第八十八話 休暇の終わり
ハルティ砦を離れ、一昼夜駆けてエスペラのイリーナ中隊長を訪ねて行く、書類と格闘していて忙しそうではあったが司令官と話したことを報告した。
「その事は聞いているよ、全く面倒な事になったねぇ、そんな一部の兵士の不満何か一々取り合っていたらきりが無いのに」
「もしかしたら、中隊長クラスからの不満があるのではないでしょうか」
「そうは言ってもバルテルは違うだろうし、第二中隊のホンザはいい年だしな、だとするとゾルターンかなぁ、あいつは野心化だけど遊撃隊に入れるほどの武力は無いんだがね」
「ただ俺が気に食わない可能性もありますよね、そもそもイリーナ中隊長もそうだったじゃないですか」
中隊長は視線を外して何もない天井を見上げた。
「まぁその事は忘れるんだよ、仕方がないだろ、いきなり入隊した奴をあんな問題がある小隊の隊長にしようとしたんだからな、……だからか、そんな考えを持つ奴もいるって事か」
結論がでないまま中隊長室を出て港に戻ってしまったが、そこには相談する事を忘れたカロリーンがいた。
「アルくーん、ねぇ私達の噂を聞いたかな、あれは酷くない」
「人前で抱きつくんだからそうなるんですよ、もう止めて下さい」
「分かっているよ、その反応が面白くてしているだけなのに、全く冗談の分からない奴がいるもんだね」
「そうですね、まぁこの中にもいるのでしょうが、もう一人に絞るのはむずかしいでしょうね」
後にカロリーン小隊長は中隊長からもう二度と抱きつく事は禁止されたのでこの件はこれで収束されるだろう。
小隊長室ではカロリーンが全くやってくれなかった書類をこなしながら、休暇で羽を伸ばした部下達が帰って来るのを待った。
戻って来た部下達の殆どは俺の顔を見るなり憤慨した様子で話してくる。
「小隊長、あの噂話酷すぎますね、私達は誰も小隊長が手柄を独り占めしている何て思っていないですからね、それに中隊長が指揮しているのにそんな嘘の報告何て出来る訳無いじゃないですか」
「聞き流していいよ、俺は気にしていないからな」
またある兵士はカロリーンの事を言って来る。
「誰が大騒ぎしているんですかね、あれはどうみてもカロリーン小隊長の悪ふざけじゃないですか、それなのに恋人同士のように抱き合っているなんてあんまりですよ」
「そうだな、ただ聞き流してくれればいいよ」
またある兵士は合同訓練の事を言って来る。
「小隊長を倒したら代わりに遊撃隊に入れる可能性があるって言っていましたよ、何なんですかそんな無茶苦茶な話ってありますか」
「まぁ実力不足だと思っているんだろうな、大丈夫だ。ちゃんと証明するから」
彼等はこの話を色々な場所で聞いてきたようで、副官であるクリストバルも帰って来るなり部屋に飛び込んできた。
「聞いて下さい。各部隊て遊撃隊に入りたい人を募集しているそうですよ、今までテストが無かったせいでかなりの人数が集まりそうです」
「それだけ遊撃隊が魅力なんだろうな、一般の兵士では近衛兵にはなれないし、騎士と呼ばれるのは士官からだから仕方のない事だろう」
それから、選抜訓練大会とそれらしい名前が決まり、来月にハルティ砦の下で行われる事が決定した。
時を同じくして中隊の配置換えが行われ、第四中隊は此処を離れてハルティ砦のすぐ北にあるクサンティの街での警護を任されることになった。
クサンティの街はドワーフの国であるクローねん王国と近い事もあり、武具の輸入品を扱う商業の街で、この国唯一の人間以外の住民が住んでいる。
「俺はドワーフ族を初めて見たよ、身長は低いが随分と厚みのある身体をしているな、ただ昼間なのに酒を飲んでいるが今日は休みなのか」
「あまりそこは気になさらない方が良いですよ、彼等にとって酒は水と同じようなものですから」
ドワーフ族にはスキルの恩恵が無いのだが、恵まれた体格と何よりも人間より長い寿命を持っている。
それでもエルフの寿命よりは短いのだが、エルフと違うところは自分達の国を持っている事だ。
この街は他種族が交じり合って暮らしているが、他の街に比べて平和な街になっている。
そもそも一個中隊が常時街の中にいるので悪事は働けず、更にはその中隊も期間で変わってしまう為に賄賂など意味はない。
街道も整備されて商人の移動には兵士が同行する事もあるので盗賊もこの辺りには出没はしない。
平和な日々を過ごし、すっかり選抜訓練大会の事など忘れていたが、その日が迫って来たので俺と中隊長はハルティ砦に向かった。
第四中隊からこの大会に参加する者は誰一人としていなく、ただの見学人としてアクセリ副中隊長とシリノ小隊長も同行する事になった。