10 Rank Battle ― 涙 ―
ランク・バトル、通称〈ランバト〉。
その実態は、打撃に特化した徒手格闘の強さを競うリーグ制のトーナメントであった。現在リーグは四つあり、強さによって、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの順に上がっていく。
各リーグは四チームで構成される。リーグには入れ替え戦があり、成績により各リーグの上位二チーム・下位の二チームで昇降戦を行う。新規加入を希望するチームは、ブロンズの下位二チームとバトルし、勝利すればリーグに参加する権利を得られる。リーグ参加確定戦、通称利確戦である。
利確戦の参加権利は期日までに申し込みを行い、運営で協議され決定される。新規加入希望チームがない場合、ブロンズ下位二チームに利確戦のバトルは無い。同様に、プラチナ上位二チームにシーズン終了後のバトルは無い。
ワンシーズンは、基本六か月間。約二ヵ月に一回、指定されたチーム同士のバトルが行われる。
一回のバトルは各チーム代表三名を選び、一対一で三試合戦う。勝ち抜きではなく三人の総当たり戦。対戦メンバーの順番であるバトルオーダーは、バトルの直前にジャッジに提出する。
提出後にはオーダーの変更は認められない。
バトルの一試合の制限時間は三百秒。ノックアウト、タップ、タオル投入、レフェリーストップ、判定で決着がつかない場合、ドローとなる。引き分け、KO、TKO、判定勝ちの内容の順にポイントが加算される。引き分けの場合でもジャッジの採点によりポイントがつけられる。
三つの対戦の結果、勝利数が多いほうが勝ちになる。引き分けもあるが、その場合でも各バトルのポイント数で差が生まれる。それでもポイントが同数の場合は、試合にかかった時間を基準に順位に差をつける。
バトル各対戦ごとにバトルメンバーを変えてよい。一シーズンを通してリーグに所属する全てのチームで総当たり戦を行う。
個別の対戦やチームの勝利数などにより獲得したポイントが多いチームの順位が上がり、シーズンの最終成績になる。ポイントが同じ場合、前回までの成績が加味され、順位が確定する。
攻撃は基本打撃のみ。
掴み、投げ、頭突き、金的、噛みつき、目つぶしは認められていない。ただし運営の許可のもと、特殊ルールのバトルが適用されることがある。
バトルにおいては、相手を倒すことを目的とするが、倒れた相手に対して不必要な攻撃を与えてはいけない。先述の反則行為に合わせ、相手を制した後の追撃などを故意に行った場合、運営により多くの意味で粛清される。
このバトルの目的は、強さを競い合い、お互いの技術を高め合うこと。
ここまでは今井の知る情報であり、細則を上げたら切りがないためひとまず割愛する。ちなみにランクバトルの真の目的は運営の中でも一部の者しか知らない極秘事項である。それについても、ここでは触れない。
ランクバトルについては今井自身も地元の先輩から教えられたことであった。
運営の実態はよくわからないが、かなりしっかりした組織の元でまとめられており、いい加減な気持ちで参加すると、ひどく痛い目に合うということを念押しされたという。そして今井は運営の規定を守らないチームやメンバーが、知らぬ間に消えていった事例を実際に知っていた。
先ほど蓮が公園で見たのはチームの実戦練習だった。
今井は現在のチームでは古参であり初期のころからのメンバーらしい。チームに加入した当初はシルバーリーグに留まるのに苦労したそうだ。
今ではチームメンバーも成長し層も厚くなりゴールドリーグに在籍しているらしく、目下プラチナ昇格を目標にしているそうだ。
話が一通り終わるころには、蓮の目つきが変わっていた。
「蓮ちゃんもやってみる?」今井はそんな蓮の様子をみて単刀直入に聞いた。
「私でもできるんですか」蓮の声はかすかに震えていた。
蓮は今井と連絡先を交換し近いうちに会う約束をした。
蓮は遅いから家まで送ろうかと今井に聞かれたが、ロードワークの途中なので、と言い走って帰っていった。
「いいなあ」越山が、遠ざかる蓮の美しい後姿を見ながらつぶやく。
「まあ、あの子を見てそう思わないやつは、あんまいないだろうな」越山の様子を見て今井は苦笑いした。
「本当にチーム入るんすか?」越山が聞く。
「まあな。本人はやる気みたいだし。チームのみんなには俺が紹介する」
「先輩の紹介なら文句言う人誰もいないと思いますけど。練習で怪我とかしてほしくないっすね」心配そうにつぶやく越山のその目は完全に恋をしていた。
「ランバトの練習に怪我はつきもんだろ」今井は笑い、
「まあ、やりすぎないようにも言っとかないとな」とつけ加えた。
「やりすぎってなんすか?」越山が不思議そうに聞く。
「怪我させないように気をつけるってことだよ」
「女の子相手に潰しにかかる人なんて、うちのチームにはいないんじゃないすか」越山は当然のように言う。
「逆だよ」今井はかぶりをふった。
越山がさらに理解できないといった顔になる。
「俺が道場の組手で蓮ちゃんに勝ったことはない」今井はさらりと言った。越山は思わず今井に顔を向ける。
「いつも吹っ飛ばされて見上げる蓮ちゃんは、かわいかったな」懐かしそうな目で蓮の去っていった方向を見た。
「でもすげえ泣き虫なんだけど」今井はいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
蓮のチームに加入に反対する者はいなかった。
しかし他のメンバーが気になるのは蓮のその実力である。ランバトのチームで女性のメンバーがいないわけではないが、その数は圧倒的に男よりも少ない。そしてランバト本戦に出場する女性メンバーはさらに少ない。
今井は蓮の実力を他のメンバーに一通り話をするが、いかに古参である今井の紹介とはいえその説明だけで蓮の実力を認める者はいなかった。
手っ取り早くどの程度の戦闘力かを見てもらうには、全メンバーが手合わせをすればいいのだが、それでは蓮も大変だろうということで、今井の提案で三人のメンバーとスパーリングする流れとなった。
様々な角度から蓮のスキルを見るため、手合わせをするメンバーも考えられ、スピートタイプ、パワータイプ、テクニックタイプの三人のメンバーが選ばれた。
チームの合同練習に蓮が初めて参加したその日、妙な緊張感がその場を支配する中、アップを済ませると早速スパーリングが行われた。
まずは、蓮が苦手であろうと思われる、パワータイプの相手とのスパーリングである。
相手は岩船。身長は百八十センチちょい、体重は九十キロ超の筋肉質。パワータイプといっても、スピードがそれなりにあった。要は、相手にするとかなりやっかいなタイプである。あえて最初にこのメンバーを当ててくるところに、チームの真剣さがうかがえた。
スパーリング開始直後、岩船は蓮に突進し、重い連打を浴びせる。
その内容は実際の試合のような、手加減のないものであった。しかし、蓮はその相手を一蹴した。岩船は、中間距離で一方的な攻撃を仕掛けていたが、蓮の反撃が全く無いため接近戦で圧をかけようと不用意に距離を詰めた瞬間、蓮の肘がその顎をかすめた。
岩船はふらふらと、誰もいない空間を泳ぐように膝から崩れた。場が一瞬どよめく。岩船は軽い脳震盪を起こしておりその場でスパーは止められた。
二番手にはテクニックタイプの佐野。身長は岩船より低く、体格も一回り細いが、技の正確さや多彩さが他のメンバーよりもワンランク上である。連はその相手に真っ向から打ち合い、技術をつぶした上でこれも肘で切って落とした。
最早どよめきは起こらなかった。
最後の相手である小山はスピードはあるが、トータルの力は明らかに先に出た二人よりも落ちる。本来であれば、二番手で出るはずであったが、蓮のスピードが予想のはるか上であったため、急遽後回しになっていた。
〈勝てる相手じゃねえな〉
小山はスピードだけには自信があったが、そこに立っている少女は、目の前で自分以上のスピードを見せつけその自信をあっさりと砕いてくれた。
「じゃ、次は俺のー」と出かけたとき、小山の肩を誰かが止めた。
振り返ると今井であった。
「予定じゃなかったけど、俺でいいかな」今井は申し訳なさそうに蓮に尋ねる。蓮は少しびっくりした様子であったが、
「私は大丈夫ですけど、」と若干戸惑いながら言った。
そんな蓮を横目に、「真剣にやらせてもらうよ」と、今井はオープンフィンガーグローブをつけながら真顔で言った。
蓮と今井のスパーリングが静かに始まった。
牽制のジャブのやりとりから始まり、細かいステップを使った中距離での攻防が続く中、突如として今井がギアをあげた。
見ているメンバーがドン引きするレベルの、容赦ない打撃を蓮に浴びせていく。
その猛攻に蓮は防戦一方で反撃ができない。今井の打撃が時折蓮を捕らえる。しかし、蓮は急所を狙った打撃を全てカットしていた。
時間にして十数秒、今井の打撃の嵐は続いくが、突然今井は攻撃をやめ、大きくステップバックし距離をとった。
蓮は距離を詰めず牽制の構えをとっている。
「蓮ちゃん、俺は真剣にやるって言ったよね」今井が静かな声で蓮に話しかける。あれほど激しい連打にも、ほとんど息が切れていないところに今井の実力がうかがえた。
「俺たちは、本気でチーム組んでるんだ。たぶん君が思ってる以上に。そこで一緒みやっていくつもりなら、ちゃんとやってほしい」今井が、静かに声を絞り出した。
風が止み、不思議な静寂が、その場を支配する。
それを裂くように、蓮が突風のように動いた。
姿勢が一瞬低くなり、強力なばねの様にはじけると一気に今井との距離をつめる。
プレデターが狩りをする動きに似ていた。竜巻のような連のコンピネーションが止まらない。今井は必死にさばくが、すぐにかまいたちのような蓮の中段鉤突きがあばらをとらえる。
今井の動きが一瞬止まる。その動きが固まった時間は、コンマ数秒である。しかし蓮はその隙間を逃さず、えげつない角度からの掌底で今井の顎を打ち抜いた。
今井の視界がグニャリともつれ思わず膝をつく。脳の揺れを感じながら、定まらない視点を、必死に元に戻そうとした。視界のぐらつきが少し収まり、視線を上げるそこに蓮が立っていた。
その目から、光るものが流れ落ちる。
〈ほんと、きれいになったな〉
月に照らされた蓮を見上げながら、今井は強くそう思った。
十二月、蓮は試合場に立っていた。
ランクバトル・シーズン昇格戦、二番手でのエントリーだ。
リーグ昇格のかかった大切なバトルへの参加は異例の抜擢であった。異常ともいっていいだろう。本来であれば今井や他のメンバーが選ばれるのが筋であろう。しかしチームメンバーは誰も全く気にすることなかった。
「蓮ちゃんが勝てなかったら、俺が勝てるわけない」と今井もそう言って、出場を断っていたが、実際のところ、蓮とスパーリングした際に折られたあばらが治らない状態を押して前回のバトルに参加したせいで、回復が遅れていたのも原因である。加えて他の主要メンバーのケガもありチーム全体としてしてベストな状態ではないのも、この思い切ったカードの理由でもあった。
ジャッジのコールを受け、蓮は対戦場へ踏み出す。
その姿を見て相手陣営にざわつきが起きた。対戦相手も蓮を思わず二度見する。相手陣営のざわつきが軽い嘲笑に変わった。ジャッジが既定の位置につくように指示をだす。
開始の合図と同時に相手はすでに勝ったかのような足取りで蓮との間合いを一気に詰めてきた。