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スパイ爆誕…?

中庭での茶会を終えて、私はふらふらと部屋へと戻った。どっと疲れが押し寄せてくる。


10歳の子供のはずなのに、あの得体の知らなさ。末恐ろしい。成長後の姿を知っているけれど、それと遜色ない威圧感だった。


……いや、待てよ。ふと思い返す。そういえば前回の人生では、こんな事は無かった。中庭で叔父さんたちとお茶会ぐらいはあったかもしれないけど、あのヨナスがグラスを落とす姿は記憶にない。


覚えていないだけ? あり得ることではあるけど、違和感がある。てっきり私はただ時間が巻き戻っただけと思っていたけれど、それじゃあ何でヨナスがあんな行動をするのか。


私に不信感を抱かせるような不審な動きをする理由はなんだろう。


私と同じで前世の記憶がある。それを確かめるために…いやいやそんなまさか。嫌な汗が額に浮かんできた。


コンコンっと、部屋の扉がノックされて、私は肩を震わせた。


「アリサ様〜」


リリーの声にホッと胸を撫で下ろしたが、次の瞬間心臓を掴まれたような衝撃を受けた。


「ヨナス様がお部屋いらっしゃいましたよ〜」


待て待て待て!

これは流石に記憶にない。彼が私に関心を寄せたことは一度としてなかった。不出来な従妹として煙たがられ事はあっても、仲良く遊んだ記憶なんてない!


「ちょっ、ちょっと待って!」


ドアノブが捻られる気配がして、急いで静止の声をかけたが遅かった。無情にも扉が開かれる。


ドアの前にはつまらなそうな表情でヨナスが立っていた。


「よ、ヨナス様! まだお嬢様の許しが出て無かったですよ!」

「……使用人ごときが俺に口ごたえか?」

「い、いえ……!」


ヨナスに睨まれてリリーが萎縮して頭を下げる。彼女は私のメイドである前に、公爵家に雇われた人間だ。私が庇おうと、父やヨナスの反感を買えば解雇もあり得る。


「失礼でしょう! いきなりドアを開けるだなんて!」

「お前ごときに気を遣えと? わざわざ訪ねてきてやったのだから感謝してほしいぐらいだ」


ヨナスは私の反論を鼻で笑うと、ズカズカと部屋の中へと踏み込んできた。部屋の中を一望して、手頃な椅子を見つけると腰を下ろした。やりたい放題だ。


「ヨナス!」

「……以前とは大分態度が違うな」


『以前』という言葉に、言葉が詰まる。それの意味するところは一つしかない。

ヨナスは10歳らしからぬ落ち着きと威厳を持って、リリーへと声をかけた。


「おい。席を外せ」


ヨナスに命令されて、リリーが心配そうにこちらを見る。私は彼女の気持ちに感謝しながら、従うようにアイコンタクトを送った。晴れない表情のまま、リリーは部屋を出て行った。


リリーへ申し訳ない気持ちを抱えながら、ヨナスへと向き直る。相変わらずの冷たい鉄面皮からは、何を考えているのかは読み取れない。


しかし、幼さのない冷徹な瞳が間違いないと感じさせる。

彼は前世の記憶を持っている。私以外も記憶を持ってるだなんて。何で? 攻略対象だから?


混乱する頭をなんとか平静になるよう努めながら、私はヨナスへと問いかけた。


「い、以前って? 何のことを言ってるのか分からないわ」

「嘘をつくならもっとまともな嘘をつけ。まあ、せめて演技力くらいあればアーノルド程度騙し通せたか。婚約破棄された挙句処刑だなどという無様は晒さなくてすんだかもな」


彼には確信があるようだ。シラを切っても無駄だという事は痛いほどわかった。それにしても何の企みがあって私の元に来たというのか。


警戒して距離を取っていると、辟易した様子で彼はため息をついた。


「……そう警戒するな。俺にはもうお前を嵌める気はない」

「え」

「お前が処刑された後、俺はイヴァンに裏切られて死んだ。もうアイツらに加担する理由がない」


チッと小さく舌打ちをする。嘘をついていないことは分かる。何故ならそれは、私の知っている4クロのストーリーに確かに合致していたからだ。


公爵家子息のヨナスは第二王子のイヴァンと共謀して、アーノルドの失脚を狙う。しかし、ヨナスは彼のルート以外だと、計画の最中にイヴァンの裏切りにあって命を落とすのだ。


ヒロインと結ばれないと死ぬ運命。攻略対象にも関わらず悲惨な扱いだ。しかし、私から言わせて貰えば自業自得だ。何てったってこいつのせいで私の死はほぼ確定しているんだから。


……まぁ、他の3人は彼ほど悲惨では無いのだけど。生存ルートもちらほらあるし、改心して仲間になる選択もある。


よくいえば芯のある強さ、悪くいえば強情。自分を曲げることを良しとしない為に、いくつもある選択の中、ヨナスの結末は一つだけなのだ。


この世界は魔法の存在するファンタジーの世界だ。しかし、どんな魔法も使えるというわけじゃない。使える魔法はひとつだけだ。アーノルドであれば雷の魔法、ヒロインのマリアは癒しの魔法、私であれば水の魔法が使える。


ヨナスはマリアの持つ癒しの力を手に入れたがっていた。病気で亡くなった姉の蘇生を望んでいたからだ。


マリアの命を犠牲にすれば、蘇生が叶うとイヴァンに唆され、国に混乱を招いても望んだ願いは結局叶う事はなかった。そもそもマリアにそんな力は無かった。ただ騙されていただけだった。


裏切られて死んだ今、彼はそのことを知っている。その言葉通り、彼にとってもはや悪事を働く理由がないのは確かだった。


じゃあ、何のために私の元へきたのだろう。謝るため?まさか。そんな可愛い相手ではない。


「俺がここに来たのは、お前にある打診をする為だ。悪い話じゃない」


一度死んだぐらいでは、他人の性根は変わらないらしい。青い瞳は相変わらず揺らぎがない。


彼の背景を思い出していくうちに、私は次第にその企みにも察しがつき始めていた。


彼の姉が亡くなったのは、私が15の時だった。ゲームスタート時の高等部入学時点では亡くなっていたけれど、10歳の今はまだ生きている。


マリアの力で、蘇生は叶わなくとも、快癒なら叶う。彼の狙いは、姉が死ぬまでのタイムリミット内に、マリアに会い、その力を使わせることだ。


でも、4クロのストーリーは高等部編入から。私たちが16になってからのことだ。平民であるマリアがどこにいるのかは、現時点だと私たちには知りようがない。


しかし、1人だけ16歳以前の彼女に会ったことがある人物がいる。


アーノルド・アバイル・ノーグラディア。この国の第一王子にして、平民であるマリアの魔法の才を見出して魔法学園に編入させた人物。私の元婚約者様だ。


彼は10歳の時、王家主催のパーティを抜け出して、マリアに出会い一目惚れをする。そして5年の月日をかけて、彼女を見つけ出すのだ。


私が、そしてヨナスが知る限り、唯一のマリアへの手がかり。


ヨナスは悠然と口を開いた。尊大な口調はほとんど命令のようなものだった。なんとなく察しがついていた内容は、頭が痛くなるものだった。


「アーノルドと再度婚約し、今度は懐柔してみせろ。そしてマリアの情報が入れったならば俺に流せ」


こいつ、私にスパイをさせようとしている…!




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