20-3 Partial Lunar Eclipse ― 因 ― ③
仲西は那珂島からかなり詳しい事情を聞いた。
妹に対するいじめのようなからかいが起きたのは、転入してからすぐのことであった。妹が有名ブランドの服やカバンを使っていることで、それを妬んだ上級生の女子から目を付けられたのがきっかけだった。
最初のうちは、登下校の時に道をとうせんぼされたり、わざとぶつかられたりするだけであった。それが次第にクラスに飛び火し、教室でもいじわることをされるようになってしまったらしい。
兄である那珂島が最初に相談された。
那珂島はまず教員に言ったほうがいいと思い、妹に担任に話させたのが間違いだった。担任の対応は、それはちょっとしたあそびの範囲だから問題ない、と事実確認もせず話を聞いてくれなかった。
妹はいじめられているという事実が恥ずかしくて親に言いたくなかったのであるが、仕方なく那珂島と一緒に伝えた。母親はすぐに学校に事実確認したが、担任はそのようないじめは無いとの一点張りでろくに那珂島たちの話を聞こうともしなかった。
ある時、妹が靴を隠され見つからないまま靴下のまま帰ってきた。妹から連絡をうけた母親は仕事を早退し、担任に連絡して学校へ向かおうとしたが、その女性担任は、〈明日デートがあるので、また今度にしてほしい〉と母親の来校を断る始末であった。
その後も母親は何度も被害を訴えたのだが、担任と学校の態度は変わらなかった。いじめではなく遊びの延長であるので、学校側は適切な指導をしている、で話を片付けられてしまっていた。ある時学校の副校長から、那珂島の妹のほうに問題あるのではないか、とも言われたそうだ。
母親は仕方なく区の教育委員会に連絡したのだが、学校に連絡して事実確認しますので、という対応でろくに相手をしてくれなかった。どうやら教育委員会は学校に対して注意はできるが、その指導には強制力がないようなのだ。
実際の現場である学校は、そこの校長が全て仕切っており、教育委員会が校長に問題点を指摘したとしても校長が否定すればそれで終わり、というなんとも頼りない存在であった。
調べてみると、東京の教育委員会は各市区町村に設置されているものと都に設置されているものの二つがあった。母親は区の教育委員会では難しいと判断し、別の組織である東京都の教育委員会にも連絡した。が、いじめなどの学校の問題は各区市町村の教育委員会での対応になるとのことで、そこでもろくに相手にされなかった。
そんな状態が続き、妹へのいじめが一向に収まらない現状に我慢できなくなった那珂島は、妹のクラスに怒鳴り込みに行った。それから那珂島自身も、教員の見えないところで嫌がらせを受けるようになってしまう。
那珂島の妹が暴行されそうになった昨日も、本来であれば一緒に帰るはずであったのだが、那珂島は身に覚えのないクラスの問題事で担任に呼び出され、放課後残されて弁解をしなければならなかったのだ。
那珂島から話を聞いた数日後、仲西は問題児グループの一人である土屋から呼び出された。
仲西にとっては想定の範囲内である。
先日のお返しをしたいのであろう。どうせ数で囲んで痛めつけに来ることはわかっていた。数でこられたらどう考えても勝ち目は無い。そんな呼び出しなど無視してもいいのであるが、自分もあの連中と一緒にイキってつるんでいた部分があっただけにどこかでケジメをつけて縁を切りたかった。
放課後に仲西が呼び出された場所は、学校近くの公園であった。
トイレの裏手のほうに、木に囲まれた人目のつかないちょうどいい広さのスペースがあるのだ。仲西は給食で隠してとっておいたバナナ食べ、準備体操をきっちりしてから公園へ向かった。トイレの建物の後ろに行くと、すでにそれなりの人数が集まっていた。仲西はまっすぐ集団に向かっていった。
「よおかっこつけマン。ビビらないでよく来たな。お前に蹴られたとこがまだ痛えよ」と、先日仲西にトイレで金玉を蹴り上げられた土屋が言う。
「おまえのチンコ小さすぎてうまく蹴れなかったわ」と仲西が言い終わらないうちに土屋が殴りかかってくる。同時にほかの人間も仲西を取り囲んだ。
その時、突然後ろから鈍い音が聞こえ誰かが仲西の近くに倒れた。
仲西は目の前の土屋の襟首をつかみ膝蹴りをしながら回転し後ろをちらりと見る。
そこに那珂島がいた。
鬼のような形相で周りの人間を殴りまくっている。
〈へっ〉仲西の顔が一瞬歪んだ。
うれしくて泣きそうになった。
結果は、惨敗であった。
さすがに二人で十人以上はきつい。
何人かは立てないぐらい痛めつけてやったが、何度も組み付かれ、二人のスタミナが切れてくると一方的にボコボコにされた。
二人は今、公園の水飲み場の近くのベンチに座り空を眺めていた。
沈んだ太陽の残光に照らされた夕暮れの澄んだ青い空に、木々の葉枝が鮮やかなシルエットを浮かべている。それはまるで精巧な漆黒の切り絵の様であった。
仲西も那珂島もだいぶやられたが、何故か気持ちは清々しかった。
二人は長い間、無言でそうしていた。




