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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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23-3 Silent Birthday ― 託 ― ③


 大熊に会った翌週、学校で蓮は自分がほしかったバイクが見つかったことを凜に報告した。その日の昼休み、事の経緯を話しながら、大熊に許可をもらって撮らせてもらった写真を凜に見せた。すると、

「私もこれがほしい」と凜が言い始めその場でネット検索し始める。

 ガジェットを指でなぞりながら、せっせとバイク探しをしている凜を見て、蓮はガレージに保管されていたもう一台のバイクを思い出した。


 大熊が蓮の父親から預かっていたバイクは二台あった。

 一台は蓮が乗るとして、もう一台をどうするか考えてもらいたい、と大熊は言っていた。蓮が二台持っていてもいいが、保管場所や維持費を考えるとそれなりの費用がかかってくる。


 どうしたいか決まるまで、大熊が預かっていてもいいということなので、ひとまずその言葉に甘えることにしたのだ。ふと、大熊から言われた言葉が頭に浮かぶ。

「もし、蓮ちゃんが売りたかったり、譲りたい人がいたら、そうしてもいいけどな。ただ、このバイクは、師範の形見みたいなもんだってことは、忘れちゃだめだよ」


 果たして、この話を凜にその話をしていいのだろうか、蓮は、わずかに逡巡する。

 凛とは出会ってから数か月しかたっていない関係である。しかし、今までの人生で蓮とこれほどまでに距離が近くなった人間は誰一人いなかった。


 小さいころから蓮は、父の道場の関係で大人たちに囲まれた生活をしており、一般的な子供とは考え方や行動が違っていた。小学校では、なんとか周りに合わせながらそれなりにやっていた。

 しかし、中学に入って早い段階からその努力も全くしなくなっため、同じ年代で親しいと呼ばれる人間は、ランバトのチームメンバー以外では皆無であった。蓮は小さいころから家に帰れば道場に遊びに行くのが当たり前になっていたため、普通に友達の家に遊びに行ったり、逆に家に遊びに来たりという経験がほとんどなかったのだ。


 一学期の期末考査の時、凜が突然蓮の家に押しかけてきたが、そんなことは初めてのことであり、友達が家に泊りに来るなどという自体考えられないことであった。

 凜はいつの間にか蓮の生活にするすると入り込み、自分にとってとても大きな存在になっていることを、改めて思う。

〈凜にあのバイクあげたいって言ったら、お父さんなら喜ぶだろうな〉そう思いながら、夢中になってガジェットをいじっている凜をしばらく眺めていた。




 その週末、蓮と凜は大熊のガレージを訪れることになった。

 蓮は例のバイクのことを凜に話すと、すぐにでもバイクを見たいと言った。そこで蓮は大熊に連絡し、またガレージにお邪魔してもいいか連絡したところ、二つ返事で了承してくれたのだ。


 二人が約束の時間にガレージに行くと、その日は日中に行ったためか数名のスタッフがガレージで作業していた。大熊は最初に会ったときとは違って気さくな感じで、よく来たね、と笑顔で挨拶してくれた。しかし、凜を紹介した途端にその表情が硬くなる。


「蓮ちゃんが、バイク譲りたいってのはその子かな?」と懐疑的な視線で凜をジロリ見た。

「希峯凜です。はじめめして」と凜は言い、かんじった、とえへへと笑った。

 大熊は一ミリも笑いもせず、あからさまに不機嫌な顔になり、そそくさとガレージの奥に歩いて行った。


 微妙な空気が漂う中、二人はついてく。すると大熊は不意にバイクが保管されている小屋の扉の前で立ち止まり二人を振り返った。

「蓮ちゃんが譲りたいって言うんなら、文句は言いたくない。でも、その子がちゃんと乗れるか、ちょっと確認させてもらっていいかな」と大熊が言う。

 蓮は思わず凜を見る。凜は、おもむろに財布から免許を取り出し、自慢げに大熊に見せた。

 大熊はしげしげとその免許を見て、

「いや、そうじゃねえんだよ」とため息まじりに言った。



 大熊としては、ちゃんと凜がバイクを扱えるのか確認したいらしい。

 中型と言っても、ガソリンを入れれば二百キロを超える重さになる。大熊は凜に、興味本位で軽い気持ちで乗ってほしくない、譲るのは勝手だが、とにかく思い入れのあるバイクを、ろくな運転ができない人間には乗ってほしくないんだよ、とずけずけと言った。


 それを言われると、私なんか全然初心者なんで乗る資格が無い、と蓮が言うと、大熊は、蓮ちゃんはいいんだよ、とあからさまにえこひいきな発言をした。凜が、どうすればいいんですか、と遠慮がちに聞くと、大熊は、ちょっと待ってて、と言ってガレージに戻っていった。



 二人は待っている間、無言で裏庭を眺めた。結構な広さのバックヤードであった。

 結構な高さの木が何本か生えており、おいしそうなオレンジ色の果実がいくつもなっている。よく見ると、奥のほうの棚の上に陰った木陰で、キジトラのネコが横になって昼寝をしていた。実に平和な昼下がりであった。しばらくして、

「じゃあこっち来てくれるかな」二人がぼんやりしていると、ガレージの扉から大熊が呼ぶ声が聞こえた。

 大熊は凜に、ガレージの棚にいくつかあるヘルメットとグローブのサイズを確認し、それをつけるように言った。どうやら凜に実際にバイクに乗らせて、その動きを見たいのだという意図が読めた。


 二人ともその日はパンツルックで、バイクに乗れる格好をしてきている。蓮も選ぼうとすると、大熊が必要ない、と即座に手で合図した。凜がヘルメットとグローブをつけると、ガレージの外についてくるように言う。外に出ると二台バイクがあった。


 一台は大型のバイクで、すぐに大熊のマシンであるとわかった。車体を覆うカウルに、漢字で〈隼〉と書かれていた。蓮はその字をどう読むのかわからなかったが、その重量感からして、かなりパワーのあるバイクであることがわかった。


 もう一台は、ネイキッドバイクであるが車種が何かわからなかった。その理由はバイクが地面に倒されていたからだ。

「じゃ、行こうか」と言って、大熊はヘルメットとグローブを装着すると、凜がバイクをどうするのかじっと観察した。


 凜はてけてけとバイクに駆け寄ると、倒れた看板をめくりあげるかのように、体重を使ってひょいっとバイクを立ち上げた。凜の細い体のどこにそんな力があるのか、と蓮が驚く。

 その様子を見て、大熊の動きが一瞬固まるが、何事もなかったかのように自分のバイクに乗り込むと、エンジンを始動させウインカーを点滅させる。後ろの凜がバイクにまたがったのを確認すると、ついてこい、と手で合図し、エンジン音を響かせながら走り出した。

 凜は蓮に、軽く手を振って、大熊の後ろを軽やかについていった。



 蓮はガレージのスタッフに勧められ、椅子に座って待っていた。

 スタッフの態度は、とても固く緊張しているようであった。おそらく大熊から、蓮の父親のことを聞いているのかもしれない。


 三十分ほど経ったであろうか、地響きのような音を響かせながら、大熊の隼と凜のスーパーフォアがガレージの前に帰ってきた。大熊はバイクを降りると、スタッフに何かを伝え、蓮のところに歩いてきた。その顔はやけにニコニコしていた。


「いや、あんな気持ちいい走りっぷりは久しぶりに見たよ」と嬉しそうに言った。

 凜は、スタッフにありがとうございました、と言いながらヘルメットとグローブを返していた。

「凜ちゃんだったら、大事に乗ってくれるだろう」と大熊は独り言のようにつぶやいた。


 大熊の凜に対する態度の変わり方は極端にわかりやすかった。

 あんなに冷たく突き放すような態度だったのが、今は明らかに甘やかしたものになっている。むしろデレデレである。凜はガレージの入り口で、スタッフからもらったメローイエローをごくごくとおいしそうに飲んでいた。



 結果として、凜もXJRに乗っていいという言葉を、大熊からもらうことができた。それから裏庭の小屋でバイクを確認し、納車の日程などを決めた。


 それから日を置かず、大熊は二人のバイクの車検を通し、トラックに乗せわざわざ横浜までバイクを届けてくれた。

「凜ちゃんが乗ってくれたら、このバイクも大喜びだろう」と大熊さんはガハハと笑って帰って行った。トラックの荷台には、そのあと凜に届けられるであろう、もう一台のバイクがピカピカと輝いていた。


 そのときに大熊から蓮が聞いた話であるが、大熊が凜の運転を確認したあの日、彼女のスタート、加速、ブレーキング、コーナリングその他、文句のつけようがないほどのドライビングスキルだそうだ。凜は海外でもバイクに乗っていたことを、蓮が伝えると、やっぱ凜ちゃんは違うねぇー、とガハハと笑っていた。


 蓮自身、後から気づいたことであったが、今井に案内され最初に大熊に会った日は、いつの間にか過ぎていた自分の誕生日であった。








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