第九十話 VS二十九
まだ選抜訓練は終わっていないのだが、イリーナ中隊長に控室に連れていかれ説教を受けている。
どうやら何も対処が出来なくなってしまった奴に無慈悲な攻撃をしてしまった事を怒っているようだが、そのそもそんな奴が遊撃隊入りを狙う方が間違っている。
「あんたは納得していない様だねぇ、そんなに奴らを痛めつけたかったのかい」
「そうではありません。ルトロ副隊長から圧倒的な実力差を見せつけろと言われましたので、ああするしかありませんでした」
「あのねぇ魔法が何も効かなかった時点であいつらは終わったんだよ、その証拠に奴らはその後は何も出来なかったろ、あれは弱い者いじめなんだよ」
「すみませんでした」
イリーナ中隊長にがっつりと御叱りを受けたが、もう俺は次の戦いに向けて気持ちを切り替えている。
落ち込む事が無くなったのは有り難いが、益々人間として駄目になっている様な気がしてきた。
「アル君、もういいかな、次は何人と戦うんだ」
「残り全部で良いです。何か面倒になってきました」
俺の言葉をそのまま兵士達にルトロは伝えてしまったので当然のように不満の声が出て来た。
「おいっあんたは俺達を馬鹿にするのか、それとも負けた言い訳にしたいのかどっちだ」
ルトロのせいで文句を言って来る兵士はかなり出てきて、黙っている兵士も剣呑な雰囲気をかもし出している。
するとルトロが大声を張り上げ注目を自分に向けさせた。
「いい加減にしないか、彼は小隊長なのだから口を慎みたまえ。君達は先程の戦いの表面しかみていないからそんな事が言えるんだ。いいか君達は遊撃隊に入りたいのなら彼を倒すんだ」
ルトロの言葉に気合の入った兵士は文句を言う事を止め、黙々と準備を始め出した。
しかし、その中の四名の兵士はルトロの話を理解して戦う事を辞退した。
「じゃあアル君も準備はいいか」
「すみません、もう少しだけ待ってもらえますか」
クリストバルに用意して貰った木剣は数が多いので、片手に抱える事は難しいので袋に入れて持ち歩く事に決めたので今はその袋を待っている。
直ぐにクリストバルが袋を寄越し、俺は何とか木剣を全て袋にしまい込んだ。
「すみませんお待たせしました」
「じゃあ始めるぞ、いいか全力で戦うんだぞ、では始め」
一斉に向かって来るのを確認した後で部屋の中に入って行く、中のスキルはもう走るのを止めて外の景色をただ眺めていた。
「なぁ最後のレバーを上げるとどうなるんだ。あの時は無理だったけど今なら使えるかな」
「………………」
今回は俺と会話をする気が無いようで微動だにせず佇んでいる。
俺も隣に立って外を見ると、何人かはゆっくりと迫って来ているが殆どの兵士は動いているのかさえ分からない。
一人だけ空に向かって飛び立とうとしているので少し見ていたい気持ちもあるが、俺は四段階にしてから現実の世界に戻った。
9876.
安心して一人一人に木剣を振り下ろしていくと、その度に木剣は折れて俺から離れると空中に浮かんだままになっている。
兵士達は何も抵抗が出来ず、顔面に俺の木剣を受けるがその中で一人の兵士が俺の攻撃をぎりぎりで躱したので、木剣は地面に当たって折れてしまった。
「君は中々やるな」
素手で殴ろうかと思ったが、オークのようになってしまったら大変な事になってしまうので、彼の手から木剣を奪い取ってその腹に打ち据えた。
空に飛ぼうとしていた兵士は、いつの間にか手の届かない所にまで行ってしまったので木剣を投げつける。木剣はゆっくりとその兵士に向かって進んで行くがそのまま当たるとは限らないので、他の兵士の木剣を奪っては投げを繰り返した。
その他にはこれと言って面白い兵士がいる訳でもなくこれで遊撃隊を目指しているのかと拍子抜けしまった。
頭の中の数字は二百程度しか減っていないのを確認してからなにげなくルトロの方を見ると、ルトロは普通に俺に手を挙げている。
そりゃそうだよな、伊達に副隊長じゃないか。まぁ帰ろう。
「随分と楽な戦いだったね、ただ見ている者の中には君の事を目で追っている人がいたね、彼等が出て来れば僕も面白かったのに」
「そうだな、俺も同意見だよ」
現実に戻ると兵士達は一斉に倒れて行く。
「救護班は早く回復薬を掛けてやれ、骨が折れているだけだろうがな」
ルトロが指示を出し、救護の為に控えていた兵士が助けに行く。
殆どの兵士が何が起こったのか理解が出来ないまま治療を受けていたが、俺の木剣を交わした唯一の兵士が近寄って来た。
「小隊長のあの速さは何なんですか、たったの一度だけ躱すのがやっとでしたよ」
「君も初見で躱せるとは大したものだな…………」
その兵士をねぎらっていると、ルトロが笑顔で近寄って来る。
もしかして彼もやりたいとかいうのでは無いだろうか。