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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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20-1 Partial Lunar Eclipse ― 因 ― ①


 仲西と那珂島が初めて会ったのは小学校五年生の時だ。

 今でこそ一緒にランバトのチームを作り、どんなことでも話し合える者同士であるが、最初の関係は、はっきり言って最悪だった。


 仲西が小五になった四月、那珂島がクラスに転入してきた。

 転校初日、教室の前で紹介された那珂島は小ぎれいな格好で背も高く、おまけに顔も悪くない。仲西も多少は自分の顔には自信があったが、トータルでは負けを認めざる得ない雰囲気であった。


 仲西が那珂島にもった最初の印象は、いかにも女子受けする羨ましい男子というものであった。当時から明るい性格の仲西は、すぐに友達を作れるタイプであり、好奇心も手伝って転入してきたばかりの那珂島に最初に声をかけた。

 しかし当の那珂島は無口で反応が薄く、何度話しかけてもあまり会話を広げようとしない。次第に仲西も話しかけなくなり、お互いに共通した接点もなく時間が過ぎていった。



 那珂島が転入してから一か月が過ぎようとしていた頃。クラスのある生徒が、那珂島が仲西の悪口を言っていると教えてくれた。どうやら仲西の服装が汚いと言っていたらしい。

 仲西はその瞬間、頭が沸騰した。母子家庭である仲西は、いつも薄汚れたジャージにかかとの削れた運動靴といういでたちであった。それらは母親に無理を言って買ってもらった有名メーカーのものだ。

 ほかの生徒はある程度服装のローテーションはあったが、金銭的に苦しい仲西の家はそこまで手がまわらない。必然的に毎日同じような服装になってしまうのだ。


 仲西のジャージもシューズも一般的な家庭からしたら高価ではないかもしれない。しかし自分にとっては母が苦労して稼いだ給料で買ってもらった大切なものであった。デパートでお金を出してくれた母の荒れた手を思い出した。

 仲西の母親は非正規社員であったがほぼ毎日働いていた。

 しかし毎月の給料から生活費を差し引くと手元に残るお金は少なかった。そんな状況であっても彼女は仲西の高校進学のことなどは小学校に入った頃から気にしており、少ないながらもコツコツと貯金していた。

 遊ぶことは一人前以上である仲西に、高校だけはちゃんと行くんだよと、常日頃から言ってくれている。仲西は自分の服装を馬鹿にされたことで、そんな母親の思いを踏みにじられた気がした。



 その日の帰り際、昇降口で仲西は那珂島を呼び止めた。

 那珂島は「なに?」と言って立ち止まる。

 すると何人かの生徒が那珂島の周りを取り囲んだ。

「お前、俺の服が汚ねえって言ってたらしいな」仲西は怒っていた。那珂島の服はピカピカで、いかにも育ちがいいところの坊ちゃんという感じがした。それも仲西の怒りに油をそそぐ原因になっていた。


「いや、言ってないけど」那珂島は全く取り乱さずに言う。

「聞いた奴がいるんだよ」仲西は怒りに声を震わせていた。その妙に気取った冷静な感じも気に入らない。普通これだけの人間に囲まれればもっと動揺してもいいはずであった。

「言ってない」那珂島はもう一度はっきり言いながら仲西の後ろに立っている生徒がニヤニヤ笑っているのが見えた。


 同じクラスの長嶋だ。

 その下品な嗤いに不愉快な空気を感じ取った。

「誰が聞いたんだよ」那珂島は静かに尋ねる。

「みんな聞いたんだよ!」仲西は思わず叫ぶ。論理は怒りで破綻していた。


「意味がわからない」と那珂島は言って、囲まれた隙間を抜けようとしたその時、いきなり誰かからつき飛ばされた。那珂島は反射的に相手を飛ばし返す。その生徒はバランスを崩し派手に転んだ。

「ふざけんじゃねえ!」仲西が那珂島にとびかかる。


 即座に応戦した那珂島であったが、何人かに組み付かれまともに仲西に顔を殴られた。昇降口は大騒ぎとなり、その場を見ていた生徒に呼ばれた教員があわてて駆けつけてくる。

 暴れる仲西をなんとか教員が抑えた。

「弱っちいくせに調子にのんなコラ!」仲西は抑えられながらも那珂島に向かって大声を上げる。

「弱いのは自分だろ。大勢でしかケンカできないくせに」

「あんだと!殺すぞ!」仲西は教員を振り切り、もう一度那珂島に飛び掛かろうとするが、別の教員にも阻まれいずこへと引きずられていった。


 その後、たっぷりと夜まで事情聴取はかかった。

 仲西の母親は仕事を少し早く切り上げ迎えに来てくれた。事の経緯を教員から説明され、何にしても暴力をふるってしまった那珂島に謝罪しなければならなかった。



 全ての聞き取りと説明が終わると、仲西にも教員から事情が説明された。

 事の発端は同じクラスの長嶋という児童であった。

 何でも長嶋が気になっていた女子も自分を好きだと言っていると友達から聞いたらしい。外見も中身もたいしたことはない長嶋は超がつくナルシストであった。

 勝ちが確定している告白でみんなを羨ましがらせてやろうと、大勢の前でその子に向かって、俺はつきあってあげてもいいよ、的なことを言ったらしい。しかし、その女子から、

「私が好きなのはナカジマ(那珂島)君、ナガシマはキモくて無理」と思い切り振られてしまったのだ。


 大いに赤っ恥をかいた長嶋は、ビビりで小心者であるためそれを教えてくれた友達も責めることはできず、逆に笑いのネタにされてしまった。

 その腹いせで、ある意味恋がたきである那珂島に嫌がらせをしようと考えたのだ。自分一人では怖いので、ケンカに強い仲西をけしかけ、那珂島をいじめて泣かせてやろうと思ったそうだ。



 教室で待機していた仲西と母親が事情を聞いたときには他の生徒の謝罪は済んでおり、最後が仲西の順番だった。相談室に移動すると、教員から那珂島とその母親に対して謝るように促された。

 仲西はしぶしぶ那珂島のほうを見た。

 那珂島の隣には、きれいな女の人がいた。那珂島の母親だろう。ピシッとした高そうな洋服を着ていた。仲島の母はパート帰りでジーンズに作業服のような上着を着ていた。


 仲西は言葉がでなかった。

 先ほどの聞き取りで那珂島は仲西の服が汚いなどという悪口は言っていないことはわかっている。が、仲西は謝罪の声が出なかった。

 那珂島には何の罪もないのはわかっている。理不尽なのはわかっているが、綺麗な服を着たその親子に、自分たち親子が全否定されているような気がしてならなかった。


 謝罪の言葉の代わりに涙が流れ、すぐに嗚咽も加わる。

 しばらくたってもそれが止むことはない。

 那珂島の母親が、もうこんなに反省してくれているのだから十分です、と言って執拗に謝らせようとする教員を止めた。代わりに仲西の母が深々と頭を下げた。


 その帰り道、仲西の母が、ごめんね、つらい思いさせて、と仲西を慰めた。

 止まっていた涙がまた流れた。




 それからしばらくして、仲西は那珂島を呼び出した。

 やり方は古臭いが、メモに日時と時間を書いて本人しかわからないように、机にあった連絡帳に挟み込んだ。場所は近場の公園である。今回は仲西一人だけだ。


 約束した場所に、那珂島は律儀なほど時間通りに来た。

「で、何の用」相変わらずの素っ気なさで那珂島が聞く。

「お前、俺に大勢でしかケンカできないって言ったよな」

「言ったけど」

「そうじゃないことわからせてやるよ」

「僕とケンカするってこと?」那珂島は聞く。

「そうだよ」

「何で?」

「だから、俺一人でもケンカできるってわからせてやるよ」

「君が一人でもできるってわかったから。もういいよ」那珂島は静かに言う。

「はあ?」

「じゃ、帰るね」と、那珂島は踵を返し帰ろうとした。

「そうゆうとこがむかつくんだよ!」と言いながら仲西は殴りかかる。

 それを那珂島はするりと避けた。

〈こいつなんかやってんな〉仲西は漠然とした不安を感じながらも攻撃する手を引こうとは思わなかった。


 数分後、仲西は地べたに這いつくばっていた。

 立っている那珂島も無傷では無いが、圧倒的な力の差であった。

 倒れた仲西に声をかけることもなく那珂島はさっさと帰っていく。

 仲西はしばらく立てずにいた。体のダメージよりも心のダメージが大きかった。

〈なんであいつだけ〉

 仲西の心の中で悔しさだけが膨らんでいった。








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