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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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17 Selfcare ― 塞 ―


 八月初旬、学校のカフェの窓際で二人の男子生徒が無言で座っていた。

 仲西と那珂島である。二人の視線はぼんやりと窓の外に向けられていた。時刻は午後四時過ぎ、真夏の太陽は一向にその日差しを弱めることなく、キャンパスを行き交う生徒たちを容赦なく照り付けている。


 夏休みが始まると仲西は補習やレポートに追われ、先程も講義を受けてきたばかりであった。一方の那珂島はそういったものとは無縁の生徒だ。

 しかし重い沈黙はそれが原因ではない。二人にとって今の、いやここ数か月の悩みのタネはランバトのチーム編成であった。


 六月の権利確定戦と呼ばれるリーグ在留の権利をかけたバトルでは新規のチャレンジチームをなんとか下し、アンダーリーグに留まることができた。しかし先日行われた新シーズン緒戦はあっけなく負けてしまった。その原因は自分にあったと仲西は思っている。対戦相手もそれなりに強かったが、別のバトルオーダーにしていたら自分のチームは勝っていたはずだった。


 一回のバトルでは、各チームの代表三名を選び対戦するが、一番手から三番手までのバトルオーダーは、試合開始の前にジャッジに提出するまで確定しない。

 一旦提出したオーダーは変えることができないので、ギリギリまで相手チームとの駆け引きが要求される場合がほとんどである。出場する選手は、強い順番とは限らない。ランバトは相手のチームの内容を研究し出場順を考えていく頭脳戦の一面もあるのだ。


 そのため運営の登録メンバーの管理も徹底していた。

 メンバーの増減があった場合は、すみやかに報告しなければ最悪出場停止処分にもされる。またメンバーが新規加入や移籍をしたら、そのメンバーは移籍の後最初に行われるランバトには参加できないという決まりもある。

 しかしその点では、仲西たちのチームは不要な心配をする必要はなかった。チームメンバーは仲西・那珂島の二本柱に加え、それ以外のメンバーは発足当時から変わっていない。唯一変わった点は脱退したメンバーがいたぐらいである。


 ついこないだの七月末に行われた、一戦目の相手チームはオリオンという新参チームであった。

 相手の戦力のデータがほとんどなく、賭けに近い状態で仲西たちはバトルオーダーを決めなければならなかった。

 それに合わせて新シーズンは八月に入ってから一戦目が行われると考えていたところ、運営の事情か何かわからないが七月中の開催になったのも痛かった。

 今現在仲西たちのチームメンバーは、規定されている人数ギリギリの五名しかいない。

 その中でも戦えるのは仲西と那珂島、渡、真野というメンバーが戦力である。

 が、渡は前シーズンからのケガでまともに動けない。真野は現在音信不通。残りの一人は全くバトルに対応できないことあるが、那珂島が絶対に出場を認めないメンバーでもあった。


 結果、仲西のチームは一人の棄権をバトル前のオーダー提出でジャッジに伝え、最初から相手が一勝している状況での試合開始となる。

 状況に文句を言っても何も変わらないので、なんとかチームを編成し、戦っていくしかない。仮に負けが一つ確定しても、仲西と那珂島が勝てばいいのだ。


 しかし口で言うほどそれを実行するのは簡単なことではなかった。中途半端な気持ちでランバトに参加しているチームは一つもないのだ。どのチームも上を目指して強くするために変化しているのが常識である。メンバー自体が成長するのはもちろん、チーム自体も新メンバーや別チームからの移籍などで少しずつ強化されていくのだ。

 もちろんその逆に、メンバーが抜けたり、チーム内で意見がぶつかり、弱体化し消えていくチームもある。残念ながら仲西のチームはその消えていく典型的な流れに乗っていた。


 オリオンは新規チームということもあり、仲西の読みでは第一試合にチームで一番強い選手を出してくるだろうと予想していた。そして、バトルオーダーは一戦目を不戦敗とし、二、三戦目で仲西と那珂島で勝ち星を獲ろうと考えていた。のだが、予想は見事にあてが外れてしまった。

 相手チームのバトルメンバーは、二番手、三番手の順に強くなっていった。結果、仲西は判定負け、那珂島は引き分けとなり、見事な黒星スタートとなってしまったのであった。



 仲西のチームには加入メンバーの候補もいない、残るバトルメンバーはケガと音信不通。

 望みは薄いとわかっていながらアプローチした伊吹蓮には案の定断られた。昔のつてで声をかけようか迷った人間が何人かいたが、たいした実力のない人間をその場しのぎで加入させても先々のトラブルの元になるだけだから、と言って那珂島が認めなかった。


 仲西自身は現在チームリーダーとして登録はしている。しかし、それはあくまで流れで決められただけでチーム全体の決定権があるわけではない。

 現在ケガを回復中の渡は、とにかくメンバーを増やさないことにはチームの存続自体が危ないと主張する。それとは逆にメンバー加入に慎重になる那珂島である。仲西にとっても二人の仲裁は、非常にやりにくい部分があるが、どちらかと言うと仲西も那珂島よりの考えであった。


 理由はいくつかあり、一つは、今のチームは昔から知っている仲間同士で活動しているので、単純に強さだけで加入させてもうまくいかなくなる確率が高いだろうという点。そして、次の理由は、金の配分の問題であった。ランクバトルには賞金が出るのだ。


 何年前から賞金が出ているのかは仲西たちは知らない。自分たちがその存在を教えてもらい、参加するときにはすでに賞金制度は存在していた。

 アンダーリーグでは、シーズン中のバトルや利確戦に勝てば二十万円もらえる。負けて支給されるがその額はだいぶ下がる。半年のシーズンで最低四戦はするので、全勝すればそれなりの金額になるのだ。

 それに合わせて、アンダーリーグでシーズン一位を取ると、そのチームに五十万円提供される。二位が二十五万、三位が十万、四位はゼロだ。これは、あくまでもアンダーの話で、リーグのグレードが一つ上がるにつれて、少なくとも金額が上がることだけは運営が教えてくれた。


 シーズンバトルでの全体の賞金を考えると、それなりの金額が動いていることになる。どういったところからその金が出ているのかとか、合法非合法の話は抜きにして、ランバトは仲西たちにとって、まとまった金額を手にする絶好のチャンスであった。ランバトに参加したいチームの目的は、自分たちの強さの表現の場でもあるが、実はこの賞金制度も大きな要因でもあった。


 ちなみに賞金の分け方は各チームの裁量に任せられている。そして実のところ、チームが崩壊する一番の原因も賞金にあるのだ。強力なメンバーをそろえてリーグ上位に位置していたチームが突然解散してしまうことがある。メンバー同士の衝突が原因であったりするのだが、金銭がらみのトラブルが実際は多いのだ。


 仲西のチームは、各バトルの賞金はそのバトルを戦ったメンバーで均等に分け、シーズンのリーグ賞金は全メンバーで均等に分けていた。場合に応じてセコンドや補助の人間にしっかりと手当てを回している。

 金の分配で意見がぶつかったことと言えば、ランバト参戦初期に那珂島が賞金はいらない、と言って受け取ろうとしなかったことぐらいであった。それから今まで、チーム内で金のことで揉めたことは一度もない。だが、もし新規メンバーを加入させた場合、ほぼ間違いなく金の問題で何かしら面倒なことが起こるのは目に見えていた。


 そんな賞金制度があるものの、残念なことに仲西たちは前シーズン全く稼げていなかった。

 メンバーの離脱や、ケガもあり、チームバトルの戦績は一勝三敗、シーズンバトルの賞金とリーグ賞金、利確戦での賞金を合わせても、チーム全体のトータルで三十万も稼げていない。それをメンバーで分配するのだから個人の取り分はかなり少なくなる。


 前シーズンで仲西が個人で手にした金額は数万程度。前のシーズンでは仲西個人で手にした額はその数倍はあったので大きな減額であった。

 とはいえ、その程度であれば頑張ってバイトすれば数か月で手に入れられる金額である。しかし仲西にとって好きなことをやって手にする賞金は特別な感じがしてならなかった。そして何より、リーグが上がれば手にする金額がかなりのものになるという夢があるのだ。




「元空手部のやつらってどうしてるかな」不意に仲西が沈黙を破る。同じような質問を以前にもしたことを覚えていた。

「そんなできるいたっけ」那珂島はそれを気にするようでも無く答えた。

「村川どうかな」

「腰やったからな、まだ難しいんじゃないの」

「そうだよなー。稲木戻らないかな」

「あいつか」那珂島は苦笑いを浮かべた。


 稲木は前シーズンの途中で抜けたメンバーだ。後輩であるがそれなりの強さがあり、先輩である渡や真野の代わりにランバトに参加することがあった。しかし三月のバトルを最後にチームから脱退した。今年は受験があり勉強に集中したいそうだ。

「あいつの親父はめちゃくちゃとっぽいけど、本人は結構まじめだからな」と那珂島が懐かしそうに言った。


 後で知ったことであるが、稲木はランバトをやめたことを父親からこっぴどく叱られたそうだ。なんでも受験なんかどうでもいいから格闘技頑張れ、と言われたらしい。さすがに母親は受験をしっかりさせるという常識的な考えをもっていたらしく、現在は無事勉強に集中できているようだ。


 仲西は水滴のついたグラスを手に取り、一口アイスコーヒーを口に含むと、

「先生、何してるかな」と独り言のようにつぶやいた。


 仲西や那珂島は、中学の時代、空手部に所属していた。

 顧問は見るからにいかつい男で、体育の教員でもないのにいつもジャージを着ている変な教師であった。聞いた話であるが、仲西たちが入学すると直前に卒業していった学年がかなり暴れていらしく、その生徒たちをまとめる受け皿として仲西たちが中学に入る前の年に空手部が作られたらしい。部員は全員が卒業した学年の生徒で構成されていたらしく、

「今年度新入部員がいなければ廃部です(笑)」と四月の部活動紹介のオリエンテーションでうれしそうに話していた。


 その時、軽くこんな動きの練習をします、と言って突きや蹴りの簡単な動作を見せられた。その動きは、恐ろしくなめらかで芸術的な動きであった。大半の生徒がドン引きする中、仲西と那珂島は即入部を決意していた。

 そして入部後、自分たちが思っている以上に厳しい稽古の日々が始まった。


 一学期は基礎体力を徹底的に鍛え上げられた。

 夏休みが終わるころには、上の学年の生徒にも負けない体力がついた。そして二学期から基本的な動きの練習から、より実践的な技を仕込まれる。顧問はどこで学んだのか知らないが、いろいろな格闘技の中から使える技を取り入れ、それを空手に活かしていた。中一が終わるころには、上の学年の生徒でも、まともに二人とやりあえる生徒はいなくなっていた。


 二人は二年になり、四月から新入部員が入ってきた。村川と稲木である。両名とも格闘技の経験者であり小学校時代、だいぶ暴れていた生徒であるらしい。入部早々二人は、

「先輩って強いんすか」「動きが甘いっすね」と言った挑発的な発言をしていた。それを仲西が顧問に言うと、ちょっと泳がせるか、と言うだけで、新入部員に言葉遣いを注意することはなかった。


 村川も稲木も最初から体力がかなりあり、それなりの走り込みや補強運動ができると、五月からスパーリングに参加してもいいと、顧問からの許可が下りた。

 二人はピカピカのグローブとレッグガードなどをつけ、初めてのスパーリングに嬉しそうにしていた。俺たち先輩倒しちゃったらどうする、的なことをふざけて話していた。


 そしてスパー開始から数十秒後、二人とも床の上に寝転がった。

 日ごろから生意気な態度をとる後輩に、手加減をしてあげるやさしい先輩はいない。タイムを計っていた顧問が二人に骨折や流血がないことを確認すると、

「動きが甘い先輩にのされちゃだめじゃないか」と爆笑していた。



 そんな愉快な環境の中で厳しい練習が続いていった。

 二学期も終わりに近くなると、一年生もある程度上級生と打ち合えるようになってくる。

 もともと気持ちが強く勝気な稲木は、スパーリングになるとすぐに熱くなってしまうタイプだった。上級生が、ある程度加減をしながら攻撃していても、一ついい打撃をもらうとスイッチが入り、目が血走り暴走列車のように力いっぱい暴れまわる癖があった。渡は体格的に少し小柄なこともあり、稲木とのスパーを露骨に嫌がるようになっていた。


 稲木は稲木で力加減するように周りから何度も注意されているのであるが、一向にその癖は直らなかった。軽めのスパーと言っているにもかかわらず、稲木がむきになって打ち込み、渡や真野を追い詰める場面も増えてきた。仲西と那珂島は、そこまで追い込まれることはなかったが、稲木もディフェンス力を上げており、二人が一方的に稲木を追い込むことも難しくなっていた。


 そんなある時、稲木が「俺は打撃を極めてきた」的な発言をしている、と仲西は村川から聞いた。ちょっとお灸を据えなければな、と思いながらも、実際に稲木自身かなり実力を伸ばしてきており、仲西や那珂島でも容易に稲木をKOするのは難しくなっていた。


 そして仲西は、それとなく顧問に稲木の発言を伝えた。

 そして次の週のスパーリング、顧問の前で悶絶して床にへばりつく稲木の姿があった。顧問は普段から仲西や那珂島たちとも多少はスパーリングしある程度打ち合ってくれていた。そのため自分たちも顧問に追いついてきているのではないか、というちょっとした自負があったが、それは自分たちの完全な勘違いであった。

 その後稲木は、自分がスパーリングで熱くなりそうになると目の端で顧問を確認し、

「落ち着けー落ち着けー」と呪詛のように独り言を唱え、気持ちを抑えようと頑張っていた。そんな稲木を顧問は笑いながら見ていたが他の部員は完全に引いていた。



 仲西たちにとって、クソつまらない学校生活の中で、空手部は唯一の楽しみであった。

しかし仲西たちが三年になる前の春休み、顧問の異動が決まってしまう。同時に、技術的に教えられる人材がいないため廃部となることが伝えられた。その時点で、中一のころから鍛え上げられた仲西たちは、すでに普通の大人の男性でも余裕で圧倒できる力を身につけていた。


 ランバトを彼らに紹介したのは他ならぬ空手部の顧問であった。

 彼らにランバトの話をかいつまんで説明し、参加する意思があることがわかると、リーグ加入のための手配をしてくれたのだ。

 そして四月になり、顧問は学校からいなくなった。



 仲西たちのチームの原点はそこにあった。

 自分たちが受け継いだ聖域に見知らぬメンバーをおいそれと加入させたくない根本的な理由が実のところそこにあるのだ。

 だがしかし、今やチーム存続の危機である。打開策を探しながらもメンバー同士の意見がすれ違い、無駄に時間が過ぎてしまっていた。

 特に妙案も思い浮かばず、二人はいつものようにもうしばらく様子をみながら編成を考えていこうと話をまとめると話題を変えた。


「免許どうよ?」那珂島が聞く。

「ちょっとは慣れてきたけどまだまだだな。やっぱ前から練習しとけば良かった」

「だから言ったろ」那珂島は笑った。

「まあいいよ。とっとと取ってお前との二ケツともおさらばだ」

「実技より学科のほうが心配だろ」

「それは言える」仲西は笑い、

「そういえば、教習所で、伊吹といつもいる女見たぞ」

「誰、そいつ?」那珂島が興味深そうな顔をした。

「ノゾミネって奴。こないだ転校してきたばっかみたいだけど。めちゃくちゃかわいいから、わざわざ教室に見に行く奴もけっこういるらしい」

「アホか」

「俺じゃねえよ」仲西は笑った。

「わかってるよ。そいつもランバトやってんの?」

「知らねえ。ただ、やけに伊吹とつるんでるみたいなんだよな」

「昔からのダチとか」

「どうなんだろな。なんか海外から来たっていう噂だから違うんじゃないの」仲西も考えながら言った。

「海外ねえ。で、なんで教習所にいたんだ」

「バイクの講習受けてた」

「マジか、そんなごつい女?」那珂島は驚く。

「ごつくねえよ。めちゃくちゃ細いしマジでかわいい」

「運転できんの?」

「すげえうまい。俺より全然。なんか慣れた感じで乗ってた」

「彼女さしおいて手ぇ出そうとか考えてんじゃないだろうな?」

「伊吹とつるんでんだぜ。やばくて何も出来ねえよ」仲西は真顔になる。

「なんだそれ」那珂島は呆れて笑った。その時、不意に仲西のガジェットが震えた

た。


「おっ。真美ちゃん今日遊べるって。俺ちょっとこれから行ってくるわ」仲西は荷物をまとめ、うれしそうにそそくさと席を立つ。

「女もいいけどチームのことも考えてくれよ」那珂島が困った顔をした。

「わかってるよ。最近無駄に長引いてる補習とチームのことで心が削られてるから、セルフケアが必要なんだよ」

「お前の場合セフレケアだろ」

「うまいこと言ってんじゃねえ」と仲西は笑って那珂島の肩を軽く拳で叩くと、お先、と言い早足で去っていった。

 那珂島は仲西の姿が見えなくなると、ぬるくなったアイスコーヒーを一口飲み、一人考えを巡らせた。








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