30-2 A Parent ― 幸 ― ②
その日、蓮が店長の頓野宮に簡単な事情を説明したところ、クリスマスの日は十六時で上がっていいと言われた。そのついでに、
「その代わり頓ちゃんも、伊吹ちゃんとデートするんよ」と相変わらずのセクハラ発言をしてくる。
「通報しますよ」と蓮が言うと、頓野宮はいらっしゃいしぇー、と言いながら風のように入り口に来た客に向かっていくカウンターの奥で山本が爆笑していた。
そしてクリスマス当日。
その日は昼のシフトに入った時間から異常に忙しかったが、イベントの日のせいか徐々に客足は減り夕方には比較的落ち着いていた。
時間になると蓮はバイトのメンバーに挨拶して仕事を切り上げる。凜とは田園調布の駅に十七時に待ち合わせしているので十分間に合いそうだ。
蓮が着替えてバックーヤードから表に出て帰ろうとすると、
「夜のラブラブデート、頓ちゃんうらやましいんよ」とレジの横にいた頓野宮が懲りずにまた話しかけてくると、「今度デートしてあげますよ」と蓮が視線も合わせずに言った瞬間、頓野宮の顔がぱっと明るくなった。その隣にいた山本が、「店長、未成年淫行は条例で逮捕されますよ」とつぶやく。
頓野宮の顔が一瞬で真顔になった。
蓮が田園調布駅に着くと改札の近くで凜と那珂島が待っていた。凜は紙袋の手荷物を持っている。多分プレゼントであろう。
先日、蓮がクリスマスプレゼントみたいなものを用意したほうがいいか那珂島に聞いたところ、
「俺の都合で来てもらうんだから、そうゆうのは気にしないでほしい」と言われた。
凜にそのことを伝えると、値段の上限は千円ぐらいのプレゼントを一個ずつ買って、くじかなんかで交換するのはどうかという提案があった。
蓮がそのことを那珂島に連絡すると、それぐらいであれば、という話になったのだ。
那珂島の家に行くと、美月が出迎えてくれた。
以前の暗い面影はすっかりなりを潜め今ではすっかりかわいらしい女の子になっている。少し大きめの白いニットの上着に、細身のデニムがとても似合っていた。凜がそのことをいうと顔を真っ赤にしてリビングへ逃げてしまう。
蓮がふと、自分たちが来て親は大丈夫なのか那珂島に聞くと、何やら自分たちに気を使って二人でどこか食事に行っているらしい。放任主義ではないが、そういう親だからこそ、那珂島はこんな自立した性格なのかもしれない、と蓮は思った。
普通であればこの年代の友達が家に来れば、いろいろ怪しんで勘繰ってきたりめんどくさがられたりしても仕方がないはずだ。それを平気で留守にできるのは那珂島を信用している証拠かもしれなかった。
リビングのテーブルの上に用意されていた食べ物はかなり豪華である。ケーキはもちろん有名なケータリングの店のオードブルが数種類あり、なぜか握りずしまで用意されていた。
蓮が思わず、こんな高そうなものじゃなくていいのにと言うと、
「日ごろのお礼だって言ってたから、気にしないでいいと思う」と逆に申し訳なさそうに言っていた。
後から聞いたことであるが、以前那珂島が蓮たちに用意したお金は、実は親が出所だったとのことだ。
那珂島の親としても、蓮たちがしてくれたことをお金に換算することは何か間違っていることはわかっていたが、今はそれくらいしかできないので許してほしいと言っていたらしい。
凜は一人で、なにこれおいしそーと、無邪気に喜んでいた。美月がケーキを切り分け、みんなに配り、それぞれが思い思いに時間を過ごしていた。
ある程度食事を済ませると、プレゼント交換をしよう、と凜が言い始めた。交換方法をどうしようかと話し合った結果、結局くじを作って一人ずつ引いていくやり方に落ち着いた。
那珂島が適当な箱を用意し、名前を書いた紙を入れていく。誰が最初に引くかはじゃんけんで決めた。一番目は那珂島になった。
那珂島が引いたのは凜のプレゼントだった。
それはティッシュボックスぐらいの大きさの長方形の小箱で若干重みがある。那珂島が箱を空けると折り畳み式の特殊警棒が入っていた。
那珂島は、おおっと声を上げ、これほしかったんだよね、とつぶやくその隣で凜が得意げな顔をしていた。喜ぶ那珂島を見て美月は苦笑いをしている。蓮はちょっとほしいと思った。
次は蓮の番である。
引いたプレゼントは那珂島のものであった。こちらも細長い小箱であるが警棒のような重みはない。開けてみると、ボールペンであった。
箱にはそのメーカーの名前がおしゃれなアルファベットで書かれている。読み方がわからないので那珂島に聞くと、モンテグラッパと読むそうだ。
開けてみると、重厚感がある黒いボールペンが出てきた。手に持ってみると、それほど重さは感じなかった。何よりもその個性的なデザインが気に入った。蓮は今までほぼ百円ショップのボールペンしか使ったことが無かったので素直にうれしかった。
凜は蓮が用意したプレゼントを引いた。
必然的に、美月は自分のプレゼントを引いてしまうことになる。蓮の持ってきたプレゼントを横目で羨ましそうに見てしょんぼりしている美月に、凜が自分のとプレゼントを交換しようと声をかけた。
美月は、でも、と遠慮がちに言っていたが、凜は半ば強引に交換してしまう。おそらく誰が蓮のプレゼントを引こうが、凜は美月のものと交換させるつもりだったのだろう。
美月がおそるおそる蓮のプレゼントを開ける。正方形の平たい小箱であった。開けると、中身はハンカチである。ベージュ色のチェックの入ったかわいらしいデザインのものだ。なんとなく美月に似合っている。美月の顔が思わず緩んだ。
美月が用意したプレゼントは、手のひらサイズの小箱であった。箱を開けるとキラキラした銀色のブレスレットが出てくる。ティファニーというブランドのものだ。凜が、うわーきれい、と言うと、美月も嬉しそうだった。
「ちょっと、全然上限千円じゃないじゃん」蓮が不貞腐れた。
もらったボールペンは、どう考えても千円には見えなかったので、ガジェットを使いネットで調べたのだ。そのブランドのものは安くても数万円はしていた。
ティファニーのブレスレットは調べなくても見ればわかる。
特殊警棒が結構な値段であることは蓮はすでに知っている。
まともにプレゼントの上限千円の約束を守ったのは蓮だけであった。
「俺、買いに行く時間が無くて、もらいものなんだけど」那珂島はバツの悪そうに言い訳した。
「私、カードのポイントで買ったから実質ただなんだよね」凜は平然と言う。
美月だけが、「ごめんなさい」と素直に認めた。まあ、みんながいいならそれでいいけど、と言いながら蓮はふと思った。
「美月ちゃん、そのブレスレット女の子用でしょ。那珂島が引いてたらどうすんの」となんとなく聞いた。
「あ、別のもの用意してあります」と言って、もう一個別の小箱を取り出した。
凜が興味深そうに、開けてみていい?と聞く。
美月がいいですよと言うと、がさごそと、包みを開け始めた。小さいプラスチックケースに奇妙な形をしたゴムの物体が入っていた。
凜は、それがなんなのか理解できず、蓮に尋ねてくる。箱を見てみると、それはマウスピースであった。ボクシングなどの練習で口に入れて保護するものだ。
「いいセンスしてるわ」感心したように蓮がつぶやいた。




