初エンカウント。パッケージ中央の男!
イヴァンに連れられてやってきたのは、パーティ会場の中央だった。数多くの令嬢たちが王子に挨拶をするために集まっており、人混みができていた。彼女たちは誰もが、我こそはと言わんばかりに、その身を豪華に着飾ってきている。
王子の婚約者が決まるのが近いことも、この誕生パーティーが最後のチャンスである事も、貴族であれば誰でも察しがついている。令嬢たちは王子の心を射止めるための戦いへと身を投じているのだ。
あまりの熱気にうんざりとしながら、渦中にいた時は見ることのなかった周囲の様子を伺ってみる。
王子に集る令嬢たちへ呆れながら、手持ち無沙汰な様子で令息たちが遠巻きにしていた。シンデレラストーリーを夢見る少女達とは違い、このパーティは彼らにとっては将来のための人脈作りの一環に過ぎない。それに、将来的に王都の魔法学園に通うことを考えればあまり重要では無いのだろう。
貴族の令息令嬢は、12歳か15歳になると必ず王都にある魔法学園へと通い始める。この王国において強大な魔法を使えることは大きなステータスで、唯一の国内の魔法研究機関でもある学園以外では魔法を学ぶことが出来ないからだ。
王族、貴族、そして商人の子供などの庶民も皆等しく学問を修めることが出来るのがこの学園の最も重要な特徴だろう。学園の理念と、教育機関という特性上、平等に扱わざる得ない場所だからだ。
だからこそ、貴族たちは自身より上位の身分の相手へのコネ作りに青春を捧げる羽目になるのだけど。
今から躍起にならずとも、学園へ入学すれば嫌でもやる事になるのだから、男子のパーティへの士気は低い。身内で固まって駄弁っているのが得だろう。
唯一それが許されないアーノルドに多少の同情の念を抱きながら、私はイヴァンに連れられて彼の前へと進み出ていた。婚約者の座をめぐる争いの中でも、流石に第二王子を無碍にすることは出来ないようだ。
卑怯だと、彼女たちの目が私を責め立てている。そう思うなら変わって欲しいものだ。彼の婚約者の座なら、今の私なら喜んで渡す。
少女たちがイヴァンに促されて、下がって行き、やっとのことでアーノルドの姿が見えた。
……さあ、ここからが問題だ。彼は私のことを覚えているだろうか。いや、正しくは以前の私のことを、か。
もし覚えていたのなら、マリアの仇敵である私に対して憎しみに似た感情を持っているだろう。処刑の罪状の殆どが冤罪でも、私が在学中にマリアを虐め抜いた事に偽りはない。
実際、ゲームシナリオ上で私が処刑されたことに関しては、4クロたちの正体がバレた後も誰1人後悔するような素振りは見せない!扱いの酷さでは私もヨナスに負けはしないのだ。
覚えていなくとも、我儘三昧だった私に対して、元々アーノルドは嫌悪感を抱いていた。
嫌われているのなら、婚約の可能性が低くなる分悪くは無い。ただこの国の貴族の1人として、王子に目をつけられている状況は好ましく無い。
私としては、記憶は無いが、気が合わない程度の感情は抱いているといった状況が最高だ。
蜂蜜色の金髪に、同じ色の瞳。絵本の中の王子のような完璧な容姿をした少年が、イヴァンの姿を見つけて少し引き攣った顔を見せる。そして後ろにいる私に気付き……、ほっと息をついた。
どういうこと? アーノルドは安心した様子で声をかけてきた。
「やあ、アリサ。久しぶり」
声は少し硬い。別に私を歓迎しているわけでは無いみたいだ。背中を見せているイヴァンの肩が少し揺れているのが分かる。笑っているようだ。
「くくく、露骨に安心した顔をしたね。まさか、僕が兄様が嫌がるからと、ヨナスを連れてくると思ったのかな?」
「そんなことは……」
アーノルドがイヴァンの揶揄いに視線を泳がす。どうやら図星らしい。気まずそうな表情を作る彼を見て、私は確信した。
アーノルドに以前の記憶はない。イヴァンと親しげに接しているのがその証拠だ。彼らは将来、王位を巡って対立する。私が死に、ヨナスが殺される頃には、イヴァンの企みはバレてアーノルドはマリアを守るためにも弟との確執も受け入れる。
その記憶があるなら、今のイヴァンへの態度はおかしい。巧妙な嘘がつけるタイプでも無い。私は安堵から、緊張が解けていくのを感じた。
それも、幸いな事に前世の記憶が戻るまでの我儘放題だった私に対して苦手意識を持っていてくれていたのか、嫌いとまでは行かないがなるべく関わりたく無いといった雰囲気がある。
まさか最高を引き当てれるとは……。理想的な状況にジーンと来た。まったく思い通りにいかないと思っていたけど、神は私を見捨てていなかったみたいだ。
「覚えていただいているなんて……光栄です! この度はお招きありがとうございます」
思ってもいないことを口にしながら、口角を上げる。覚えていないなら好都合だ。アーノルドが前と違う行動をとることはない。前と同じようにダル絡みをしていれば問題ない。自信のなかった説得の必要性もなくなり、私は他の令嬢たちを押し退けてアーノルドの隣へと陣取った。
「へぇ。アーノルド、将来の為にも話しかけなよ」
「へ、変なこと言うのはやめてくれ!」
イヴァンの茶々にアーノルドが青い顔で返す。仲が良くて結構な事だ。このまま成長して、私のためにも王位争いはやめていただきたい。
アーノルドは居心地が悪そうに視線を動かして、ふと私のドレスへと目をとめた。
「今日は珍しいドレスを着てるんだね」
「え? あぁ……」
以前は、彼の前に出る時は華美なほど着飾っていたことを思い出す。前の私からは今の姿をする事は考えられないだろう。それに周りにいる令嬢たちの気合の入った格好を思えば、案の定悪目立ちしている。ヨナスから言いつけられていなければ、もっと無難なものを選んでいただろう。
しかし企みがバレるわけにはいかない。私は急いで誤魔化した。
「リリーが……いえ、私の侍女が似合うと言ってくれたので」
嘘は言っていない。最も彼女は何を着ても褒めてくれるけれど。
すると、アーノルドは驚いた表情をしていた。
「仲がいいの?」
「ええ」
うなづくと更に彼は目を見開いた。高慢な私が、使用人と親しいことを認めたのが意外なのだろう。心外だけど、そう思われるのも仕方がない。
今こそ、前世の記憶を取り戻して落ち着いているけれど、幼少期の私は一人っ子ということもあり両親が溺愛しており、甘やかされまくって非常にわがままだった。
そんな私の世話を焼くことを、使用人たちが陰で嫌がって1番若くて下っ端のリリーに「歳が近いから」と押し付けたことを知っている。
もちろん私はリリーに対しても、我儘だった。嫌味も言うし、意地悪もした。
ただ彼女は幼少期の私の常識を壊す程度に、鈍感でおおらかだった。嫌味は聞かず、意地悪は悉く受け流されて、友人のような関係に落ち着かずにはいられなかった。
今思えば、私にとって彼女はかけがえのない存在だったのだろう。学園に進学して、公爵家に仕える彼女と別れて王都に行き、慣れない土地で1人になった寂しさが、以前の私の悪事の引き金だったのだと今なら分かる。
公爵家、王子の婚約者。高いプライドと立場が邪魔をして、私は親しい友人を作ることをしなかった。ただ身分に寄ってきた取り巻きを連れて、自らの権力をひけらかす事で誤魔化していたにすぎない。
思い返すとあまりに幼くて、恥ずかしくて苦い思い出だ。苦笑いを浮かべていると、黙り込んでいたアーノルドが突然頭を下げた。
「……ごめん!」
「え?」
「俺は君のことを誤解していた。俺が知っていた君は、ほんの一部分だったのに、勝手な思い込みで苦手に思っていた」
神妙な顔をしたかと思えば、そんな事を謝り出した。私はというと呆気に取られて、言葉を失っていた。
思い込みじゃ、無いけどぉ……?
ただリリーが特別だっただけで使用人に嫌われるほどこき下ろしていたのも本当だ。それに別に本当にリリーが褒めてくれたからこのドレスを選んだわけでも無い。
それなのに、アーノルドは先程までとは違い、親しみを込めた瞳でこちらを見つめ返してくる。
「その彼女、リリーとはどんな事を話すんだ? 俺もよくメイドや執事に話しかけるんだが上手くいかないんだ。皆、遠慮してあまり話してくれなくて……」
「ええっと、別に普通の話しかしないですけど」
「そうなのか。では、やっぱり俺から親しみにくい雰囲気でも出てるのか……?」
「そんなことはないと思うけど……」
くるくると表情を変えながら人の良さそうな様子で、王子とは思えない気さくさで会話を続ける彼に私は圧倒される。
おかしい。彼からは邪険にされるはずで、こんな会話が盛り上がるはずは無かったはずなのに。アーノルドはこの場を離れるどころか、非常に楽しそうに会話に花を咲かしていた。
「俺は学園に行くのが楽しみなんだ。王族としてじゃなくて、一生徒として皆と接せられるだろ。身分なんて関係ない、気のおけない関係が欲しいんだ。俺が間違えても、相手が間違えても、正し合えるような、そんな相手が!」
「す、素晴らしい考えだと思います。友達は欲しいですものね」
「…! そうなんだ! 分かってもらえて嬉しいよ!」
アーノルドは私の手を掴み、目一杯の笑顔を向けてきていた。私はというと、背中には冷や汗が浮かび始めていた。話し込んでいるうちに、パーティは中盤に差し掛かっている。
それなのに、それなのに!
アーノルドが……いつまで経っても抜け出さない。




