第九十二話 訓練の後で
二人してオイゲン司令官の元へ向かって行くと、そこに一人の中世的な美形の男がルトロに近づいて来た。
「副隊長、やはり彼のスキルは有能ですね、かなり鋭い分析をしていましたよ。彼はいいのではないでしょうか」
「そうか情報通りだな、じゃあ後で俺がスカウトするよ、君は先に本部に戻ってくれるかな、俺は用事を済ませたら帰るから」
「直ぐに戻って下さいよ、余りゆっくりしているとまた隊長に怒られますよ」
「硬い事を言うなよ、いいから君は帰りなさい」
多少不満げな表情を浮かべたその男は、砦の方に向かって走り去った。
「ルトロさん、今の男性も遊撃隊員ですか」
「あぁアル君言ってしまったね、これは後で報告をしなければいけないな、いいかい男性ではなくて女性だよ。ロミルダって言うんだ。それに勿論君の先輩になるんだ。これで君が入った時には対応が悪くなるだろうね」
何が面白いのかルトロは笑いながら言ってくるが、頼むからロミルダさんに報告する事は止めて欲しい。
確かに細身だとは思ったが、髪も短いし中世的な顔立ちなのだからそう見えても仕方のない様に思える。
「お願いですから言わないで下さい。それと誰をスカウトするのですか」
「誰だろうね、それより訓練が終わったら指令室に来るんだよ」
余りにも早く終わってしまったので、見学者も含めての合同訓練が始められることになった。
しかし、俺の側には誰も近寄って来てくれない。
「暇そうだな、久し振りに俺が相手してやるよ」
ムスタホ村で訓練に付き合ってくれたバルテル中隊長が声を掛けてくれた。
彼が参加者であったのならもう少し楽しめたのだが、彼には遊撃隊は興味が無いようだ。
「有難うございます。誰も俺と立ち合ってくれないから助かりますよ」
「あんあものを見せられたらそうなるだろうな、お前らがおかしいよ、訓練であそこまでやるかな」
別に俺にとっては珍しい事では無いし、そもそも回復薬があれば大抵の傷が治ってしまうのだから木剣何て必要が無いと思う。
俺に合わせてバルテルは真剣で訓練に付き合ってくれる。
今回はスキルを伸ばす訓練では無いので部屋に入らずに素のままで戦う事にすると、バルテルもスキルを使わずに付き合ってくれた。
暫くすると、最年長であるホンザ中隊長が声を張り上げる。
「もいいいだろう、訓練を止めろ。小隊長の指示に従って解散してくれ、ただしアル小隊長とシリノ小隊長は俺達について来い」
幹部の中で唯一訓練に参加していたバルテルはこれから何が始まるのか分からず不思議そうな顔をしている。
シリノ小隊長は何で呼ばれたのか分かっていなく、直ぐにイリーナ中隊長の元に行き理由を尋ねるが、イリーナも分かっていなかった。
司令室に入って行くと中央にルトロが座っていて、その両隣にオイゲン司令官と副司令官が座っている。
中隊長達が近くに座り、俺とシリノは入口に近い場所に座った。
全員が椅子に座るとルトロが立ち上がる。
「皆さん今回はご苦労様でした。これで遊撃隊に選ばれるには普通の事ではないと証明出来たことでしょう。それと今回わざわざ私が来たのはアル小隊長を見極める為では無くて、実はシリノ小隊長の噂を聞いたからでした。そして私の部下からの報告で彼も遊撃隊に入って貰いたい」
司令官たちは同時に頷いているが、中隊長達は初耳だったようで一斉にシリノ小隊長を見た。
「ちょっと待ってください。自分でこんな事は言いたくありませんが、私にはあんな戦いは無理ですよ。そりゃあこの砦の中では上位にいると思いますが、遊撃隊員とは雲泥の差ですよ。とてもではありませんが付いていける自信はありません」
ルトロは何故シリノが遊撃隊員として入って欲しいのかを笑顔を浮かべながら説明を始めた。
現在の遊撃隊は武力を持つ者が目立っているが、実はそれだけでは無く武力は低くとも有能なスキルの持ち主も極わずかだが入っている。
そして、シリノに求められているのはその分析力で、シリノのスキルである「サーチ」は相手の場所を探るだけでは無く、相手の実力を見る事が出来ると報告が合ったからだ。
「今日私の部下と話したんだろ、彼女が認めたんだから君のスキルは有能だよ」
「そう言えば知らない男に話し掛けられて、何だかいつも以上に話してしまったような気がします」
「彼女の前では嘘はつけないし全てを話してしまうさ。しかし君もアル君と同じだな」
シリノは何が同じなのか分からなかったが、それよりもいつの間にスキルを使われてしまった事に驚いている。
初めて見る相手には必ず「サーチ」で全てを調べるのだが、今回はそれを怠ってしまった事に気が付いたからだ。
イリーナ中隊長は自分の部隊から二人も遊撃隊に選ばれるのは嬉しい反面、有能な部下をあっさりと取られてしまう事が少しだけ悔しかった。
シリノ小隊長も直ぐと言う訳では無く、俺と同じ時期に入隊する事が決定し、それまでの間もっと鍛えるようにとルトロから命令された。
月日が過ぎ、此処での勤務も残りわずかになってハルティ砦からエスぺらの街を繋ぐ城壁の上で監視業務をしている。
このまま平和に時間が流れて王都に向かう事になるのかと思っていたが、残念ながらそういう訳にはならなかった。