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「今日はすごく楽しい。ねえ、アリサ。君さえ良かったらこの後にホールでダンスでも……」


横で楽しげに話し続けるアーノルドをよそに、私は自分の記憶を掘り起こし、以前何があったかを思い出そうとした。アーノルドがパーティから抜け出さない理由がどこかにあるはずだ。


あの日、私はパーティに来て、おそらく未来の婚約者であるアーノルドへと執拗なまでに絡んでいた。公爵令嬢である私を無碍にも出来ず、彼は嫌々ながらも相手をしていたはずだ。


……そうだ。あの日私はアーノルドに気に入られようと、如何に自分が優れた人間かをアピールしていたはずだ。公爵家の話、父やヨナスの話をした。そこに貧乏子爵の娘が横に通りかかって、私は彼女を侮辱する発言をした。


『あら、見てあのドレス。地味な上になんて流行遅れ。いつの時代のものかしら。新しいものも買えないなんてまるでスラムの貧民みたい』


うーむ。コッテコテな悪役令嬢ムーブに我ながら惚れ惚れする。現代日本のコンプライアンスを思い出した今となっては、とてもじゃないけど気軽に口にできない。


当時の自分の言動を反芻して、次第に冷や汗が浮かび始めた。

……原因はこれじゃないか?


無論、こんな発言はするべきじゃない。他人の服に価値をつけるのもそうだけど、特定の市民層を揶揄するような発言も喜ばしくない。それに不用意な発言は敵を作るだけ。思っていても口に出すべきでない言葉であることは間違いない。


でも、この発言こそが今必要だったのではないだろうか。


私は自らの失敗に気づき戦慄いた。私の度重なる傲慢な態度、そしてあの発言。アーノルドの我慢が限界に達してパーティを抜け出した理由が、それだった。きっかけは私だったんだ!


アーノルドは心優しい少年で、貴族も庶民も分け隔てなく接する。彼が市民から絶大な人気を誇る理由だ。その彼に対して、他人を貶し、庶民を見下す発言をした私はこれをきっかけとして見放される。


こんな女が婚約者になるのかと嫌気が差した彼は私から逃れるためにパーティから抜け出して運命の相手に会う。彼の理想に沿う力と美しい性根を持つ少女に。


「どうしたんだい? 顔色が悪いみたいだけど……」


アーノルドが私を気遣い声をかける。その口調は優しく、こちらへの敵意や嫌悪を持っていないことを感じさせた。


私の目の前に古い型のドレスを着た少女が横切る。当時は自分の前を横切った彼女に苛立ったが、今はさっと血の気が引いた。


前と同じ発言をしても、意味がない!

地味で流行を無視した今日のドレス、それに先ほどまでしていたアーノルドとの会話のせいで、悪意への説得力にかける。


悩んでいると、そのまま彼女は通り過ぎてしまった。


ーー完全に、シナリオから外れた。動揺を隠すこともできないまま、私が震えていると、愉快そうにイヴァンが間に入った。


「何だか可笑しな様子だね。何かあったのかな?」

「な、何も……」

「そうかい? そうは見えないけど。アーノルドと何かあった? それとも……何か企みがあったのかな?」


私の視線の先、通り過ぎた少女を見る。歪む目尻に焦燥感だけが煽られる。考えの読めない目が、そのままこちらを写すのを黙って見ていた。


「僕でよければ、力になるよ」


ハンコのように変わらない笑顔からは真意が見えない。前の記憶があるかないか以前に、どちらにせよ信用ならない。友好的な兄を陥れる為、友人を殺すような相手だ。


でも、どうする?

マリアとアーノルドが会わなければ、乙女ゲームでのシナリオ全体が変わってしまう。共通ルートで謀殺される私としては一見すれば願ってもない事かも知れないが……、いや、ダメだ。


マリアが居ないと言うことは、これから起こる、彼女の力と存在が無ければ解決できない数々の問題が野放しになる。


「……っ! し、失礼します!」

「ちょ、ちょっと! どうしたんだよ!」


後ろでアーノルドが引き止める声が聞こえたが、私はそのまま走り去ることにした。これ以上、イヴァンの前にいれば、何もかも見透かされる気がした。


煌びやかなドレスの群れをかき分けて、ホールを横断する。人混みから外れた端、暗いガラス戸を開けてバルコニーへと出る。


真っ暗な夜空の下、扉を開けたことで差した光に銀色の髪が星と同じ色を返していた。退屈そうに振り返ったヨナスは、血相を変えて駆け寄った私を見てピクリと眉を動かした。


「ヨナス!まずいよ……!」

「……端的に話せ」


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