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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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31-4 Crescent ― 兆 ― ④


 話は凛と美月が豊岡の会社を訪ねる少し前に戻る。


 その日、豊岡結美輔はイラついていた。

 原因は仕事の関係筋からのお願いであった。何やら面白そうな洋服のデザインがあるので、見るだけ見てやってもらえないか、と頼まれていたのだ。豊岡は小規模のアパレル会社の経営に合わせ、都内にチェーン展開するエステや飲食店を経営する実業家であった。


 時期は年末年始の商戦真っ只中。

 正月も休み返上で働かなければならず、息つく暇なく春夏に向けていろいろな準備に取り掛からなければならないこのクソ忙しい時期に、正直何の利益にもならなそうなお願いをされたのだ。

 本来であれば、そういった類の依頼は、部下を使って適当に門前払いするのであるが、そのデザインを見てもらいたい、と頼んできた相手は重要な取引先の関係者であるのだ。


 その相手に直接面と向かって頼まれてしまった以上無下に断ることもできず、豊岡は一回だけ会うことを了承していた。約束は約束だ。一回だけ会って話を聞くだけ聞けば、一応筋は通したことになる。その後のことは部下を使って適当にうやむやにすればいいだろう、と考えていた。



 アポイントの日、豊岡に受付から女子高生が会い来てますけど、と連絡が入った。

 取り次いだ女性は、いかにも豊岡とその女子高生の関係に興味ありそうな声色であった。不快に思いながら時計を見ると、デザインを紹介したいと言う相手との待ち合わせとぴったりの時間であった。豊岡は上着も持たずそのまま応接室に向かった。


 応接室に入ると一人の女子高生が待っていた。

 制服のまま来たらしいその少女はソファから立ち上がりペコリと頭を下げた。その子はアパレル業界の中で、多くの美しい女性を見てきた豊岡ですら、思わずはっとするほどの美少女であった。

 柄にもなくドキドキながら座るよう伝える。


 凛はにこりと笑うと「希峯凛です」と挨拶し、ちょこんとソファに座った。

 豊岡は凛の正面に座る気になれず、思わず凛が自分の斜めの位置になる場所に一ドル。用件は前もって聞いていたので、どういったデザインのものかを前置きなしに確認した。


 凛はカバンからノートを数冊取り出し、それを豊岡に渡したその時、応接室のドアが開き、一人の女性社員が飲み物を持ってきた。豊岡がその顔を見ると、目が笑っていた。自分がいつもとは違う場所に座っているのを見たからであろう。すでにこの美少女に飲まれそうになっているのを見抜かれたような気がして妙にそわそわした。

 いつもよりゆっくりと紅茶をテーブルに置く女性社員を無視し、豊岡は憮然としながら凛から受け取ったデザイン帳を開き、それを確認していくとすぐに〈面白い〉と直感的に思った。


「これは君が描いたのか」豊岡は凜に尋ねた。

「いえ、私の友達です」凛は答え、美月について簡単な説明をした。自分が偶然その子が洋服のデザインをしていることを知り、本人に断ってそのデザインノートを借りてきたことを話した。


 豊岡はノートの中身をさらに確認していく。

 一つのデザインを生み出すまでに、細かくいくつものラフが描かれ、最終的な形状を決定していた。一つのアイテムに、どういう訳か、同じようなデザインの服が二つワンセットのようになっているものが多かった。それぞれ微妙に細かい部分が違っていて、それを着る人間へのこだわりを感じた。どうしてそれぞれ二種類の同じようなデザインがあるのか凛から話を聞いた。


 凜の話では、その服を着てもらいたい人のイメージは、そこにいる希峯凛と、もう一人の女の子を意識しているらしいとのことであった。豊岡は、目の前にいる凛がデザイン帳に描かれた服を着ているところを想像した。一つは凛が着たら、少しちぐはぐな印象になる感じがしたが、逆にもう一つのデザインのものは、凜のイメージにぴったりであった。豊岡の心が揺れる。

〈果たして、これが売れるだろうか〉


 自分は経営者である。決して慈善事業で仕事をしているわけではない。

 面白そうだからといって気軽に思い付きの企画に手は出せない。やるからには収益を上げ会社に利益をもたらすものでなければならないのだ。自分は個人事業主ではなくこの会社の社員の生活にも責任をもたなければならない立場なのだ。


 豊岡は部屋にある内線を使い、部下である石田を呼んだ。待っている間、豊岡は凜に石田について説明した。

 石田はデザインも手掛けるが、ブランドの戦略や運営の業務を中心にしているらしく、これまでにもブランドの立ち上げも行ったことがあるとのことであった。

 立ち上げたブランドの中には、利益を上げているものもあれば、もちろんうまくいかないものもあり、採算が厳しいものに関しては早々に切り上げ、常に新たな仕掛けを探しているのだ。


 しばらくすると、石田が入室してくる。いかにもアパレル関係らしいファッショナブルなパンツルックのぴちっとしたスーツに、髪は動きやすいよう後ろに束ねている。

 凜は豊岡の時と同じように挨拶した。石田は笑顔もなくそれに応える。凜が、ちょっとトイレに行ってきますと言って、石田と入れ替わりで部屋を出ていった。


 石田はソファに座るなり、美月のデザインノートを確認し始めた。入室時の硬い表情は変わらないが、瞬時に目が真剣なものになった。

 五分経っても凜は戻ってこない。その時点で石田の結論は半分出ていた。

〈デザインはいいものがある。しかし、事業としてはどうなるかわからない。別のブランドで少しデザインを変えたものを提案するぐらいであれば〉と思った。


 その考えを豊岡に伝えようとしたっちょうどその時、凜が部屋に戻ってきた。その姿は制服から私服に変わっていた。石田の目が凜に釘付けになる。

「このジャケットとスカート、美月ちゃんが作ってくれたんです」凜が言った。

 白いシャツにダークグレーのジャケット、黒いスカートはミモレ文の浅めのフィッシュテールスカートであった。その服は、凛の魅力を最大限に引き出していた。


〈作りたい〉

 凛を見た石田は瞬間的に強く思った。ふと隣の豊岡を見ると、凜の上から下まで嘗め回すように見ていた。豊岡は石田の視線に気づき凜から目をはずすと、一つ咳払いした。

 その後しばらく、デザインや美月に関する話を一通り終えると、凜はそのままの姿で帰っていった。


 会社の入り口で、豊岡と石田は凜を見送る。

 その姿が通路の先に消えた後も二人はしばらくそこに佇んだ。そこにちょうど帰ってきて凜とすれ違った社員が、「新しいモデルの子ですか?」と聞いてくる。

「洋服ってほんと面白いな」豊岡がぼそりとつぶやく。

 石田はその日初めて笑った。








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