藍を埋め尽くすほどの瞬きが散りばめられているとわかるだろう。
人はそれらを特別視しながら、自ら作り出した光に塗れて生きている。
「21時34分、国見浩志さん、ご本人ですね」
「は、はい?」
彼は明らかに怯えた様子で隣に現れた私を見た。
それまでの僅かな時間、目にしていた光景が信じられないモノであったうえに、彼が私を見て怯えるのは当然の事だろう。
「あ、あの、おれ、は……」
「どうぞ、こちらへ」
問い掛けてくる声に返事をせず手を差し伸べて誘導した。
眺めていた箇所には、今まさに黒煙を上げて赤い炎をチラつかせている憐れな姿となった車体が転がっている───その中に、彼の身体はある。
これから彼には行かなければならない場所があり、そこに連れていくのが私の仕事だ。
「い、いや……嫌だ!」
事を察したのか、彼は首を振り拒んだ……が、それは想定済みだ。
空に留まる私の手が虚しく、そっと下ろしながら気づかれないほどに小さく息を吐いた。
(面倒だなぁー……)
正直、私はこう言う輩の相手をするのが苦手だ。
出来るなら避けてしまいたいのだが、これを生業としている以上やらなければならないのが仕事というものだ。
「申し訳ありませんが、あなたがここに留まることは許されません。大人しく私に従ってくだされば苦しむことはありませんよ?」
できるだけ落ち着いた口調で、できるだけ優しく言含めるように。
諭すように話しかけて相手の感情を落ち着かせるための努力を試みる。
そうして速やかに事を荒立てず片付けるのが職務マニュアルからなる得策。
「だ、だって、あ、あんた、……」
「はい、目の前の現状が把握出来ていれば私が何者であるかご理解いただけますよね。この姿が常套とされているらしいとの世情にあわせていますので、余計に分かりやすいかと存じます」
怖がらせないようにやんわりと笑顔を添えることも忘れずに。
「ひっ!ち、ちかづくなぁぁぁっ!!」
と、こんなにも頑張って接客に徹しているにも関わらず、大抵は彼のような反応が返ってくることが多く、昨今の悩みの一因となっているとコラムがあったような、なかったような。
「チッ……無駄な力を使わせられる」
両手を振り回し逃げ出した彼を、忌々しげに見詰める。
後退しながらジタバタと動くものだから、数歩動いたところで足を縺れさせて転び、這いつくばってまで私から距離をとろうとしている様は、傍からみれば滑稽でしかない。
「逃げられると思っていることがそもそも笑える」
成人男性が尻を見せて這う姿に呆れを零しゆっくりと足を動かした。
「国見浩志」 ───手にするファイルに目を通す。
「ひっ?!」
「3月30日生まれの32歳」───チラリと前方に視線を向けながら。
「く、くるなぁぁぁっ!!」
「11月6日21時34分飲酒による単独交通事故による事故死」───はっきりと音にする。
正直、私の声は所謂”イケボ”であると自負している。
落ち着いた静かな声音は赤く揺らめく炎をバックにする私の姿を暗闇の中で妖艶に彩っているだろう……相手から見れば恐ろしく見えているのかも……申し訳なくも思うが致し方無し。
担当する者が視界に留め、相手の耳に声が届く範囲内で事象を読み上げるとその魂を捕縛することができる。
それはこの仕事をする上で取りこぼしの無いようにするための特権であり、与えられた必要な特殊技能である───声に力をのせるためそれなりの精神力、所謂”気力”が必要となりそれなりに疲労する。
「国見浩志3月30日生まれ32歳、本日11月6日21時34分、飲酒による単独交通事故により事故死。捕縛完了、召喚します」
規則に則り、手にしたファイルの中身を明確に読み上げる。
地面に蹲り頭を抱えた彼は私の声に身動きもできず、有無を言わさぬ何かに引かれて私の目の前からもこの世からも消えた。
「やれやれ───やっと帰れる」
私は、死者を正しく導く者……俗に言う"死神"と呼ばれる者である。