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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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30-4 A Parent ― 幸 ― ④


 五人が家の外に出ると一二月の冷たい風が周辺の木々をさわさわと揺らしていた。

 時おり道路をすれ違う人々はクリスマスの夜のせいかどこか浮足立っているように見えた。

 歩きながら蓮が、仲西は彼女と会ってるのに押しかけて悪いんじゃないの、と言うと那珂島は苦笑いして何も答えない。凜は仲西の彼女には全く興味がなさそうであった。


 仲西の家は那珂島の家から歩いて二十分ぐらいの場所にある。

 傾斜のある細い路地をいくつか曲がった先に同じような形をした長方形の大きい建物がいくつも並んでいる。そのあたり一帯が公営の住宅か何かなのだろう。蓮の実家の借家近くにも同じような風景を見たことがあった。


 那珂島はこの場所をよく知っているらしく同じ形に見える建物の間の道を慣れた感じですいすいと進んでいく。そして迷わず目的の建物までたどり着くと階段を上がて表札のない玄関のチャイムを鳴らした。

 少ししてガチャリとドアが開き仲西が顔をのぞかせる。


「なんだよ、いきなりこんな時間に」とあからさまに不機嫌な声で言いながら、仲西は那珂島の背後に蓮たちの姿を確認した。思わずびっくりして開いたドアを半分閉め、

「なんで蓮たちがいるんだよ」と那珂島を非難した。

「俺だけ来るとはいってないだろ」と言って、那珂島はドアの隙間から家に上がろうとする。


 仲西はあわてて、ちょ、ちょっと待ってろ、と言って一旦ドアを閉め、何やら中で誰かと話していた。彼女と揉めているのだろうか、と蓮が悪いことしたなー、と考えていると間もなくドアが開き、仲西が入っていいよ、と言って不貞腐れたようにそそくさと中に入っていった。


 那珂島を先頭に、ぞろぞろと家の中へお邪魔する。

 玄関を入ったところは六畳ほどのキッチンになっており、その右奥が居間になっているようだ。蓮が、お邪魔しまーす、と入っていくと、「コーキくん久しぶりねぇ」と中年女性の声が聞こえた。

 那珂島も、「どーもご無沙汰してます」と慣れた感じで挨拶を返してしていた。その女性は、真野や渡も知っているようだ。蓮と凜が、遅れて挨拶すると、

「あらーこんな綺麗なお友達いるじゃないのー」と仲西に向かって言った。その女性はどう考えても仲西の母親であった。


 仲西が言っていた、〈会わなきゃならない女〉というのは、母親だったのか、と蓮は何とも言えない気持ちになる。その時、

「なんで美月ちゃんが来てるんだよ!」仲西が悲鳴にも似た声を上げながら那珂島に文句を言った。

「いや美月も行きたいって言うからさ」と那珂島が平然と答える。

「まだ中学生だろ!」仲西はまるで美月の保護者であるかのような口調で叫んだ。

「俺がいるから大丈夫だって」と那珂島が言っても、なんかあったらどうすんだよ、と仲西は妙にぷりぷりしていた。


 仲西の母親は仕事から帰ってきて少し落ち着いたばかりらしく、これから食事をするところらしく、テーブルには、唐揚げやフライドポテト、タコのフライやチーズちくわ揚げなど、どちらかというと酒のつまみのような料理が多かった。

 那珂島の家からおみやげで持ってきた食べ物を広げると、かなりの量の食べ物でテーブルが埋まった。

 真野も渡も、先ほど食べたばかりなのに、自分の趣味の話を誰ともなしに一方的にしながら遠慮せずもりもり食べ始めた。蓮と凜は仲西の母親の隣でなにやら話している。

 にぎやかに騒ぐというわけではなく、暖かい時間が過ぎていった。


 仲西は妙な居心地の良さの中で何をするでもなく、ぼーっと目の前に広がる光景を眺めた。

 母親とこんな風に、大人数で過ごす時間はいつぐらいぶりだろうか、母親がこんな風に楽しそうに話す顔を最後に見たのはいつぐらいだろうか。

 記憶を辿るがその光景が中々思い出せなかった。



 思えば小学校の頃は母親に迷惑をかけっぱなしであった。

 仲西の思い出せる一番古い記憶の中に、すに父親はいない。

 幼い仲西が、自分の家庭環境が決して多数派ではないということに気づくのにさして時間はかからなかった。そのせいで他人を羨んだことがどれほどあったであろうか。そのせいで他人から卑下されたことがどれほどあったであろうか。

 豊かではない生活の中で、もっとちゃんとした家に生まれていれば、自分にも父親がいれば。

 そう思ったことは数えきれないほどあった。鬱屈した想いは仲西の生活をいくぶん荒ませた。それでも荒みきらなかったのは、仲西の天然の明るさと母親の影響もあったと思う。


 仲西が学校で問題を起こしたと担任から電話があったり、学校に呼び出されるようなことをしても、母親は決して声を上げて怒鳴るようなことはしなかった。

 一般的な家庭であれば、父親が怒る役になったりして厳しく注意できるのかもしれない。しかし、いないものはいないのだ。


 仲西が何かやらかした日に限って母親は何も言わず、いつもよりちょっぴり豪華なおかずを用意してくれた。それは母親の自分が片親だからと言う負い目からそうさせていたのかもしれない。

 人によっては、厳しく怒られないことで調子に乗る者もいるだろうが、仲西には逆にそれが効いた。

 自分はできるだけ早く自立をして、母親に恩を返したいと思うようになったのは、ちょうど那珂島と出会った頃であったと思う。


 中三のときの高校の進学相談では、担任からひたすら成績のことを指摘され、夜間の定時制高校を受けろと勝手に決めつけられた。願書さえ出せば入れる定員割れの普通科に行っても大学進学はしないだろうし、母親一人では金銭的な負担がねえ、と偉そうに言う担任をぶん殴りたくなった。


 仲西も母親も進学相談の面談では嫌な思い出しかなかった。当時の仲西は、高校はどこでもいいから倍率の低いところに行って、嫌だったらやめて働けばいい、と半ばやけくそに思っていた。

 神宮寺高校に入学できたのは、この学校が生徒の世帯収入に合わせた補助金を出してくれる制度があるというのを知ったからだ。

 お金の計算してみると公立の高校と同じぐらい安く済みそうであった。普通科の募集定員も多く自由すぎる校風のせいか入試倍率はあってないようなものであった。


 そのことを教えてくれたのは那珂島であった。仲西の高校進学において間違いなく恩人である。

 もちろん那珂島自身がの通うスペシャルアドバンスコースは、同じ学校の中でも全く別物であり、その辺の大手予備校以上の指導力と実績があるコースは誰でも簡単に入学できるものではない。

 出願倍率も高くその進学実績は地域でトップクラスだ。SAコースの現役の難関大学進学率は毎年九割を軽く超えており、残りの一握りは大学に合格しないのではなく、どうしても行きたい先のために浪人するのだ。


 一方の仲西の通う普通科の生徒は実に多様であった。

 アルファベットもまともに書けない者もいれば、英語の原文の本をさらりと読む生徒もいたりと、入学基準がよくわからなかった。入学してわかったことであるが、偏差値が高いのにわざわざこの学校の緩い普通科に入学する生徒の一番の理由は、とにかく単位が楽にとれることであるらしい。


 それなりに頭がいい連中は学校の定期考査は軽くクリアして空いた時間を使って自分の好きな勉強をしたり、部活や趣味の時間に充てることが目的なのだ。

 そういう意味で神宮寺高校はまるで公立中学のような面白さがあった。


 残念なことに、正直お勉強は得意ではない普通科の生徒の割合は別のコースの生徒数よりも圧倒的に多い。そのせいで高校全体としての大学進学率は、全国平均よりだいぶ低いのが現実であった。

 噂では学校の教員間で、普通科の緩い雰囲気を継続していきたい派閥と、進学重視の学校方針にしたい派閥の争いでバチバチの対立があるらしいが、そんなことは仲西にとってどうでもいいことだ。


 なんにしても学費を抑えて普通に学校に通えていることは仲西にとってありがたい話である。

 今は自分の好きなランバトをしながら、そしてバイトではレストランでキッチンの仕事を任され、自分の夢に近づく努力もできているのだ。

〈俺は-〉

 仲西がそう思った瞬間、美月が、あのー、と突然声をかけてくる。


 不意を突かれた仲西は、うおっ、奇妙な声を上げてしまうが、すぐに呼吸を整え、

「どしたの」と平静を装いさわやかに答えると、美月が小さなプラスチックケースを手渡してきた。

 仲西が見るとそれはマウスピースであった。どうやらクリスマスプレゼントらしい。仲西は、しげしげとそれを眺め、

「ありがとう。大事に使うよ」とやさしくつぶやく。美月は、お礼を言われてもじもじしていた。


「そんだけかよ」仲西の隣に座っていた那珂島が仲西のほうも見ずに冷たく言い放つ。

「そんだけってなんだよ」仲西は那珂島を睨みつけた。

「別に。お前がそれでいいんなら、いいんじゃねえの」と那珂島は突き放すように言う。顔はいつもの仏頂面であった。

 那珂島から目を逸らしながら、仲西はやけに不機嫌な顔になる。

「何年誤魔化してんだよ」さらに追い打ちをかけるように那珂島が言った。

「誤魔化してねえよ」仲西は怒ったように声を絞り出す。


 二人が口喧嘩をしているのかと、美月が不安げな顔になった。

 その表情に気づいた仲西が、いやこれは違うんだよ、と慌てて美月に言い訳をしながら、何もない虚空の一点を見つめた。

 しばらくそうした後、意を決したように美月のほうに体を向けると、

「美月ちゃん、嘘に聞こえるかもしれないけど、俺、ずっと前から」

 美月が、えっと身を固まらせる。


「美月ちゃんのこと、、す、す、」仲西はその後が続かない。

 それぞれ一人で騒いでいた真野や渡もいつの間にか固唾を飲んでその成り行きを見守っている。

「す、す、す、」

 蓮は何かのおかずをお箸につまんだままその手を止めていた。

「す、すk」仲西が言葉を絞り出そうとしたその瞬間、


「するめー!」と凜がお箸でつまんだフライを高くかざし、あはははは、と笑い出した。

 どうやら仲西の家にあった缶カクテルを飲んでいるらしい。

「それタコのフライだから」と蓮が言った。

 途端に場の雰囲気が騒がしくなる。


 仲西はその雑音を振り切り、

「美月ちゃん、俺は―」と改めて言おうとするが、

「俺は、凜ちゃんが好きだー!」と突然真野が叫ぶ。

「お、俺も好きだー!!」渡も続けて叫ぶ。

「うるせー!!!」壁越しに隣人が叫ぶ。


 仲西は思わず吹き出してしまった。

 美月も笑っていた。

 鉄仮面の那珂島も笑っていた。

 蓮は真顔でタコフライをもぐもぐと頬張っていた。

 酔っぱらった凜は、蓮に寄りかかってもぞもぞしていた。


 仲西の目頭が熱くなる。

 何故だか母親のほうを見ることができない。

〈俺は幸せだな〉

 仲西は強く思った。








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