35-2 Full Moon ― 歓嬉 ― ②
その日の蓮は夕方からバイトであった。
シフトに入ったときには、すでに結構な客の入りであったが、ディナータイムが過ぎると客足も落ち着いてきた。閉店前にはすっかり客も捌け、カウンターの清掃や備品の補充も終わり手持ち無沙汰になると、蓮はふと、同じホールにいた福田に話しかけた。
福田は現在大学三年の女子大生で来月から四年になるはずであった。まさに就職活動の時期である。
「福田さんって、就職活動とか始めてるんですか?」と蓮は聞いた。
「私はもう一年前から始めてるよ」福田はさらりと言う。
「え、今年もう卒業でしたっけ?」
「卒業は来年だけど。具体的に動き始めたのは去年の前期からかな。今はインターンっていって仕事の現場で働かせてもらったりしてる。その会社の採用試験受けて内定もらえたら、たぶん就職すると思うけど」と当然のように言った。
「そんな早く動かないとダメなんですね」蓮は思わず唸った。
「うーん。みんながそうゆうわけじゃないけど。私はある程度自分がやりたい業界を考えてたから」と福田は言う。小さいころから本が好きで、物心つく頃には雑誌の編集者になりたいと思っていたらしい。自分で調べた結果、出版業界で働くのは結構な狭き門であることがわかると、地道に大学の卒業生を訪問したり、出版社で短期のアルバイトをしたりして就職対策をしてきたようだ。
そこに山本がふらりとやってきた。蓮は山本にも就職をどうするのか聞いてみた。
「俺はまた留年。目標は就職じゃなくて進級」山本は真顔で言った。
バイトの後、家に帰り一息つくと、蓮は今日の出来事をなんとなく思い返してみた。仲西と那珂島はまるでタイプは違う人間だが、将来の目標がしっかりしている点は共通している。
性格からして那珂島が先のことをちゃんと考えていたのは想像できるが、普段いい加減な(特に勉強で)感じのする仲西が、肝心なところで本筋がしっかりしているのは少し意外であった。そういう考え方ができるのであれば、将来の生活が妙な方向に向くこともないだろう。
それに比べて自分はどうだろうか、と蓮は思う。急に凜の声が聴きたくなっってガジェットを手に取り、画面に凜の名前を表示させる。十回ほどコールしたが応答しなかった。ガジェットを置きしばらくすると、折り返し凜から連絡がきた。
「どしたのー?」と凜がいつもの感じでのほほんとした口調で聞いてくる。蓮は思わずうれしくなる。
最近になって凜の顔にはやつれた感じがなくなり体調が少しずつ良くなっているように見えていた。
蓮は昼間に話したライフプランニングの内容をざっくり凜に説明すると、仲西が持っていたプリントの写真を撮っていたのでそれを凜に送った。
「こうみると、人間の生活ってホントお金大事だねー」と凜は送られた画像を見てしみじみとつぶやく。
「なんか、途中からでてくる子供のお小遣いとか塾代とか妙にリアルでさー」と蓮。
「このパンフレットに載ってる家族のモデルが通りが一番いいってわけじゃないし。そんな深く考えなくてもいいんじゃないの」
「んー。そう思うんだけど、なんかちゃんといろいろ考えないといけないかなって思ってさ」蓮は、仲西や那珂島、バイト先の先輩のことを凜に話した。凜は仲西や那珂島が、将来の自分像を持っている事実に素直に感心していた。
「凜は将来のこと何か考えてるの?」と蓮が聞く。
「うーん。ないかな」と凜はえへへと笑って答え、
「でも、お嫁さんにはなる」と続けた。
「え、お嫁さん?結婚ってこと?」蓮は少し驚いた。
「うーん、そうじゃなくて、お嫁さん」
「え?何が違うの」
「結婚っていうのは、一つの決まりでしょ。お嫁さんはずっと続くの」
「うーん。そうなんだ。凜がそうしたいなら応援するよ」蓮は何だかよくわからなかったが賛成した。凜は、応援してねー、と言うと、ふと思い出したように蓮に聞いた。
「蓮、明後日の昼って時間ある?」




