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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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28-1 Green Flash ― latter half 破 ― ①


 青ヶ島二日目の朝である。

 仲西と那珂島が宿で朝食を食べていると、高柳から連絡が入った。

「昨日で島の見る場所ほとんど見たから、昼ぐらいから稽古するか」

 二人は自分たちが島に行ったら動きを見てほしいということは伝えてあったので、練習の道具一式は持ってきていた。仲西がいつぐらいから稽古できるか聞いたところ、昼過ぎに島に一つだけある信号のところに来るように言われた。


 約束の時間の少し前、二人がその信号のところで待っていると、高柳が通りの向こうから歩いてくるのが見えた。高柳は軽く挨拶すると、信号のそばにある坂を降りた先にある体育館らしき建物に二人を案内した。

 建物に入り靴を脱いで近くの階段を二階に上がっていく。広めの踊り場の突き当りに見えた引き戸を開けると、そこはそれなりの広さの畳張りの部屋であった。窓を開け換気をすると、すぐに以前空手部でやっていた準備運動から稽古が始まった。


 シャドー、ミット打ち、受け返し練習、途中休憩を入れながらであったが、あっという間に数時間が過ぎてしまう。一通りメニューをこなすと、最後にお互いに技を出し合って攻撃するスパーリングであった。

 仲西と那珂島は緊張してはいたが、以前ほどの感じでは無い。


 中学時代、高柳には全く相手にされなかった。空手部に入部した当初、二人が自分たちの実力を過信していた頃は、その鼻っ柱を散々折られたが、ある程度二人が力加減ができるようになってくると、高柳は二人に対して技を出させる稽古をしてくれていた。

 高柳曰く、やみくもに実力差がある相手とスパーをして一方的にやられると変なやられぐせがついてしまい逆に技が鈍ることがあるそうだ。


 あれから一年半、自分たちなりに必死で練習してきた。

 それがどこまで通用するのか、そして自分がどれぐらい成長できたかを見てもらいたかった。


「自分からお願いします」那珂島が言う。

 実力的に仲西と那珂島は拮抗しているが、自力では那珂島のほうが若干上であった。

 それを考えると、本来であれば仲西が最初にスパーリングをするのが習いであったが、仲西はあえて那珂島に譲った。時間を決めタイムキーパーの仲西が、始めてください、と合図を出す。


 最初こそは、お互いに様子を見ながら距離の取り合いであったが、上背のある那珂島がリーチを生かして中間距離の間合いをうまく保ちながら攻撃の手数を増やしていった。

 高柳の身長は那珂島よりも一回り低いが、陸上の短距離ランナーのようながっしりした体格をしていた。パワーの点でははるかに那珂島を上回っている。


 しかしどんなにパワーがあっても、リーチ差がある那珂島に距離をとられるてしまうと有効打が当てにくい。那珂島がとった作戦、それは中学時代に高柳に徹底的に叩き込まれた〈自分の距離を、自分から崩すな〉である。


 高柳は、きっちりと攻撃は防いではいるが、那珂島の攻撃にバックステップをする回数が多くなる。下がったところを那珂島が距離を詰めながら前蹴りの連打を出した。それを読んだ高柳は一瞬で距離をつぶし、鋭い左のショートフックを那珂島の顔面に放つ。昔から、このパターンが那珂島の弱点であった。


 那珂島が、もう一つ上の段階に行くためにはそこを何とかしなければならない攻撃を高柳は試してきたのだ。二人がいた学校を異動しなければもっと早く教えられていたものだ。

 もし那珂島がそこを克服したのならカウンターの膝蹴りか何かが来るはずであった。高柳は予想通り那珂島の左ひざが動くのを一瞬でとらえた。


〈まだ甘いな〉高柳は左フックのモーションから一瞬の隙で体を差し替え、右フックを軽く合わせようとしたその瞬間、悪寒が走った。

 反射的に上半身を無理に捻らせ頭を下げたと同時に、先程まで高柳の頭があった空間を那珂島の上段回し蹴りが唸りを上げながら空を斬った。高柳は右フックのモーションにブレーキが掛けられず那珂島の顔面を撃ち抜いてしまう。


 パーンという乾いた音が響き、那珂島が崩れ落ちる。

 当たる瞬間は拳の握りこみを緩めていたが、まともに入ったカウンターで脳が揺れてしまったのであろう。あわてて那珂島の体を支えた。


 高柳は自分の予想を上回る那珂島の動きに、妙な嬉しさを覚えた。

 二人がある程度力を伸ばしたことはわかってはいたが、はっきり言ってまだ自分のレベルには程遠いと思い、ダウンをさせないように力加減をしようとしていたにも関わらず、思わずそこまでの反撃をさせたのだ。しかし、最も高柳を驚愕させたのは那珂島が最後に一瞬見せたその技術であった。


 仲西とのスパーは中止し、那珂島の回復を待って高柳は聞いた。

「那珂島、最後の技、自分で考えたのか?」

 高柳の頭を捕えかけた技は、自分が所属する武術団体の技術の一つに似ていた、いや、そのものであると言ってもよかった。


 それは、高柳の師範が〈差替〉と言っていた技術であった。数ある技術体系の中でも重要な要素の一つであり、そこからさらに細かく枝分かれしたものが存在している。那珂島の最後の動きは、そこに〈引打〉とおそらく〈抜き〉という別の技術を合わせ、応用したものだ。

 教えられてもそう簡単に自分のものにすることはできない。何も教えられず、普通に殴って蹴っての稽古をするだけでは、その域に達することはほぼ不可能のものだ。


「いや、ちょっと前に、人から教えてもらったんです」那珂島は別に隠すふうでもなく話した。

「誰に?」

「同じ学校の生徒でめちゃくちゃ強い人がいて。実はその人、先生に紹介してもらったランバトのプラチナリーグで勝ちまくった人なんですよ」那珂島が答える。

「名前は?」

「伊吹蓮て人です」

「男?」高柳が聞く。

「いや、女子なんですけど」

「イブキレン」高柳は繰り返すように言った。


「なんかその人の親父さんが格闘技やってて、道場の人とかにも、子供の時からいろいろ教えてもらってたらしいんですよ。その子にもチーム入ってもらえないかお願いしたんですけど、やっぱり断られちゃって。その後いろいろあったんですけど、今結構仲良くしてもらってて、俺たちのスパーの映像とか見てアドバイスもらってるんです」那珂島が説明する。


「その子の親父さんなんて人?」高柳は同じ調子で質問した。

「確か伊吹ケンジって言ってました」

「伊吹健児、さんか」高柳は独り言のようにつぶやく。

「先生知ってるんですか?」その様子を見て那珂島が尋ねた。

「いや知らない」高柳は即答すると少しの間考えこんでいたが、突然、

「よし最後ランニング行くぞ」と二人に言って荷物をまとめ始めた。


 二人は、一瞬、ランニング?という表情になったが、すぐに行きましょう、と準備をし始める。

 荷物をまとめ近くにある学校の軒下に置くと、高柳は二人に「膝壊さないようにな」と言ってさっさと走り出してしまった。



 海の上に浮かぶプリンのような形をした島の際を縫うように造られた道路はアップダウンが激しく、走り始めからきつかった。

 二人の数十メートル先を走る高柳のペースは異常であった。勾配の激しい道をアメンボの様にすいすい走っていく。何故かところどころ立ち止まり、壁の何かに向かって礼をしていた。

 二人が不思議に思って確認すると、壁がくりぬかれて祠のようになっていた。二人も高柳に倣って、祠の前でおじぎをした。


 やがて外輪山から島中央の盆地に降りるためのトンネルを抜ける。

 すると一気に急斜面の下り坂になった。昨日は車であったが、今日は自分の脚だ。高柳はそこも高速で移動していく。二人は転ばないようになんとかそれを追いかけた。高柳の〈膝壊すなよ〉の意味が理解できた。


 なんとか坂を下りきると、少し先に高柳の姿が見えた。

 二人の姿を確認すると、高柳は踵を返しすぐに走り始める。そこからは多少平地が続き、ジャングルのような緑道を進んでいった。走っている途中にも、祠や鳥居がいくつか見られた。高柳は律義にそこでもおじぎをしていた。

 やがて港に繋がる青宝トンネルにたどり着く。トンネルの中は気温が少し低く感じた。ところどころ壁面から水が染み出し、アスファルトに黒いしみを描いていた。二人はかなり疲れていたが、そこで立ち止まってはいけないような気がした。



 トンネルを抜けると、そこは大海原であった。

 高柳はすでに港の船着き場のところまで着いていた。その日は波が高いせいか、釣りをしている人の姿は見られなかった。二人が追いつくと、

「きついだろ」と笑った。

「きついっす」二人がほぼ同時に答える。

「帰りはもっとエグいからな」とさらに笑った。


 二人が何も答えられずにいると、少し休もう、と高柳は言って近くにある三メートルはあるコンクリートの壁の上にある、お気に入りの休憩スポットであろう場所にパルクールの様に登っていった。

 二人はその手前にある防波堤に座って足をほぐした。


 確か距離は片道五キロぐらいと言っていたが、道のアップダウンで二人の足はだいぶ消耗していた。仰向けになって楽な姿勢になると、青い空が上空に広がっていた。

 見上げる空には雲の切れ端がゆっくりと移動している。

 そこには風と波の音が全てであった。

 普段自分たちがどれだけ自然とかけ離れた場所で生活しているのかをひどく感じた。


 しばらくして、「じゃ、帰るか」と高柳は言うと、二人の返事も待たずにさっさと走り出した。

 船着き場からいきなり、数百メートルは続く結構な斜面になっていた。二人は気合を入れて登り始める。

 先ほど通った青宝トンネルをくぐり、外輪山に囲まれた盆地を駆け抜けていく。


 陽はまだ沈んでいないが、外輪山で囲まれた盆地の中は少し薄暗くなってきた。そしていよいよあの鬼のような坂の前に着く。高柳はそこの下で二人を待っていた。

「こっから先、だいたい千二百メートル。坂だから。膝痛めそうになったら止まって休んだほうがいいからな」と言うと、高柳は踏みしめるかのようにその一歩を踏み出し鬼坂を上り始めた。


 二人も遅れまいとついていくが、これほどありえない傾斜角度の坂を走った経験は皆無である。途中何度も止まりそうになりながらも、歯を食いしばりながら決して走る姿勢をやめなかった。

 はたから見たら、走るモーションで歩いているように見えるだろう、しかし二人は呻きながら必死に一歩一歩を前に進める。その時、前方から、絞り出すような気合が聞こえてきた。高柳もきついのだ。自然と、二人からも気合の声がもれる。


 いくつかのカーブを抜け、ようやくトンネルまで辿り着く。そのトンネルは自分たちが闇の底から脱出するための通過点のように思えた。

 なんとかトンネルゾーンを抜けると、最後の急勾配が目に入った。二人には絶対に止まらない、という固い決意がみなぎっている。一歩一歩を踏みしめながらに重い体を押し上げていく。苦しくてまともに前が見られない。


 半分ほどをなんとか過ぎ上を見上げると、坂の終わりと思われるところに、高柳が立っていた。

 ふと左手の岸壁に目が行く。そこに切り立つ十メートルぐらいの岩山のシルエットが何故か仏教のホトケ様の上半身を横から見た姿に思えた。二人は這うようにして、最後の傾斜を登りきる。フラフラで倒れそうだった。


 二人が坂を上りきると「行くぞ」と高柳は二人が休憩する時間もとらずに軽やかなステップで走り出した。二人は無言でその後姿を追う。

 先ほどの鬼坂を上り切った辺りから、どちらかと言うと下り坂が多くなった。とは言ってもそれなりのアップダウンがありきつい。

 重い足を進めていくと、なんとか集落の建物が見えてきた。


 そのまま走り続けろと二人が泊っている宿の前を過ぎ、直線を走り抜けると島唯一の信号が見えてきた。その交差点を左曲がると、スタート地点である学校のグラウンド前だ。

 そこも坂になっている。二人は最後の力を振り絞って駆け上がった。

 横断歩道を過ぎそのまま校庭の芝生に倒れこむと、空手部の練習で部員の誰かがのされて転がっているときに見せていた笑顔で高柳が立っていた。



 少しして二人は水道の水をかぶり水分補給をした。

 しばらく休んだ後、高柳が少しクールダウンを兼ねて歩こうと言った。二人はつりそうな足に鞭を打って立ち上がる。こっちな、と言われ、ついていくと学校前の坂を上り始めた。二人はもう何も言う気がおこらず黙ってついていった。少しどころのクールダウンではなさそうな予感がした。


 案の定、高柳はずんずん進みやがて昨日連れてきてもらった大凸部に向かっていることに気づく。

 一度港まで行ってきた後である。舗装されているとはいえ急勾配の道を上るのはきつかった。

 二人に会話をする元気はもうない。高柳の背中に遅れまいともくもくと歩いた。


 やがて頂上に着いた。

 その時間帯はちょうど夕日が沈む時間であった。

 高柳は二人にこれを見せたかったのだろう。

 二人の視界に入らない少し離れた場所に座って、無言で沈みゆく太陽を見ていた。


 濃赤の太陽が澄み切った青空を背景に緩やかに水平線に溶けていく。

 その姿が半分を過ぎると、なぜか沈む速度が早くなった気がした。

 太陽の最後の輪郭が水平線の向こうに隠れる瞬間、エメラルド色をした刹那の光が二人の眼に映った。








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