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RR ー Double R ー  作者: 文月理世
RR ー Double R ー EN
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12 Ring ― 凜 ―


 蓮が仲西と那珂島の相談を受けてからしばらく時間が過ぎた。

 学校には毎日行ってはいるが、学年には千人を超える生徒がおりクラス数も多い中、蓮が偶然二人に会うこともなかった。

 二人の名前は聞いたもののどのクラスかも聞いていなかったし、どのみちチーム加入を断ろうと思っていたので、どうも自分から進んで二人を探す気にはなれなかった。


 そんな中、季節は日を追うごとにその暑さを増していく。


 蓮にちょっとした変化が二つ起きた。

 一つは買いたいものができたことだ。先日、仲西と那珂島の二人がバイクで足り去ったあと、蓮の中に〈自分もあれがほしい〉という気持ちが芽生えてしまったのだ。


 バイク本体を買うにしてもお金はかかるがまずは免許である。

 調べたら自動二輪の普通免許を取るには十万円以上かかるようだ。そこで夏休みに頑張ってバイトをたくさんすれば、免許の費用は稼げるだろうと考えた。二学期も目いっぱいバイトを入れていけば、年内には自分のバイクが持てるかもしれなかった。


 もう一つの変化は学校生活の変化である。

 その原因は七月一日付けで転入してきた、希峯凜という女子生徒であった。


 凜が初めて登校した日の朝学活、教室の中は異様な空気が流れていた。クラスにいるほぼ全員の男子の目にねっとりとぎらつきをまとった熱が発生していた。

 理由は単純である。希峯凜の外見はずば抜けており、遠目であっても一瞬で人目を引くような美少女であった。


 体の線は細くスカートから伸びる細い足が、俊敏な草食動物を連想させた。身体は華奢に見えるが、程よく膨らんだ形のいい胸がそこの部分だけ妙な色気を感じさせた。

 その小さな色白の顔とは不釣り合いな大きい目が、長いまつげ越しにキラキラ輝き、好奇心を隠すことなく、クラス全体を眺めていた。

 形の良い鼻の下には、艶やかなピンクの唇が小さく重なり、かすかに微笑んでいるように見える。漆黒の細い髪はまっすぐ肩の下まで伸び、艶やかにキューティクルを輝いていた。


 その佇まいはファンタジーに登場する美しい妖精を連想させた。凜の姿に見とれ微動だにしないミーアキャットのような男子の集団を横目で見て、人間というものはこんな単純に人の心を支配できるのか、と蓮はぼんやりと思った。


 すでに結構な数の男子が初日の凜の自己紹介で彼女に首輪で繋がれてしまったようであった。それとは対照的に希峯凜を刺す女子の冷ややかな視線が赤外線センサーの如くひっそりと飛び交っていた。

〈この女に関わったら危ない〉蓮の直感が囁いた。同時に、

〈ま、自分には関係ないか〉とも思った。


 というのも一学期も終わる七月に入ったにもかかわらず蓮には依然としてまともに話しをする相手が誰もいないのだ。本人に友達を作ろうという意思がないのだから、それは当然の結果であるし、蓮は蓮でその状況がとても気楽であった。仮にクラスの男女が転入生のことで何か揉めたとしても、自分が関わることは絶対にないという確信があった。



 その後のクラスの展開は半ば蓮の予感通りとなっていった。

 希峯凜の存在に苛立ちを見せたのは、スクールカースト的にクラスや学年で目立っている派手な女子である。

 休み時間になると、他のクラスの男子がわざわざ希峯凜を見に来ることもあった。その都度、周囲にいる女子のピリついた雰囲気が発生するのを、恋愛事情に全く鈍感な蓮でも感じるほどであった。

 そして凜は転校して三日も経たず、軽い嫌がらせのようなものを受けるようになる。そしてその凜への嫌がらせを先導した生徒は例の如く岡田香織であった。



 その岡田であるが、体育祭の一件以来蓮を避けものすごく関わらないようにしていた。

 あの時蓮に倒されたのは仲間の男子であったが、そもそも自分たちが一方的にけしかけたことが原因であることは自分でもわかっている。

 あの件を教員にチクることも考えたが、蓮にはこちらが先に手を出したという証拠を握られている。ここで余計な騒ぎを起こして、また保護者の呼び出しでもされて自分の立場が四月の頃に逆戻りになることを恐れた。


 それに加えて三人の男子を秒殺し澄ました顔で証拠を収めたガジェットを見せ、颯爽と立ち去る蓮の忌々しい後ろ姿が、今でも岡田の目の裏に焼き付いていた。

 蓮が何か格闘技をやっていることは素人の岡田にもはっきりわかる。あの恐ろしい動きを思い出すと、次は自分がやられるんじゃないかという恐怖に駆られた。

 普通の女同士の喧嘩なら多少はやりあえるかもしれなかったが、蓮の暴力はそんな範疇を明らかに超えているのは明らかだ。不用意に蓮にけしかけて、自分にその力が向けられれば、軽いけがで済まないことは、倒された男の状況を目の当たりにすればアホでも理解できる。


 結果、岡田は蓮を視界に入れず、そして自分も入らないようにするという選択肢を選んでいた。

 とはいえ何か自分が蓮に負けたような気がして悶々とする日々を送っていたのだが、その精神を落ち着かせる大きな拠り所があった。学級委員の大里であった。


 大里は、岡田が四月の始業式から目をつけている男子だ。

 岡田は四月の生沼の件でどん底まで下がった自分の評価を地道に回復しながら、必死にクラスでの立ち位置を戻してきた。そんな中、先日の体育祭では後片付けの時に大里と一緒に作業をして一気にその距離を縮めることに成功していた。


 大里とは最初は挨拶をする程度の仲であったが、体育祭の後は雑談ができる距離に縮まった。次第にふざけた話もできるようになると、大里の岡田を見る目が好意の熱を帯びるようになってきていた。

 岡田自身、自分は見た目がいい部類に入ることはわかっている。その内面のどす黒さとは正反対に、メイクと制服の着こなしと動きで、男子に対して清純派のイメージを植え付けていた。自分に言い寄られて嫌がる男子は、この年代ではほぼいないという妙な自信もあった。


 時折ボディタッチを絡ませながら、岡田は大里が自分の体に意識が向くように段階を踏んでいく。

 大里の岡田を見る視線が、次第に熱を帯びてくると、岡田は心の中でほくそ笑んだ。岡田の調べでは、今の時点で大里に彼女はいないことは確認済みだ。

 一学期中に距離をさらに縮めれば、うまくいけば遅くとも夏休み中には落とせるはずである。そうなれば後はこちらのものだ。


 男を言いなりに育てるには、一応岡田なりのテクニックがあった。

 今までつきあってきた前カレたちは岡田が一度やらせてあげると、まるで魔法にかかったかのように従順になり、いろんなわがままを聞くようになった。

 しかし岡田は、一度セックスをした後、よほどのことが無い限り滅多に体を許さなかった。そうすると男はセックスという餌につられ、ほいほいとわがままを聞いてくれるのだ。


 友人に聞くとそうでもない男子もいるようであるが、岡田に限っては、もれなく全員を手なずけることに成功していた。今までの彼氏は、岡田が望めば犯罪まがいのことまで実にアホなぐらい尽くしてくれた。岡田にとって好きな男子を自分の思うままに操ることが、自分の価値を確かめる最高の手段であり快楽であった。


 大里と過ごす夏休みのいろんな意味で熱い夜を考え妄想を巡らせる日が続く中、岡田のその状況を見事にぶち壊す生徒が現れた。

 希峯凜である。

 大里は凜の転校初日からその虜になったミーアキャットの一人であった。

 彼は学級委員と言う立場を利用して、授業やクラス、学校の決まりなど、事あるごとに凜に話しかけていた。そんな状況をあの岡田が黙って見過ごすわけもなかった。


 大里が凜に話しかけている最中に割り込んだり、凜の姿が見えると大里をそこから遠ざけようとしたりと、涙ぐましい努力を繰り返した。

 しかし、すでに大里の岡田を見るその目からは、少し前までの恋の予感を感じさせる熱っぽさが完全に失われていた。そしてある時、凜に話しかけようとする大里を岡田が無理やり呼び止め話をしようとすると、すでに大里のその視線は、凜と自分との関係を邪魔する迷惑なモブキャラに向けられる目となっていた。

 岡田のターゲットが、希峯凜になった瞬間である。


 凜への嫌がらせは、岡田一人だけからのものではなかった。

 岡田は凜のことを快く思っていない他の女子と結託し、無視はもちろんものを隠したりプリントをやぶいたりグループ活動の輪には入れなかったり授業の変更などがあっても知らせなかったりと、思いつく限りのくだらない幼稚な嫌がらせを繰り返した。


 その女子たちの凜への行動に対して無駄に正義感を表し鼻息を荒くした男子もいたが、もれなく次の日には〈我、関せず〉の状態となった。

 凜に対する嫌がらせをかばったある男子は、その日の内にあらぬ噂を立てられ、クラスにいる大多数の女子から無視され、ついでに他の生徒からも避けられるようになってしまっていた。


 下手に凜に関わると次は自分がターゲットになり、学校生活が脅かされるということを理解するには十分であった。女子というのは、普段は仲がいいふりをして、裏ではバチバチいがみ合っているという節があるが、何か一つ共通の敵を見つけた時の協力体制は恐るべきものがあった。

 そんな女子の強力な負の団結力の前に、全ての男子は成す術なく撃墜されていた。


 そしてそれよりも最悪なのは教員であった。彼らは凜への嫌がらせに全く気づかないふりをし、全てただの軽いからかいで済ませた。何人かの教員は逆に凜へのからかいを煽る始末である。真のクサレとはそうゆう人間のためにある言葉であろう。



 しかし驚くべきは希峯凜の反応であった。

 大勢の前であからさまな嫌がらせを受けても見事にするりとはぐらかし、明らかに理不尽でおかしいことは、正論を展開し逆に相手側を追い込んでいった。

 何をされても彼女はまったくブレることはなかった。そんなことを繰り返しながら、すぐに凜もクラスの中で浮くようになっていく。

 そんな凜が、全く学校になじもうとしない蓮と一緒になることは当然の流れであったのかもしれない。


 しかしそんな流れを踏まなくとも、希峯凜は転入初日から蓮に執拗につきまとっていた。

 蓮は極力、凜と接触を持たないように努力していた。

 しかし凜は天然なのか、自分が避けられていることを全く意に介さず何かにつけて蓮にからんきた。凜の席が蓮の真後ろであったのもそれに拍車をかけていたのかもしれない。


 凜に悪気があって自分に接近しているわけでもなさそうな気がして、少しすると蓮も少しは反応するようになった。凜のしつこさに半ば諦めたと言ってもいいだろう。このクラスで、いや、この学校で蓮にそんな風に接することができたのは、まさに彼女が初めての人間であった。



 中学校の頃も結構な問題を起こして学校ではかなり疎まれていた。しかし陰で何を言われようが、蓮は淡々と中学校に通い続けた。

 そこには、他人の目を気にする余地はほとんど存在しない決まった動作を繰り返す機械的な何かであった。学校に通っていたのは厳しい家庭事情の中から面倒をみてくれている祖母への、自分なりの精一杯の恩返しであった。

 そしてその想いは、今でも変わっていない。

 そんな考えの蓮であったが、一生懸命話しかけてくる凜に対してそっけない態度をとり続けるのも何だか自分らしくない気がして自然と一緒にいる時間が多くなっていった。


 蓮は入学当初からほとんどの行事やイベントをさぼりまくり、話しかけるものがいれば、声をかけてもそっけない態度しかとらず社交性の欠片もない。

 今や彼女は透明な地雷のような存在として扱われていた。

 クラスの立ち位置として、絶対領域を展開しているそんな蓮は、ある意味安全地帯である。

 そして何よりも嫌がらせを扇動する岡田の超天敵であった。


 凜としては、別に蓮にかばってもらうために話しかけているのではなかったが、次第に凜にあからさまな嫌がらせをする生徒はいなくなっていった。



 岡田は、蓮とつるむ凜を見て忌々しく思った。

 もし、蓮が凜と結託しその矛先が自分に向けられれば岡田にはどうにもできないだろう。

 少なくとも体育祭の時にボコられた男子のようにはなりたくない。変に殴られて顔に傷でもつけられたら、自分の一生がおかしくなる。


 岡田は凜を激しく憎悪しながらも、蓮という危険な障壁の前にひとまず手を引く以外手段が無いことを覚った。しかし自分の恋を台無しにされた逆恨みの憎悪は消えることなく心の中でその粘着質な業火が消えることはなかった。

〈このままじゃ済まさない〉

 岡田は人に嫌がらせをすることに関してだけは無駄に高いその思考力と発想力を働かせ、次の手を考えた。




「蓮、次音楽だよ、早く行こう」

 希峯凜の透明感のある美しい声が教室に響く。

 肩より少し長めの、クセのない艶やかな黒髪を揺らしながら、机で寝ている蓮に話しかける。

 そんな時は決まって複数の男子生徒の視線が遠慮がちに二人に集まりクラスの騒がしさがワントーン下がった。


 蓮にとって凜に話しかけられることは苦痛ではなくなっていた。

ただ、少しやっかいなのはこの希峯凜という生徒は周囲の空気を気にせず、何かと蓮を巻き込んで引っ張りまわそうとすることであった。


 特に鬱陶しいのが、英語の授業である。

 凜は親の都合か何かで海外から日本に戻ってきたらしい。それまでは、中東だか東欧だかなんだかのひどく長いカタカナの名前の学校に通っていたとのことで、無駄に英語ができた。

 そこが蓮の気に入らないところでもある。英語のペアワークの時間など、それまでの生徒は、蓮を相手に何もすることはせず、ただただ時間が過ぎるのをじっと待ってくれていた。しかし凜は、これみよがしに流暢な英語で話かけ、英語ができない蓮を明らかに煽ってくるような仕草をしてくるのだ。


 蓮は、何度か凜に文句を言おうとしたが、考え直してやめた。

 凜がクラスで浮いているとは言っても、それは表面上でしかなく、何かしらのきっかけをつかんで凜にお近づきになりたいという男子はかなり多い。

 変に凜との関係を悪くして、そういった気持ち悪い連中に凜に接近するきっかけをつくってやるのも何だか不愉快であった。



 凜が何を考えて自分と一緒にいるのか蓮にはさっぱりわからない。

しかし、凜が時折見せる世の中をハスに構えて見るふざけた態度は妙に蓮を安心させた。

 クラスの他の生徒とは、ほぼ関わろうとしないそんな二人を見て、変な関係ではないのかと下種な勘繰りを入れてくる人間もいたが当の本人たちは全く意に介することはなかった。


 そんな中、蓮にとっては一学期最大の試練である期末考査が迫ってきていた。








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