28-3 Green Flash ― latter half 破 ― ③
その夜は、今日は俺の奢りだからと言って、佐々山が会計をしてくれた。高柳は、だいぶ酔っぱらってしまったようで、じゃあな、と言って自分の家のほうへふらふらと帰っていった。
居酒屋から宿までの道のりはほぼ一本道で簡単だった。
二人は宿の近くにあるベンチに座り、夜空を見上げた。その濃黒のキャンパスに輝く星がちりばめられていた。不意に一筋の流れ星が煌めく白い軌跡を描いた。
二人はしばらくの間、次の流れ星を待っていたが、その後は一向に現れる気配はなかった。
その夜、二人は不思議とやすらかに眠った。
夢の中で漆黒の夜空を飛んでいた。
次の日の朝、二人が宿の料金を精算しようとすると、佐々山から、もう高柳さんからもらってるよー、と言われる。荷物をまとめ佐々山にヘリポートまで車で送ってもらった。コンクリート小屋の待合所で受付を済ませ、しばらくベンチに座り青ヶ島での見納めの景色を眺めた。
秋空の下、青ヶ島の山の斜面は太陽に照らされ鮮やかな緑が映えている。
島の周囲は見渡す限りの海原で、無数の白波がダイヤモンドのようにキラキラと輝いていた。
やがてヘリコプターが八丈島の方角から爆音を上げながら飛んできた。
左方向から島の集落の上を旋回し、ゆっくりとヘリポートに近づき静かに着陸する。二人はすでに待合室を出て搭乗するための待機場所に並んでいた。ヘリから人が次々と降り、カートで預けた荷物が運び出された。
いつに間にか、高柳が二人の近くに来ていた。
その姿は、昔学校で見たそのままだ。
高柳は、よお、と二人に声をかけると、仲西に白い封筒を渡した。
仲西がそれ見てみると封筒には、〈伊吹蓮様〉と書かれていた。
二人は思わず高柳を見る。
高柳はニヤリと笑い何も言わない。那珂島も仲西も、蓮の漢字までは伝えていない。二人とも、その手紙が何なのか聞こうとはしなかった。
係員が、搭乗してください、と急かすように言ってくる。
高柳は、またな、と言って送り出す。
二人は、言葉がうまく出ない。
仲西が、先生俺たちもう、と声を振り絞った。
ヘリのホバリングがその声をかき消す。
高柳は、わかってるよ、と仲西の言葉を遮る。
早くしてくださーい、係員が再度二人に呼びかけた。
他の乗客に促されるようにヘリのドアの前に歩くと、二人は高柳を振り返った。
離れていてその表情はわからない。
そろって深くお辞儀をする。
昨日のランニングで、祠におじぎをしていた高柳の姿を思い出した。
全ての乗客がヘリに乗り込むとすぐにプロペラの回転数が上がりヘリは離陸を始めた。窓の外に見送りの人たちが見える。すうっと機体が浮き、あっという間にそこに一緒に佇んでいた高柳の姿が遠ざかっていった。
二人は、高柳が彼らを思って手配してくれたランバトから、おそらく今シーズンいっぱいで外されるだろうことを伝えに来た。
電話やメッセージでも知らせる手段はあるが、そのことだけはどうしても直接会って話したかったからだ。
しかし、結局それについては何も伝えられなかった。
高柳はその話はしたくなさそうに思えた。関係のない人間からすれば、仲西たちがランバトに残れるかどうかなんていうのはたいした問題ではないのかもしれない。
しかし今の自分たちにとって、それがどんなに大切なのかを高柳は誰よりもわかってくれていた。
だからこそ今はあえてその話題に触れたくなかったのかもしれない。そんなあからさまな態度に、久しぶりに高柳の不器用なやさしさを覚えた。
そんなことをわざわざ話さなくてもいいってことは、ずっと前に教わっていたじゃないか、と二人は今更ながらに思った。
ヘリの爆音に揺られながら、仲西はふと中学二年の三学期に那珂島たちと一緒に初めて参加した格闘技の試合を思い出した。
それはキックボクシングルールのワンマッチであった。後から知ったことであるが、その試合はアンダーリーグへの選考も兼ねていた。
仲西の相手は、有名なフルコンタクト空手の選手であった。
どうみても仲西のほうが分は悪い。試合前に相手を観察して見ると、テレビやネットの動画で見たような、しっかりした動きをしている。仲西は、完全に雰囲気に飲まれてしまっていた。
緊張が解けないまま試合が始まる。
体が硬くなり思うように動かない。
その時、セコンドについてた高柳が、周りの視線も気にせず、ひたすら大声で連呼していた言葉があった。
それは的確なアドバイスのカケラも無い、気持ちを後押しするだけの言葉でしかなかった。しかし、その言葉おかげで、自分は格上の相手と引き分けを取ることができたと思っている。
背後に遠ざかる青ヶ島を感じながら、仲西はその言葉を思い浮かべた。
〈前に出ろ、か〉




