26-2 Green Flash ― first half 師 ― ②
そんな煩わしい経緯を乗り越えた二人を、高柳はせっかく来たんだから、と車を使って島を案内してくれたのだ。のだが、まず向かった先はクリーンセンターと呼ばれるゴミ処理施設であった。どうやらゴミが溜まっていたらしい。その施設はいい火力をもっているらしく、クリーンな感じでゴミを焼却してくれるとのことだ。
それからその建物の坂を下った先にある、ジョウマンと呼ばれる行き止まりに行った。
そこは本来、ヘリポートを建設する予定だったらしいが、村の事情やなんやらで何か理由があって中止になり、中途半端な空き地になってしまったようだ。
そこから広がる海の先遠くに、八丈島が見えた。そこからまた車に乗り、少し走ったところにある青ヶ島の焼酎工場も見せてもらったが、酒を飲むのはまだ早いと言って建物を見ただけで終わった。
次に大凸部と言って、島で一番高い場所を案内してもらった。舗装された急斜面の細い道路を車で登り、道の横にある小さなスペースに駐車すると、そこから三人は歩いて山頂へ向かった。
ざしざしとジャングルのような未整備の山道を歩いていく。
緑の中を進むと、途中鳥居のようなものがあった。大凸部の入り口という目印だろうか。少しずつ斜面がきつくなってくる。草に覆われた細い道が、いつのまにか土がむき出しになった。あちこちに小石やこぶし大の石がごろごろしており、地面の着地に注意していても、足の裏が滑った。
普段から鍛えている二人にとって、体力的にはそこまで大変では無かったが、慣れない自然むき出しの砂利道に何度か足を取られかけた。
山頂に近づくにつれて、さらに道は細くなり、ところどころ緑の草が道路まで飛び出して行く手を覆っていた。三人はそこを抜け、狭い斜面の道を登りきる。
頂上付近に続くほんの短い距離だけ、コンクリートの階段で舗装されていた。
二人がそこを上がると、直径数メートルの円状に造られた小さい展望台のような場所になっているのが見えた。円状のスペースの淵に立つと、島全体が一望できた。
眼下を見渡すと、島の中央は切り立った崖に囲まれた盆地のようになっていた。
その盆地の真ん中には、プリンのような形をした小高い丘が見えた。二人があれは何か高柳に聞くと、青ヶ島は世界的にも珍しい二重カルデラと言う特殊な構造の地形とのことであった。島の淵となる外輪山は、大昔、最初の噴火によってこの島が作られた時に形成された。その内側のくぼみの真ん中にある小高い山は、数百年前に再度噴火が起こったときに作られたものらしい。
何にしても、そこから見渡す景色は二人とも、今まで見たことのないものであった。
ここに来なければ、おそらく一生見ることもなく想像することもない景色である。
視界に広がる三百六十度の大海原。
「すごいっすね」二人は思わずつぶやく。
「毎日見てりゃあきる」高柳は笑った。
その後、車で集落を抜け、島の際沿いに走る道路を港へ向かった。
最初のトンネルを抜けると、恐ろしく急な坂道になっていた。お椀上になった外輪山の内側を縫うようにして降りていった。お椀の底に着くと、緑がうっそうと生い茂り、熱帯雨林に来たような景色が広がっテイタ。
二人は子供のころ映画で見た恐竜映画のワンシーンのどこかのジャングルにいるような錯覚に襲われる。しかし実際にここは東京であり、しっかりと舗装されたアスファルトの道路の上を車で走っていることに妙な違和感を覚えた。
窓の外を見上げると、緑の壁の切れ間に、青空が顔をのぞかせていた。
しばらく道なりに進み細い道を左に曲がり、道なりに緩い斜面を上がっていくと、先ほど山の上から見た小高い山があった。道路の突き当りに東屋があり、開けた駐車場の先に小さな建物が見えた。そこには塩工場やサウナがあるらしい。
この島自体まだ活火山であり、至る所に地熱で暖められた蒸気が煙のように立ち上っていた。
二人が周辺の岩場や山の斜面を確認すると、何か所も白い蒸気が立ち登っている。なにやら東屋の近くに、無料で使える蒸気窯のようなものがあるとのことで、高柳は買っておいたジャガイモやニンジンを、その窯の中に適当に入れていた。
温野菜が蒸しあがるのに時間がかかるため、三人は島の真ん中にある小さな山に登った。
登ってから気づいたことであるが、この内側の山の中心もお椀状にえぐれていた。内側には樹齢が長そうな木が何本も真っ直ぐ天に伸びていて、妙な神秘さがあった。
内輪山の一周はゆっくり歩いても三十分かからないぐらいである。なんの変哲もない山の散策であるのだが、二人はその雰囲気に何とも不思議な気配を感じた。
三人は東屋に戻り、さきほど蒸気窯に入れた野菜の状態を確認したが、まだ十分蒸されておらず固かったので港に行くことにした。
車に乗り海を目指すと、またトンネルが見えた。
そのトンネルは数百メートルあり結構な長さであった。そこを抜けると視界が一気に広がる。整備された港の端にはごつごつした岩場が見え、その奥は水平線の先まで青い海が続いていた。振り返って見上げると、切り立った島の斜面にぽっかりと開けられたトンネルの出口は、海面よりもだいぶ高いところに見えた。
高柳によると、台風の時には、海岸に打ちつける大波の飛沫がそのトンネルの出口ぐらいまで飛んでくるそうだ。何度か台風の時にランニングがてら見に来たそうであるが、テトラポットや防波堤は押し寄せる波にのまれ、海に向かって伸びている高さ十メートル以上はある岩壁を大波が乗り越えて、反対側にある船着き場にまで海水が降り注ぐらしい。
その日は穏やかで何人かの人が港で釣りを楽しんでいた。
ここではいろいろな魚が釣れるらしく、釣り好きの教員は天候がいい日は毎回のように港に行って魚を釣り晩御飯のおかずにしているそうだ。
細長い長方形の防波堤に降りると、海の向こうには水平線以外何も見えなかった。
その先をずっと真っ直ぐいけば、オーストラリアに辿り着くらしい。二人は、はあそうですか、と言いながら車で来たほうを見上げる。恐ろしく切り立った斜面に崩落防止のコンクリートがびっしりと張り付いていた。ヘリから見えた灰色の鎧であった。
鎧に覆われた斜面の下の方は岩場になっており、直径数メートルはありそうな巨大な岩石があちこちに見られた。海と島の境目には砂浜のようなビーチは無く、代わりにテトラポットが無数に置かれていた。港から見える島の端まで続く切り立った崖は、ところどころ茶色い岩肌が露出し、最近も岸壁に崩落があったことを無言でもの語っていた。
遠目から見れば何も変わらない様に見えても、毎日の風や波によって少しずつ島の斜面が削られ、その形を日々変化させているのである。
しばらくして三人は、窯に入れた野菜を取りに東屋に戻ることにした。
車で船着き場からトンネルに向かうが、その際も結構な斜面を登っていった。トンネルの入り口の前で、山に沿って建設された道路が見えた。入り口に〈通行止め〉の標識が置かれている。高柳に、こっちは行けないのか聞くと、道路の先で崩落があり、もう何年も通行止めになっているらしい。
以前、高柳自身もいつぐらいに道路が復旧するのか工事関係の人に聞いたことがあったが、
「復旧することはない」と笑って返されたとのことだ。
それでも工事は少しずつ行なわれているらしいが、作業中に別の崩落が起きたりして、常に命の危険がある仕事をしなければないらしく遅々として進まないようなのだ。
三人は東屋に戻り蒸気窯の野菜を回収すると、
「せっかくだから尾山も行っとくか」と言って、また車で坂を上がっていった。この島は坂だらけで、集落がある場所はおおよそ海抜三百メートル弱あるらしい。
車のエンジンが唸りを上げながら役場や保育園の建物の横の斜面を上っていく。何度か短い間隔で角を曲がりさらに上へ向かっていくと、急に視界が開けた。
見上げると、山の斜面が何十メートルにわたって緑色のコンクリートで覆われている場所があった。なんでもここで雨水を集めて、貯水して水道の水を確保しているとのことである。その近くの小道を右に曲がり小さな駐車スペースに車を停めると、そこからやはり徒歩で上を目指した。
その場所は尾山展望台といって、大凸部と違い頂上までの通路がある程度コンクリートで舗装され、階段が作られていた。
しかし相変わらずの急勾配でコケで覆われた階段は滑りやすい。仲西と那珂島は、今日は山に登ってばっかりだなと思ったが不思議と楽しかった。階段を上りきると、コンクリートでしっかり設置された展望スペースに到着した。
そこは円形の休憩スペースになっていた。広さは直径十メートルぐらいだろうか。円の淵に段差がサークル状に二段ほど作られ、人が座れるようになっている。先ほど案内された、島で一番高い場所である大凸部よりも若干低いようであったが、島の中心に近いせいか島全体を見渡すには絶好の場所であった。
港のほうを確認すると、外輪山に囲まれた盆地が広がり先ほど野菜を蒸した蒸気窯と東屋が小指の先の大きさに見えた。振り返って、反対の北側を見ると、海の向こうに八丈島が見えた。
眼下には島の端に向かって広がる緑のカーペットが広がり、それをパッチワークするかのように舗装された道路が誘導線のように走っていた。
八丈島の方向、斜面の中ほどにやけに立派な横長の二階建ての建物が見えた。高柳に何か聞くと「俺の職場だよ」と笑っていた。
帰る車の中で、二人は泊る場所はどこかないか高柳に尋ねた。
それを聞いた高柳に、もうちょっと考えて行動しろよ、と呆れられる。
青ヶ島の宿は結構な割合で満室になってしまう時期があり、工事関係の人が長期的に借りてしまっていたりすると一ヶ月予約が埋まってしまう事態もあるらしい。
あわてていくつかの宿に電話したが、案の定どこも部屋が取れなかった。
「うちに泊めてもいいけど、俺、むさくるしいの嫌だから」と高柳は笑って、知り合いの宿の人に部屋を確保してもらい、二人は無事に宿を確保することができた。
その宿の主人は佐々山宏士という方で、とても気さくな人であった。
「高柳さんの教え子じゃあしゃあない」と言って普段は使わせない民宿の特別な部屋を貸してくれた。
「先生とは、しょっちゅうしょうちゅう飲んでるからねー」と素晴らしいセンスのダジャレも嬉しそうに披露してくれた。
その日は佐々山さんに夕食を用意してもらい、風呂に入るとすっかり夜になってしまった。
青ヶ島に無事辿り着けて気が抜けたのと、なんだかんだ歩き回って疲れたせいもあってか、二人は部屋でぐったりしてそのまま夜十時前には寝てしまっていた。




