第八十八話 兵士の妬み
ずっとディアナの事を考えながらも、ひたすら食事もとらずに走り続けている。
今回は言葉は間違えていないと言うより、最後まで話を聞かなかったディアナが悪いと思うのだが、今更そんな事を言っても仕方がない。
誤解は解けると思うのだが、それよりラウレンス侯爵に適当な事を告げ口した馬鹿は誰なんだ。
ラウレンス侯爵の部下だと言う事は内政官の中に居そうで、信頼できるとまで言わせたのだから司令官が怪しく思えてしまうがまだ憶測にすぎない。
ただこの事はラウレンス侯爵から何かしら言われるはずなので、俺に敵意を向けてくる奴がいたらそいつの可能性が高まると思う。
寝ずに夜も走り続け、もうすぐハルティ砦が見えてくる頃なのだが、ここにきて足がもつれてしまい倒れてしまった。
適当に生えている野草をを口に運び、目の前の川から水分を補給する。
この際味などどうでもいいし、ただ栄養があると信じるしかない。
毒が効かない身体はこの場合は便利だが、こんな姿は誰にも見せたくはない。
再び走り始めハルティ砦に到着したので、このままエスペラに向かおうとしたがやはり気になるので挨拶がてらにオイゲン司令官の元を訪ねる事にした。
「失礼します。休暇終わりが近づきましたのでご挨拶をしに参りました」
司令官室に入ると、中にはオイゲン司令官とクラウジー副司令官ともう一人見知らぬ男がいた。
「何だ君かね、ようやく仕事に戻って来るのか、羽を伸ばせてよかったな」
クラウジー副司令官に言い方と態度はかなり冷たい。
もしかしてこいつか……。
「有難うございました。では持ち場に戻ります」
気にはなるがこのままここに居られる雰囲気では無いので帰ろうとするが、オイゲン司令官に座るように言われてしまった。
「あのな、レオニダス総司令官が認めてしまったのだから余り言いたくはないが、今回の休暇も一年後に遊撃隊に入る事も周りの連中が知ってしまってな、どうやら他の部隊に不満が出ているらしいんだ」
「休暇はまだしも、自分が遊撃隊に入る事がどうして不満につながるのでしょうか」
クラウジー副司令官によると、遊撃隊に入れば貴族出なくとも高い地位を約束されるために一般の兵士にとっては目指すべき隊なのだが、入隊試験がある訳では無いのでただひたすら声が掛かるのを待っているらしい。
それなのにたった一度の功績で遊撃隊入りが確定したと言う事は、シーサーペントの討伐の功績を全て独り占めにしたと思われ、それを誤魔化す為に部下に無理やり休暇を与えたと思われているらしかった。
「何ですかその噂は、別に一人で討伐した何て一行も報告書に書いていないではありませんか」
「それだけじゃないんだ。君は長年待ってくれた女性と結婚したばかりなのに、カロリーン小隊長と浮気している事も問題なんだよ」
「そんな事ある訳無いじゃないですか、エスペラにいる人間なら俺が迷惑している事ぐらいしていますよ」
「よく分からんが、その話は私にも報告を貰ったぞ」
「誰から何ですか」
オイゲン司令官は副司令官を顎で指した。
副司令官は俺と視線は合わせず何故か挙動がおかしいように見えるので、ラウレンス侯爵と繋がっていたのはやはり副司令官なのか。
「その事は部下から聞いただけでな」
「そんな正確でもない噂話を義父でもあるラウレンス侯爵に言いましたか」
「いやっまぁ世間話として……」
副司令官は歯切れが悪くなり額から大量の汗を流し始めたので、それだけでオイゲン司令官はこの状況を把握してくれた。
「君は何を考えてるんだ。もしかして彼が遊撃隊に入る事も漏らしたのかね」
俺が遊撃隊入りが決まった事は数える程しか知っている者はいない。
司令官は俺が自慢気に言いふらしたのだとずっと思っていたようだが、その考えは間違っていたと気が付いてくれた。
「たまたま、話してしまったのが広がってしまったのかも知れません」
「あほか貴様は、そのせいでこんな事になっているんだろ、どうするんだ、こんな事がレオニダス様の耳に入ったらまた管理不足だとどやされるぞ」
するとずっと黙っていた男が目の前の机を軽く叩いた。
「もういいかな、女性問題の方は無視しても構わないが、遊撃隊入りを不正で掴んだとその噂を止めたいのならアル君自身に証明させたらどうだ」
「それはどのようにするのですか」
彼が言うには遊撃隊入りを強く妬んでいる連中は自分の方がふさわしいと思っているはずなので、その連中を一度に集めて試合をさせればいいだろうと言ってきた。
そこで俺に対して勝つ者が現れたらその者を入れればいいだけだそうだ。
「遊撃隊はな、試験がある訳ではなく不透明に選ばれるから勘違いする奴が少なからずともいるんだ。並の場所では無い事を教えてやってくれ。出来るよな」
全員を知っている訳ではないので確実に勝てるとは言えないが、そんな事よりこの状況にいい加減うんざりしてきた。
俺が勇者のスキルではないから実力が無いと思っていて、祖父が宰相で勇者だから優遇されているとでも言いたいのだろう。
もういい、そんな奴らが二度と現れないようにやってやる。
「遊撃隊に恥は掻かせません」
オイゲン司令官は罰として副司令官に場所や日時や人選の全てを取り仕切るように命令を下した。
この事は任せればいいが、カロリーン小隊長の事はイリーナ中隊長に相談しようと思う。
そもそもカロリーン小隊長は独身なのに、こんな事で自滅してどうしたいのだろう。