第八十三話 戦いの後で
ハルバートをシーサーペントの胴体に振り下ろすと、硬い外皮に弾かれそうになったが、一度食い込んでしまえば後は切り裂く事は容易だった。
ただあまりにも巨大な為に半分程を切り裂くに過ぎなかったが。
ただ、そのシーサーペントにバリスタの矢が刺さってきたので、部下達も気を取り直してくれているのが分かる。
シーサーペントは愚かにも身をよじり、その傷口からは血が噴水のように噴き出してくるので俺は血流で海に落とされそうになるが、その傷口の中に身体を入れて落とされないように耐える。
そこでもハルバートを振り回していると、俺の後頭部に衝撃を感じて俺は意識を手放してしまった。
どれくらい意識を失っていたのか分からないが、目が覚めると身体を挟まれたまま水の中に沈んで行く瞬間だった。
水の中では口から空気が溢れ出て、水面に出る為にもがいていると俺の身体に何かが絡んできたと思ったら凄い速さで海上に引き上げられた。
「やりました。小隊長を釣りましたよ」
少し離れた所にいる船の上から誰かの声が聞こえたのだが、俺の意識は再び暗い闇へと落ちて行った。
再び目を覚ますと俺の身体は船上に寝かされていて、中隊長や部下達が俺を囲んでいる。
「大丈夫かい、こっちはもうすぐ終わるよ」
中隊長に手を貸して貰って立ち上がると、船上では歓声が巻き起こったが、何故か一人の兵士が端の方で正座をしながら俺を見て涙を流している。
「あの、あいつは何であんなところに居るのですかね」
「奴はお前を殺しかけた張本人でもあるし、お前の命を救った恩人でもあるんだ。処分はお前の好きにしな」
意味が分からなかったが、詳しく話を聞くと、俺にバリスタの矢を当てたのは彼であり彼のスキルである「釣り上げる者」で海中から引き揚げてくれたのも彼だった。
俺は多少ふらつきながらも彼の元に歩いて行く。
「正座なんてしないで喜びましょうよ、それに俺の命を救ってくれたのだから感謝していますよ」
手を差し伸べたのだが、彼はその手を一瞥しただけでまた俯いてしまった。
「本当に申し訳ありませんでした。怒鳴ってくれても構いません」
「何を言っているのですか、私は貴方に感謝しているだけなんですけど」
「けど、小隊長は敬語になると首にするじゃないですか、私は首になりたくないんです」
俺はそのつもりは無かったのだが、俺よりもかなり年が離れているのでつい敬語になってしまただけだ。
「すまなかった。つい気を抜いてしまったので敬語になっただけだよ。まだ慣れていないんだからこんな時ぐらいは勘弁してくれ」
「では本当に首にしませんか、私は小隊長を殺しかけたのですよ」
「こんな海上で動いている奴を相手にしているのだから仕方の無い事だろう。俺には効かないと思っていたからあそこで留まっていたんだ。その証拠に頭には怪我何てしていないだろ、ただ海中から引き揚げてくれた事に感謝しているだけだ。いいスキルだな」
ようやく俺の気持ちを分かってくれ立ち上がってくれた。
彼は自分のスキルは糸の先から水中の様子を感知して獲物を捕まえるだけのスキルだと思っていたらしいが、あの時は咄嗟に行動したのだそうだ。
今までは釣りという言葉に囚われて、魚しか試していないし地上でも使った事がないらしい。
一般の兵士だと自分のスキルの限界を勝手に決めてしまう傾向にある様なので、これについては何か対策をした方が良さそうだ。
シーサーペントは身体が半分程ちぎれてしまっていて、尾の方の身体は海の中に沈んでしまったそうだが、今は口にロープをひっかけてなんとかして港に持ち帰ろうとしている。
半分とは言ってもそれだけでこの船より長くて太いのだから運ぶのも一苦労している。
港に戻る頃には既に陽が落ちてしまったが、カロリーン率いる第十四小隊が待っていてくれ、シーサーペントの処理を代わってくれることになった。
「お疲れ様です中隊長、それにアル君も頑張ったね、流石は私の旦那さんだよ」
カロリーンはそう言いながら抱き着いてきたが、俺は決して旦那にはならないし、部下も見ているのだから勘弁して欲しい。
「アル小隊長から離れるんだ。そういう事は見えない所でやってくれ」
「中隊長、そういう問題では無いと思いますが」
「アル君、何だか臭いよ、早く身体を洗った方がいいよ」
傷口の中に身体を入れながらハルバートを振り回していたのだから仕方の無い事だと思う。
ただどうして俺はハルバートを手放さなかったんだろうか。
「中隊長、引き上げられた時、俺はハルバートを握っていましたか」
「どうだろうな、そこは覚えていないが、あんたの戦い方が目に焼き付いているよ、やはり死神なんだな」
血まみれで笑いながらハルバートを振り回している姿を見て誰もがそう思っていたそうだ。
笑いながらだと、封印は解いていないはずなのに。