18-2 Opportunity ― latter half 転 ― ②
凜から情報をもらった数日後の放課後、蓮と仲西、那珂島の三人は、一年の校舎から少し離れた場所で凜からの連絡を待っていた。
日中に岡田香織をつかまえて話をするという案もあったが、こちらが悪くないにしても校内でトラブルを起こして教員に知られるのは、あまりいい手ではないとの判断からであった。
今回の件は、本来であれば学校側に連絡して然るべき対応をしてもらいたいところではあった。しかし那珂島たちが情報を集める際にハッキングのようなことを行っていたため、ソースの入手方法を追及されたら下手をするとこちらが不利になる可能性があるためそれはやめにした。
そこで学校から駅に向かう帰り道の途中で岡田をつかまえて話を詰めようという流れになったのだ。
凜も一緒に行く、と言ってきたが、蓮がそれをさせなかった。体育祭の件もあり、岡田が暴力と言う手段を平気で使う人間であることがわかっている。蓮は凜には危ない目にあってほしくない。仕方なく凜は、岡田がどの方向に向かったかを報告する連絡係になることで話は落ち着いた。
学校帰りに生徒たちが駅に向かって帰るルートはだいたい決まっていた。
四人は帰りの学活が終わるとすぐに教室を出て、早々にそれぞれの持ち場へ向かった。蓮は体育館を抜けた先になる生協の近く、仲西はグラウンド脇の通りを抜けた先にある図書館、那珂島はキャンパス中央付近にあるSAコースの校舎の近くで待機した。
凜が一年校舎の出入り口を少し離れた場所で見張っていると、終学活が終わってだいぶ時間が経ってから、騒がしく何人かと話しながら歩く岡田の姿をとらえた。すぐにその集団の進むルートを見定め、グループメッセージを送る。どうやら岡田は四人の生徒と一緒に白楽駅方面に向かって歩いていくようであった。
仲西と那珂島は、様子を見ながらそれぞれの距離を保って後をつけていった。学校から少し歩き、周囲を歩く生徒もばらけて少なくなったタイミングを見計らって、先回りしていた蓮が岡田とその一行の集団の前に立った。岡田は視界に蓮をとらえるとあからさまに動揺した。
「えっ何?」と周りの生徒に確認する。
「なんだお前」一緒にいた二人の男子生徒が蓮を威嚇してきた。取り巻き感抜群の二人の女子生徒もうすら笑いを浮かべながら小ばかにした視線を蓮にぶつける。
「オマエってのは俺のことか?」
いつの間にか岡田たちの後ろに来ていた仲西が言った。那珂島もいる。二人の姿を見て、とたんに岡田の表情が硬くなった。二人の男子生徒も完全にビビっている。どうやら仲西たちのことを知っているようだ。そんな二人の男子の様子を見て二人の取り巻き女子の薄ら笑いは消し飛んでいた。
「お友達には先に行ってもらったほうがいいぞ」仲西が岡田に向かって言う。
「ざけんな。なんであたしがー」と岡田が言い終わらないうちに、
「帰ったほうがいい」那珂島の怒気を含んだ低い声が響いた。
岡田を含め、他の四人も凍り付いたように動けなくなっていた。
「何も痛めつけようなんてアホなことはしねえよ。お前ら警察呼んでみいいけど、捕まるのはこいつだからな」と仲西は顎で岡田のほうをしゃくって言った。
仲西は暴力を振るうことなく取り巻きの連中にその場から立ち去ってもらった。蓮たちは、その四人が視界からいなくなるまで見ていたが、早歩きで去りながら誰一人振り返ることはなかった。
「じゃあ、本題なんだけど。ここじゃまずいから、向こうに行こうか。それとも怖くて動けないかな」と仲西はいつものさわやかな笑顔に戻っていた。
「馬鹿にすんな」岡田は鬼のような目つきをしながら震える声を振り絞った。
「なんでお前らがこいつの味方すんのよ」岡田は強がる声を上げた。
蓮たちは、大通りから少し道を入った人気のない公園に移動していた。そこであれば、はたから見れば学校帰りの高校生の集団が雑談でもしている風にしか見えない。
「味方ってわけじゃないけどさ。どうも最近、胸糞悪い画像とかが出回ってるみたいでよ」仲西は言う。
「お前何を言ってー」と岡田は言いながら蓮のほうは見ようともしない。
「これなんですけど」と蓮が例のサイトからプリントアウトした用紙を何枚か岡田に向かって見せた。AIで加工された、蓮や凜の卑猥な画像が写っていた。
「そんなの知らねえよ」岡田はそれを見もしないで叫ぶように言った。
「本当に知らないのか?」仲西がやさしく聞くが、
「なんであたしって決めつけんだよ!」と岡田は声を荒げる。
そんな岡田の様子とは逆に、蓮が静かな良く通る声を出した。その顔にはいつのまにか銀縁の知的な銀縁メガネがかけられていた。
「知らないなら仕方ないですけど。
知人ですよ。知人の話によると、あなたのご家族の契約されている端末から、これらが送信されたりしているんですね。実に困ったことにあなたのご家族の名前がでてしまっているんですよ。
ご自分でされていないとシラをきるなら、あなたのご家族のどなたかがこういった画像をインターネットに上げたことになりますねぇ。
ご希望であれば、警察に連絡しますね。そうなれば、あなたのご家族をに担当の警察署から連絡がいくかと思いますが」蓮は腕組みした手を解き片手でメガネの中央部分をクイとあげる。
「なんだよそれ。そんなの家族は関係ねえだよ!」岡田の声に焦りが出る。
「関係あんだろ。お前ただの未成年のクソガキなんだからよ」仲西が一喝した。
「お前に言われたくねえよ!」岡田は強がる姿勢を崩さない。
突然、「おい」と那珂島の低い声が響いた。
「お前がそのつもりなら、こっちもとことんやるぞ。警察に行けば間違いなくお前の家族巻き込むからな。ついでにお前のパパの職場にもきっちり連絡するわ。
それで今まで通り生活できると思ってんのか。お前、中学に妹いたろ。ちゃんと俺たちの後輩にも今回の件回しておくからよ、マドカちゃんだっけか、妹も楽しい学校生活遅れるといいな。
もう十分状況やばくなってるのわかんねえのか。お前これからまともな生活送れると思うなよ。俺たちがやるってなったらどうなるか、もうわかってんだろ」とまくしたてるように続けた。
普段はどちらかというと丁寧な口調の那珂島がこんな乱暴な言葉を使うのを初めて見た蓮はびっくりしてしまった。
岡田はわなわなと震え突然糸の切れた人形のようにその場にしゃがみ込むと両手で顔を覆った。それから声を押し殺して長い間泣いていた。
その日、例のサイトからスレッドはすぐに削除された。
出回った画像は自分がAIを使って作成し誹謗中傷は自分が行ったものであると岡田に全ての連絡先に通知を送らせ、他のクラスのグループにも削除依頼を継続して行わせた。
今後岡田の行動が十分ではなかったり万が一画像がネットに拡散された場合、大本の原因である岡田に対しては刑事罰に合わせ民事訴訟を起こし損害賠償を請求する準備もできていることになっている。
蓮は訴訟などと言った言葉自体は聞いたことはあったが、具体的な要求として相手に提示することは全く思いついてなかった。
それらの難しい法律用語を使うようにアドバイスしてきたのは那珂島であった。なにやら以前学校でトラブルを経験し、そこでいろいろと学んだとのことであるが、詳しい話はしたくなさそうであったので、蓮は聞くのをやめた。
こうして、ひとまず裏サイトの件は収束に向かっていった。
今回の件では一言も岡田と会話をしてはいないが、彼女を追い詰める鍵になった人間は間違いなく凛であった。
しばらくして四人は再びグリルガーデンに集まった。
「まあ今回の件はなんとか大ごとにならずに済むかな」大盛の特製ランチを一生懸命食べながら仲西が言った。その言葉に、那珂島がうなずく。
「いろいろ教えてくれてありがとう」蓮は礼を言った。
「別にいいよ」仲西たちは相変わらず何も気にしていないようだ。
「那珂島の弟にもなんかお礼しないとね」蓮が言うと、不意に那珂島がせき込んだ。
蓮が何事かと思い黙っていると、那珂島はなんとか食べ物を飲み込み、水でのどを落ち着かせ、
「ちょっとお願いがあるんだ」と切り出す。仲西が、おっという顔になった。
「実は、うちのやつ伊吹のファンなんだ。今度時間あったら一回会ってやってくれないかな」
「何?ファンって?」蓮が聞く。
「まあ、なんていうか、アイドルとか芸能人のファンみたいなもんで」那珂島は言い訳するように言った。
「私はただの高校生だけど」蓮はわけがわからない。
「前にも言ったかもだけど、俺たち伊吹のことだいぶ前からランバトで知ってて、うちのも、なんていうかもう信者みたくなってて」那珂島は相変わらず言い訳するように話す。
「なに信者って」蓮は笑った。
「まあ、とにかくなんか伊吹のファンなんだよ」必死に説明する那珂島の様子を馬鹿にするでもなく仲西は妙に真面目な顔をしていた。
「そんなこと言われてもー」と困る蓮のその隣で凜がメロンフロートをうれしそうに食べていた。




