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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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33-2 Half Moon ― 棘 ― ②


 美月は神宮寺高校の入学試験を受けた。

 二月中旬には合格発表があり、四月から美月が学校に来ることが確定した。学力的には那珂島と同じ学習カリキュラムに特化したSAコースも十分狙えたのだが、美月の目的は大学進学ではなく蓮や凜と同じ制服を着て学校に行くことであった。


 制服にこれといった違いがあるわけではないが、二人と通うコースが違ってしまうと、変に距離が離れてしまう気がしたからだ。

 入学に必要な書類を用意し手続きを済ませ制服の採寸も終わると、気づけばカレンダーは三月になっていた。高校の手続きも一通り落ち着いたので、美月はまた一人で高校へ遊びに行くことをふと思い立った。



 以前遊びに来たときと同じように駅からてくてくと歩き、学校に着くと例の如く公務センターで手続きをして来校者用のネームタグを借りた。

 そしてふらふらとあても無く校内を歩き、体育館で体育の授業を見学したり、オープンクラスの講義を聞いたりした。美月は行き交う生徒を眺めていたら、できることなら三月からでも高校に入学したい気持ちになった。


 気づけば時刻はお昼に差し掛かろうとしていた。美月はランチタイムで混みあう前に早めに学食に行くことにした。

 学食の入り口に出されていたメニューを見てみると、今日の日替わり定食はサッバーの味噌煮込み定食である。キッチンの方から味噌だれの甘くいい匂いがしたのでそれを注文することにした。


 時間的に生徒は多くなかったので、美月は中庭が見渡せる窓際の居心地が良さそうな席に座ることができた。そこで一人でもそもそ食べていたら突然声をかけられる。

「美月ちゃん何やってんの?」仲西がさわやかに手を振って近づいてきた。


 美月は思わずびっくりしてせき込んでしまう。仲西がコップの水を渡してくれたのでそれを飲みなんとか落ち着くと、

「ちょっと見学に来たんです」と言った。

 美月がせき込んだ理由はいきなり話しかけられたからではない。仲西の髪が真っ黒になっていたからだ。先週会った時には金髪だったのでここ数日で黒くしたのだろう。

「仲西先輩、髪どうしたんですか?」と美月が聞く。

「いや、別に意味がないっていうか。気分かな」と仲西はさらりと流す。が、理由は大ありだった。


 実は仲西、昨年末ぐらいから髪を黒くすることは考えていた。

 しかし戻すタイミングが微妙にうまくつかめず、ずるずると先延ばしになってしまっていたのだ。そして美月が高校に合格し、入学手続きなどを済ませたタイミングを見計らって思い切って髪を黒にしたのであった。


 神宮寺高校では髪型はかなり自由であり、金髪の生徒は仲西以外にもいるためそれほど珍しいものではない。しかし一歩学校の外に出れば話は違うのだ。

 もし仲西が社会人の美容師やアーティストなら個性として見てくれるだろう。その一方、世間一般から見れば金髪の高校生イコール〈素行がどうなのかしら〉という色眼鏡で見られることを仲西は自分でもわかっていた。そして、

〈これでは、美月ちゃんと楽しくデートができない〉という結論になったのだ。


 当然、仲西はその理由を口が裂けても言わない。

 クリスマスの告白を大失敗したせいで、仲西の美月に対する恋心は完全に真野や渡のいじりネタになってしまっており、美月との距離を全く縮められていなかった。


 仲西の感覚では、自分の存在は美月にとって、ちょっと格闘技ができる昔から知っている先輩、で止まっている気がしてならなかった。

 そんなのは嫌だ、と仲西は強く思う。しかしその焦りを美月に悟られてはならない。美月に対してはあくまでもクールに振舞うところに自分の美学があるのだ。



「来月から、同じ学校に来れて、俺はすごくうれしいよ」仲西はさわやかに言う。

「はい、今日も学校に来る練習してるんです」と美月が答えた。

 今の時間は授業じゃないんですか?と美月が聞くと、仲西は、大人数の全体講義だから適当にさぼっても試験さえしっかりやれば大丈夫なんだよ、と落ち着いた答えをする。その試験対策は、全面的に那珂島に頼っていることは心の内に留めた。

 その後も仲西は、軽やかに先輩風をふかせながら、一年の校舎は奥にあるからダルいとか、売店のこのパンがうまいとか、とりとめのない話を盛り上げながら美月と至福の時間を過ごした。


 不意に美月が黙る。

 どうしたの?と仲西が聞くと、少しの沈黙の後、

「私、先輩にちゃんとお礼言わないとって、ずっと思ってたんです」

「お礼ってこないだミーティングに買ってきたアイス?」仲西は聞いた。美月は首を振る。仲西は少し考え、

「ブレスレットのこと?」と再度聞く。

 ブレスレットは美月にクリスマスの日にもらったマウスピースのお礼に、仲西が奮発して買ったシルバーのものだ。美月はそれも首を振った。うーん、と仲西は記憶の糸を手繰るが思いつかない。


「なんか俺したかな?」と美月に尋ねると、美月はもじもじしながら、言おうか言うまいか迷っていた。そんな美月が仲西は大好きだった。

「美月ちゃんが言いたくないなら、無理して言わなくていいよ」と優しく言う。美月は、そうじゃないんです、と言い、意を決したように、

「先輩、あのとき助けてくれてありがとうございました」と続けた。

「え、あのときって」と仲西は言葉が詰まる。


 仲西の頭には自分が美月を助けた記憶の中でも決して忘れられないものがある。

 その脳裏にゆっくりと何年も前の小学校の出来事が蘇ってきた。奇妙な気まずさの中、仲西は何か言おうとするが逆に言葉が詰まってしまった。


「あのとき先輩がいなかったら、私もっとひどいことされて、あの後どうなっていたかわからないと思うんです」美月の声は震えている。

 仲西は美月を見ることができずに目の前のカップを睨みつけている。


 あの出来事は、美月の人生を大きく変えた。

 そこで失ったものは決して小さいものではない。

 何年も何年も苦しみめられた傷がそんな簡単に癒されるわけがないのだ。

 美月が今ここで、そのことを自分から言うのに、どれほど勇気をふりしぼったのだろうか。

「ほんとにありがとうございました」と言う美月を仲西は見ることができなかった。


 しばらく無言のままいた仲西であったが、不意に立ち上がると美月の隣の席に移動する。そしてその小さい手を取り、真っ直ぐに美月の目を見つめた。

「美月ちゃん、俺はずっと、何年もまえか―」と言いかけたその直後、

「仲西!入学前の女子に手を出すんじゃない!」凜の透き通った声が空気を裂いた。


 仲西がその声に顔を向けるとすぐ近くに蓮と凜が立っていた。

 美月の目が蓮に釘付けになる。

「仲西、美月ちゃんとデートしたいから黒髪にしたんでしょ」と凜が断言すると、美月は、えっ、という顔になった。蓮は苦笑いしている。仲西の顔が引きつった。


〈どうしてこの女は的確に俺の計画を、しかも本人の前で〉と仲西は歯噛みしながら、凜に何か言い返そうとしたが怖いのでその言葉をぐっと飲み込む。


 そして、ゆっくりと大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐きだしながらさわやかに作り笑いをし、何も言わずすっかり冷めたカフェオレに口をつけた。

 美月はすでに蓮や凜と楽しそうに話をしていた。

〈こうゆうのも悪くない〉

 仲西の心に長い間刺さっていた棘がいつの間にか抜けたような気がした。








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