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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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26-1 Green Flash ― first half 師 ― ①


 蓮と凜が清里を目指して、バイクで高速道路を走っているちょうどその頃、仲西と那珂島はヘリコプターに乗っていた。


 二人を乗せたヘリは爆音を上げながら、時速約三百キロで海の上を滑るように進んでいる。

 やがてその視界に、黒い島影が見えてきた。島と言っても普通に想像するような一般的な島ではなく、その形状は独特なものがあった。


 一言で言えば、山、である。それはあたかも海の上に浮かぶ要塞のような形をしていた。ヘリはさらに島との距離を縮めていくと、島の表面の様子を目視で確認できる距離まで接近した。

 海から垂直に切り立った崖は、百メートル以上はありそうだ。島全体が断崖絶壁の崖に囲まれ、その上に緑に覆われた斜面があり、山を形成している。港付近の斜面の一部は灰色のコンクリートでびっしりと覆われ、さながら灰色の鎧に見えた。


 島の端に見える緑の集落部分と思われる場所に、点々と建物のようなものが存在していた。それはまるで茶色い島の上に敷かれたカーペットのように見える。ヘリからは短時間しか確認できなかったが、島の中央に大きな窪みのようなものが見えた。


 その様子を観察する時間も束の間、上空から山頂を舐めるように飛び抜け、島の端にあるヘリポートへ向かっていく。少しずつ速度を落とし目標地点の上に寄せると、ホバリングをしながらゆっくりとその機体を地面に落ち着かせた。



 二人がヘリから降りた瞬間、薙ぐような風が横殴りに襲った。

 ヘリポートは島の端にあるため、風を遮るものは無く、海からの強風がまともに吹きつけている。

 プロペラの風圧と海風にあおられながら、乗客が駐在員のような人に誘導され待合室のほうへぞろぞろと歩いていった。

 二人の荷物は機内に持ち込んだ手荷物だけで、他に預けた荷物の受け取りもないため、そのままヘリポートの待合所へ向かった。


 待合所といっても着陸スペースから少し離れた場所に、六畳一間のコンクリートむき出しの小屋のような建物が設置されているだけである。二人がそのまま先の通路に向かって歩いていくと、近くのベンチに懐かしい人影が立っていた。

「おー元気か」

 妙にガタイのいい中年の男が二人に声をかけてくる。

 元空手部顧問、高柳であった。



 青ヶ島は、高柳が二人の通っていた中学校を去り異動した場所であった。

 実は仲西と那珂島は数か月前の夏休み中にそこに行こうと考えていた。どうしても高柳本人に会って直接伝えたいことがあったからだ。


 仲西のバイクの免許教習やバイトのシフトの関係でうまく日程が決まらず、高柳に連絡したのは夏休みも後半に差し掛かろうとする頃であった。

 二人は高柳に連絡を取り、青ヶ島へ行く計画を相談した。しかし、高柳の返事はあまりいいものではなかった。


「来るのは勝手だけど、へたすると帰れなくなるぞ。そもそも来るのが難しいんだけど」

 その島に上陸するには海路と空路の二通りがあるらしい。

 空路はヘリコプター、海路はもちろん船である。二人は、料金的に安い海路で行こうと計画していたが、これが想像以上に難しいものであるとわかった。



 青ヶ島もれっきとした東京の島であり、住所は東京都青ヶ島である。

 諸事情があり番地は無い。よって青ヶ島の後は、無番地、になり、個人名を書けば手紙や荷物は届く。ちなみに車のナンバーは品川だ。


 東京の都心から海路で青ヶ島へ行くにはまず八丈島という島に行かなければならない。

 そこまでの交通手段は比較的容易である。こちらも空路と海路があり、飛行機は羽田から八丈島に向かう便が一日に三便出ていた。海路も東京都港区の竹芝桟橋から出ている船がほぼ毎日あるので、夜の十時ぐらいに港を出港すれば、朝には八丈島に着く。


 ここまではいい。しかし青ヶ島に行くその先が難関なのだ。

 八丈島から青ヶ島に船が週に四~五便出ているが、船の就航率が年間五十パーセント、つまり半分は運休になる。原因は海の状態である。


 八丈島から青ヶ島まで約八十キロメートル、気候や海流の影響で海が荒れることが多い。

 青ヶ島の港は接岸が難しく、波が立っていると船を港に寄せられない。島の近くに来ても、港に寄せられずそのまま帰ってしまうことも多々ある。

 台風や季節の風の影響で、へたすると一週間以船が途絶えることもざらにあり、高柳が島に来てからも最長で三週間、船が来なかったことがあったそうだ。


 島の人間は釣りなどで魚を調達したりできるが、海が荒れていると魚を釣るのも難しい。

 高柳は通信販売で注文した食料が枯渇し、島に一つしかない商店にも非常食のようなものしかなくなったときに、島に自生しているアシタバという植物を天ぷらにして食べたそうだ。結構おいしいとのことである。


 なんにしても、もし海路で青ヶ島を目指すなら、まず予定が狂うことを考えておかなければ難しいとのことであった。

 仲西たちが高柳に連絡したのは、八月も下旬にさしかかろうとする時期であったので、すでに余裕をもって日程を組むのは難しかった。早めの台風がすでに島に近づく予報がでており、高柳からは船を使うのであれば、島に来ても帰れなくなるだろうと言われてしまった。


 そうなれば、料金は高くなってしまうが、空路で行けばいいと考えた。羽田から八丈島まで飛行機を使えば一時間半程度で行ける。そこでヘリに乗り継げるので、朝出発すれば昼前には到着するはずだ。


 それを高柳に伝えると、ヘリの予約は知ってるか、と聞かれた。

 もちろん二人は知らないので、そう答えると、ヘリの予約は、運航会社が一か月前から受け付けており、そこに前もって電話予約しなければならないらしい。

 そして青ヶ島の予約は、受け付け開始から数十分で埋まると教えられる。理由は、ヘリの座席数にある。ヘリの定員は何人か聞いたら、九人だ、と言われた。


 どうやら、その運航会社の予約の受付が朝の九時に始まると、電話回線が一時間以上話し中の状態が続くそうだ。青ヶ島へ行くのにヘリを使いたい人は予約を取るために、発信ボタンと停止ボタン何度も操作する。

 それに合わせて、青ヶ島以外の伊豆諸島間を運行するヘリの予約もその回線で受け付けているので、必然的に回線は混みあうのだ。そして頑張ってガジェットのボタンを連打した結果、ようやく電話が繋がったと思ったら、すでに定員は埋まってしまうことはザラにあるのだ。



 二人はそれを聞いて、あわててヘリコプターの運航会社を調べた。

 東方航空という会社の〈東京愛ランドジェット〉のホームページで予約状況をチェックする。高柳に言われた通り、一カ月先までほぼ満席であった。その予約状況を見ると、空席が週に一つあるかないかのレベルだ。

 そのことを高柳に伝えると、「まあ島に来てもやることねえから、こっちに来ようと思った旅費でうまいものでも食うか、沖縄にでも行ってこい」とげらげらと引き笑いをしていた。


 その後二学期になり、仲西と那珂島は計画を練り直し、日程の照準を文化祭に定める。その日に何としてでもヘリの予約を取り、絶対にそこに行くことを目標にした。

 羽田から八丈島への国内線の飛行機の予約は簡単にできる。問題はヘリの予約だ。


 予定の日の一か月前の朝九時、二人はランバトのチームメンバーに協力してもらい、ヘリの電話予約センターにかけまくった。数分で美月のガジェットが奇跡的に繋がった。二人分の予約がとれた。やはり人海戦術は有効であった。


 残りは、帰りのヘリの予約であった。島に上陸できても、帰りの予約が取れなかったら帰れなくなる可能性が高い。

 帰りの便の予約は、残念ながら一席分しか確保できなかった。しかし、キャンセル待ちが一番手で取れたので、もし当日前にキャンセルがでたら、運行会社から連絡をもらえるとのことであった。

 その一週間後ぐらいに、運航会社からキャンセルが出たので、席が予約できるとの連絡をもらい、帰りのヘリも無事に確保することができた。こうして仲西と那珂島の青ヶ島上陸計画は、なんとか準備段階を終えた。


 そうして頑張った甲斐もあり、二人はようやくそこに辿り着くことができたのであった。








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