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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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16 A day, A thousand falls ― 忍 ―


 凜が海外から日本に戻って約二か月が過ぎ、最近多少は日本での生活に慣れてきた。

 凜の住んでいる住居は千駄ヶ谷という場所にある。密集して建てられた一角にあるマンションの一室で、母親が離婚する際に父親から譲られたものだ。


 以前は母親自身が使っていたが今は現在付き合っている男性の家に住んでおり、千駄ヶ谷にあるそのマンションはセカンドハウスとして使われていた。

 数か月前に凜の帰国が決まり、その後の動きを決めていく中で凜が母親との同居を却下すると、ひとまずそこに一人で住んでみたらどうかという流れになったのだ。


 凜が帰国を決めたのは突発的なものであった。

 とある事実を知り、すぐにでも帰ると言って聞かない凜は周囲に必死になだめられる中、日本での引き受け先に困った父親から、会社の秘書経由で別れた母親に連絡がいき住居の手配をしてもらったのだ。


 だいぶ前の話であるが、両親が離婚すると決めた時どちらと一緒にいたいか聞かれ、父親を選んだのは凜自身であった。その時の母親の泣きそうな顔は、今でも忘れられない。

 そんな凜が日本に戻ることを知った母親は素直に喜んだ。連絡を受けた母親から一緒に暮らさないかと提案されたが、凜は即座に断った。


 凜が母親に今付き合っている人がいるか聞くと、案の定いるらしい。父と離婚して数年経つが、母親はまだまだ人生を十分やりなおせる年齢だ。自分が余計なお荷物になることは予想できる。凜も何もわからない年ではない。そこは母親と娘という関係は抜きにして、一人の女性として幸せになってもらいたかった。


 日本に戻ってくる前、凜は父親と一切口を利かなかった。向こうにいる間も全く会話は無くなっていたし、おそらくこの先会うこともない。母親も父親と電話で話すことは、もしかしたらあるかもしれないが直接会うことは二度とないだろう。

 なによりもそんなことは凜にとってもうどうでもいい事である。



 夏休みが始まると、凜はすぐに教習所に通い始めた。

 いくつか教習所の候補を調べてみたところ、場所によって金額や期間が結構違っていたりした。凜はその中から比較的早くスケジュールが取れそうなところを選んだ。そこであれば、通学経路の途中の駅なので都合も良さそうだからだ。


 バイクの免許をとることを一応母親には伝えたが、やはりあまりいい反応はもらえなかった。母親としては心配であるのか、免許なんていらないんじゃないの、とも言われた。とはいえ、凜は自分で言いだしたら他の人の意見はほぼ聞かないという性格を母親は十分すぎるほど知っている。それ以上反対することも無く、気をつけてね、と言っただけで、免許の費用を出してくれた。


 凜は教習の受付などを一学期中に済ませ、夏休みの講習の大まかなスケジューリングを組んでいた。講習をスムーズにパスできれば八月中には余裕で免許を取れる予定である。


 初日、何人かの教習者と一緒に指定されたバイクを使って基本的な操作を教えてもらう。凜は海外でバイクで遊んでいたこともあるので、あっさりとそれをこなしていたら、教官が意外そうな顔をして、たいしたもんだ、と褒めてくれた。


 教習所の教官は、偉そうな人が多いと聞いていたので、凜はやさしい教官で良かったなと思った。しかし、二回目の講習の時である。待合室で座っていたら突然、

「もの借りる時は一言いうもんだろが!」と教官の怒声が響いた。凜が思わず顔を上げ、その声の方向を見ると、以前凜を褒めてくれた教官が金髪の男に怒鳴っていた。

「すみません」と金髪は憮然とした表情で謝っていた。


 そこの教習所では、ヘルメットの貸し出しがあり、それは教官室と待合室を兼ねた部屋のロッカーに置かれていた。教官がいない時には、教習生カードで認証し、ロックを外して持って行っていいのであるが、そうでない時には、みんな一言声をかけていた。

 金髪としては悪気は無かったものの一言声をかけるべきだったのかもしれないが、人がいる前で怒鳴られるのは、気分がいいものではない。おそらく今日が初めての教習で、その辺のルールが分かっていなのかもしれない。

 凜はすでに自分のヘルメットを購入していたので、勝手に教習所のヘルメットを借りて怒られることはなかった。もし持っていなかったら、自分も黙って借りて怒られていただろう、と変なことを考えていると、金髪は硬い表情のまま部屋を出ていった。


 次の教習でも、待合室で金髪を見かけた。彼も凜と同じく、なるべく早く免許を取りたいのだろうか。金髪は部屋に入るなり、

「ヘルメットお借りします!」と大きい声で教官に言った。教官は、おっ、という表情になり、わかったという合図なのか、金髪に向かって右手を上げていた。



 その日の教習は、簡単なコースを走るものであった。

 凜と金髪ともう一人の教習生が教官のバイクの後ろをついていく。凜は金髪の後ろを走った。金髪の走り方はまだおぼつかない。

 地に足がついていないような感じで、完全にバイクに乗られていた。何度目かのコーナーで転倒する。二週目も、別の場所で転倒した。講習が始まって五分ぐらいで三回コケると見かねた教官が、金髪を別のところに連れていった。


 凜ともう一人の生徒は、普通にコース練習を続けた。凜がスイスイとコースを走っていると、教習所の端で、八の字コースでスラロームの練習する金髪の姿があった。

 それは狭いスペースに八の字の形に作られた短いコースを延々と走っていくだけの、地味な練習であった。講習も終わりの時間になり、凜がバイクを所定の元に戻しに行くと、金髪はまだグルグルとスラローム練習をしていた。


 少し様子を見ていると、バイクを止めて何か拾った。下敷きか何かを、膝とタンクの間に挟んで走る練習をしているようである。

 膝でタンクを挟むようにするとバイクと一体感が増し、運転しやすくなるのだ。それができていないと、バイクと人の重心がずれ、思うように操縦ができない。最初に比べその動きは見違えるようになっていた。

 その後も金髪は無限の弧を描きながらバイクと一体になって楽しそうにくるくると同じ場所を回っていた。



 講習も中盤に差し掛かり、凜は坂道発進や一本道なども含めたコース練習を繰り返していたそんなある時、何もない直線を走っていると、一時停止で止まり切れなかったバイクが凜の目の前に飛び出てきた。

 凜はとっさにハンドルを切り衝突を免れたが、後輪がスリップし転倒してしまう。


 すぐに立ち上がりバイクを起こそうとしたが、少しひじに痛みが走りうまくバイクを起こせない。転ぶときにうまく受け身をとったつもりであったがうまく衝撃をずらせなかったようだ。

 その時、近くを走っていたバイクが停まり凜のバイクを起こすと、大丈夫?と声をかけてきた。その男はヘルメットを被っていたが、体格と声で金髪であることがわかった。


 凜は、「大丈夫です」と言いバイクを起こしてくれたお礼を言うと、金髪は「あれは無いわ」と言って一時停止ができずに突っ込んできたバイクのほうを見た。凜にぶつかりそうになった生徒はコースの端に呼ばれ教官に怒鳴られていた。

 凜はひじの痛みが引くまでしばらくコース横のベンチで休んだ。金髪の走りを見ると、うまく腰を使ってコーナリングしている。もともと運動神経がいいのだろう、アクセルのオンオフも見違えるほど上手にできていた。



 その日の帰り凜が建物の敷地を出ると、教習所の入り口に金髪が立っていた。

 凜に向かって、「おつかれさま」と声をかけてくる。変に愛想を良くしてこの先も話しかけられるのも面倒くさいので、「あ、どうも」と凜は言い素っ気なく立ち去ろうとすると、「いつも伊吹ちゃんと一緒にいる子だよね」と聞かれた。


 伊吹は蓮の苗字である。もしかしたら、蓮の知り合いかなとも思ったが、蓮が学校で親しく話をする人間は自分以外誰もいないはずなので、かなり不審に思った。金髪は凜のその雰囲気を感じ取ったのか、

「いや、俺、伊吹ちゃんの友達ってわけじゃないんだけど、ちょっと前に話したことがあってさ」と言い訳するように言った。

「そうですか」と凜は興味なさそうに返す。


 嘘か本当かわからないが、蓮と話したことがあるのならそれはそれで珍しいことである。ふと先ほどバイクを起こしてもらうのを手伝ってもらったことを思い出した。

「さっきはありがとう」

「え、なにが?」金髪はきょとんとする。

「バイク起こすの手伝ってくれて」

「あーあれね、ちょうど近くにいたからさ。ケガ大丈夫?」

「軽くひじ打っただけだから。そんなスピードもでてなかったし」

「それはよかった」と言ったそのとき、目の前の大通りの脇にバイクが止まった。


 フルフェイスのメットで顔は見えなかったが、運転しているのは結構いい体格をした男である。半袖から鍛えられた腕が伸びているのが見えた。

「それじゃ」と金髪は手に持っていたカップラーメンの容器のようなヘルメットをかぶり、そのバイクの後ろに乗った。フルフェイスの男は周りを確認すると、凜のほうを見ることもなく走り去っていった。




 凜は帰りの電車の中でガジェットを取り出し、教習所で変な金髪に会い、その男が蓮と話したことがあると言っていたと報告した。家に帰り、ガジェットを見ながらごろごろしていると蓮からメッセージが届いた。どうやら蓮と金髪は本当に話したことがあるらしい。蓮が金髪から何かお願い事をされたみたいだ。

〈蓮にお願い事ねぇ〉凜は金髪の軽い感じと蓮がどうも結びつかなかった。

〈ま、今度詳しく聞いてみればいいか〉

 と思いながら凜は先ほどまでガジェットで開いて見ていた事件の記事に目を戻す。


〈昨夜未明、東京都新宿区四ツ谷のビルで、発砲音のようなものが複数回聞こえたという通報をうけ、警視庁四谷警察署の職員が現場に駆け付けたところ、ビルの一室で五人の男が意識を失って倒れているのを発見しました。

 現場を調べた結果、事務所の壁に、複数の銃弾の跡が発見されました。しかし、現場からは一切の銃火器は発見されておらず、意識を失った状態で見つかった男たちにも銃で撃たれた形跡はなく、何者かと争い、全身を激しく殴打されていた形跡があることが、現在までの調べでわかっています。

 また、事件発生現場にあったテーブルの上には、現金と金塊が置いてあるのが発見されました。総額は一億近くとみられ、今回の事件は、グループ内での金銭トラブルが原因とみて、現場に倒れていた男性に詳しい事情を確認しています。

 多額の現金が現場に残されたまま事務所が襲撃されるという同様の事件は、今年の五月とにも発生しており、その事件との関連性も含め、警視庁は現在調べを進めています〉


 凜はガジェットを置き、寝たまま大きく背伸びをした。

 ひとまず夏休みは免許の講習で時間を潰せそうだ。

〈あと四ヵ月〉

 凜は自分にそう言い聞かせるとごろごろし始めた。








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