20-2 Partial Lunar Eclipse ― 因 ― ②
仲西がクラスの友達から聞いた話では、どうやら那珂島は何かの格闘技の道場に通っているようであった。それを聞いて仲西もどこかに習いに行きたくなったが、家庭的に金銭的な余裕がない。
仕方なくインターネットの動画や本を参考に、自分なりに研究してトレーニングを始めた。ある程度進歩があったら、また那珂島を呼び出して勝負してやろうと思っていた。
二人は同じクラスにいても一切会話をすることもなく時間だけが過ぎていった。そんな状態がしばらく続き、もうじき学校は夏休みになろうとする中、ちょっとした出来事があった。
仲西は友達からある噂を聞いた。
那珂島には一つ下の学年に妹がおり、その子がどうやらいじめをうけているらしい。いじめをしている生徒の何人かは、どうやら仲西と仲のいいグループのメンバーであった。
その当時の仲西は、学校でいろいろとトラブルを起こしている問題児連中ともつるんでいた。そのメンバーの一人によると、那珂島の妹は変に目立つようで、クラスの他の女子から目を付けられターゲットにされているなかで一緒になっていじめ始めたようであった。
いじめの内容は、最初はからかいの言葉ぐらいであったが、今はあからさまに物を隠されたり、いじわるをされたりするのが当たり前になっていた。そしてつい先日、兄である那珂島が妹の教室に乗り込んでいって、
「いじめなんかするな!」と大声を出したそうだ。
「あいつ、笑えるよな」と上級生の一人が事情を話しながら下品な笑い方をした。仲西は、そっすね、と言って愛想笑いを浮かべたが、心の奥に何かモヤモヤしたものを感じた。
その数日後、仲西は仲間と一緒に那珂島の妹を見にいった。教室をのぞくと、那珂島の妹は教室の席に座って一人で本を読んでいた。
細くてどちらかというと小柄である。セミロングの髪がきれいにカットされ前髪が揺れていた。体は小さいが、なにか大人びたプロポーションをしている。顔は那珂島にはあまり似ておらず、かわいらしい。明らかに平均以上の顔立ちをしていた。そしてそれは、仲西の最高に好きな顔であった。
少し様子を見ていると那珂島の妹の後ろの席で女子何人かがひそひそと話をしていた。
仲西や上級生たちに気づくと、その女子たちは、「先輩パース」と言って上級生に向かって、丸めた紙くずのようなものを投げた。しかしその丸めた紙は明らかに那珂島の妹を狙っていた。紙くずはマトをはずれ、あらぬ方向に飛んでいった。
「ちゃんとゴミ箱いれろよ」と上級生の一人が笑いながら、那珂島の妹を指す。
ごめーん、と言いながら、その女子たちは次々と丸めた紙を投げた。
その一つが、妹の頭に当たると、教室からどっと笑いが起きる。
次の瞬間、那珂島の妹は席を立ち教室の外へ逃げてようとするが、上級生が扉の前に立ち道をふさいだ。
「あらら、お兄ちゃん呼びにいくんでちゅか」と一人が言うと、また笑いが起きた。
妹は固まって動けないでいた。
「お兄ちゃんにおっぱいすってもらうんでちゅかー」と言って、別の生徒が妹の胸を触ろうとした。妹は逃げようとしたが肩を掴まれてしまう。
その時、チャイムが鳴り、廊下の向こうから教員がこちらへ向かってくるのが見えた。誰かが、仲西の妹を囲んでいる上級生にそのことを伝える。まもなく教員が近づいてきて言った。
「おまえら仲良しなのはいいけどチャイムは守れよ」
この教員はアホ確定だな、と仲西は強く思った。
次の日、仲西は仲間から那珂島の妹をからかいに行く誘いはなかった。
それをなぜかほっとしている自分がいた。しかしそれも束の間、仲西は上級生に放課後一緒に来いよと誘われた。
場所は南校舎一階にあるトイレであった。そこは教科の物置小屋のような準備室が並んでいて、教員も生徒もほとんど行かない場所であった。そのトイレは立入禁止の張り紙が張られていた。その上級生について中に入って行くと、すでにそこには何人か来ていた。
男子数名。二人の女子。いづれもどこかの教室で見たことがある。トイレの奥を見ると、那珂島の妹がびしょ濡れになって立っていた。
「おまえら遅いよ。こいつおしっこできないって言うから水あげたのに、飲もうとしないからこんなんなっちゃったよ」と一人が下卑た笑いを浮かべて言った。問題児グループのリーダー格の土屋であった。仲西の一つ上の上級生である。
「ねえかわいそうだよ。風邪ひいちゃうよ」と、女子の一人がへらへら笑う。
「濡れた服脱いだほうがいいよ」別の女子が言った。
那珂島の妹は静かに泣きながら何もできないで立っているだけだった。
「じゃあ俺が手伝ってあげるよ」といって土屋が妹のワンピースをめくりあげはじめた。那珂島の妹は嫌がり抵抗したが、後ろから別の男子に羽交い絞めにされてしまう。服がめくりあげられると、パンツとスポーツブラが丸見えになる。白い肌がやけになまめかしく見えた。シューズを履いた細い両足がわずかな抵抗を試みるが、そのまま床に倒され、簡単に取り押さえられてしまった。
「パンツもびしょびしょだよ。脱がしてあげなよ」と、女子の一人がガジェットで撮影しながらその男子を煽った。妹は抵抗するが、口元を抑えられ何も言えない。土屋が妹のショーツに手をかけ降ろし始める。周りの生徒が、やっちゃえ、やっちゃえ、とはやし立てる。
土屋が自分のズボンを膝まで降ろし地面に抑え込まれている那珂島の妹に覆いかぶさったその時、
「もうやめようぜ。こうゆうの」仲西の呻くような声が漏れた。
那珂島の妹の両足をこじ開け、必死になって自分の股間の一物を入れる場所を探していた土屋の動きが止まる。周囲の生徒は、仲西のその言葉の意味を理解するのに少し時間がかかっていた。
土屋は白く細い両足を抱えたまま首だけを仲西に向け、
「お前はこいつのお兄ちゃんか?」とバカにするように言った。その土屋の言葉に周りから渇いた笑いが起きた。瞬間、
「クソだせえんだよ!」と仲西は大声を張り上げながら後ろから土屋の股間を思い切り蹴り上げた。仲西はその足先に妙な柔らかみを感じながらもう一度蹴り上げた。
「ごふぅ」と妙な音をその口から発しながら土屋がうずくまる。
仲西は妹を羽交い絞めにしていた後ろの生徒の髪を掴み、捻りあげて立たせると膝蹴りをいれ地面に思い切り叩きつけた。周りの人間は固まったままだ。仲西は座り込んでいる妹を起こすと肩で支えながら、一緒にその場を後にした。
次の日の朝、学校へ行くと教室の入り口に那珂島が立っていた。
例の件のことだろうというのはすぐにわかった。二人で人がいない場所へ行った。
「昨日は、ありがとう」開口一番、那珂島は仲西の目を見て言った。
仲西と那珂島は教室で何度も顔を合わせてはいるが、しっかりと目を合わせるのはその時が初めてであった。那珂島は真っ直ぐで力強い眼をしていた。
この瞬間が二人の本当のつきあいの始まりであった。




