第八十一話 勇み足
イリーナを先頭に港に向かうと、そこにはかなりの損傷を受けた中型の船が停泊していて、次々と怪我人が運び出されている。
俺達の姿をいち早く発見したクリストバルが走ってくる。
「ご報告いたします。この港の一km先にも満たない地点にシーサーパンとが現れたようです」
この交易船が出航するよりも前に数十隻の漁船が出て行ったのだが、戻って来たのは半分程で、残りは沈められたか他の国にそのまま向かっているらしい。
事の発端は囲い込み漁で大量の魚を集めていると、その魚につられてシーサーペントが現れたのだが、その時に魚を放棄して逃げてくれれば被害は少なかったと思うが、魚を奪われたことに逆上した一部の漁師がシーサーペントを捕えようとして返り討ちにあったそうだ。
交易船は運悪く近くを通過してしまった為に、巻き込まれる形になったが他の船より速さがあるので何とか港に逃げ込む事が出来たらしい。
「船員によりますと、過去にも同じような事があったらしいのですが、半年もすればまた違う場所に向かうと言っておりました」
「そんな事は知っている。ただな、居なくなったとしても元の漁場に戻るにはさらに時間がかかってしまうぞ、それに奴がいる間は交易が止まってしまう。我が国には此処にしか港がないのだから討伐するしか無いんだ」
怪我人の対応などは他の小隊に任せて、まずは十六小隊の兵士を隊舎に集める。
こんな状況で持ち場から離れて集められているのだから、何を言われるのか薄々気が付いているようで誰もが黙ったまま席に座っている。
「全員揃っているな、明日の早朝に俺達と十三小隊からの助っ人でシーサーペントの討伐に向かうことになった。会議が終わり次第、軍船の整備に速やかに取り掛かるように」
「あの、俺達に討伐は出来ないんじゃないですか、それに俺は農民兵ですぜ」
農民兵の代表のつもりなのかビキラが言って来る。
彼が発言すると周りの農民兵も同調するのが疎ましい。
「出来ないじゃ無くてやるんだよ、その為に農民兵は税金免除の資格を貰っているのだろ。討伐に不安を感じる者もいるだろうが、これは命令だ。意味は分かるよな」
軍にいて上からの命令に逆らえる訳は無いのだが、それでも言いたくなるほどの脅威を感じているのだろう。
重苦しい空気が流れたが、その時分隊長の一人が立ち上がった。
「小隊長のあの技で倒せるのではないですか」
「無理だろうな、あいつは竜種だぞ、直接当てなければ致命傷は負わせないだろう。だから基本通りにバリスタによる攻撃が一番だと思う」
海でなければもっと安心させる事が言えるのだが、海の上での討伐は俺には一度も経験画ない。
俺自身、これといったいい考えは浮かばず、ただ書物に書いてある基本通りの戦い方しか知らない。
部下たちが暗い表情で軍船に向かって行ったと入れ違うかのように、イリーナ中隊長が会議室の中に入って来た。
「あんな様子で大丈夫なのか、これは練習では無いんだぞ」
「船の上では逃げ場が無いですからね、その場になったらやるしか無いと思いますよ」
それから三人でシーサーペントの討伐方法について話し合い、全体の指揮はイリーナに任せて俺はバリスタの近くで指示をし、クリストバルは監視の為にイリーナの側に着く事になった。
「私もシーサーペントを見るのは初めてなんだよ、楽しみになって来たな」
「そうですね、倒したら何とか回収して食べてみましょうよ」
「竜種なんだぞ、あいつの肉は硬いんじゃないかねぇ」
「それなら煮込めばいいんじゃないですか」
二人の会話をクリストバルは表情一つ変えずに聞いている。
(この二人は馬鹿なのか、もし失敗すれば立場はかなり悪くなってしまうというのに、その後の事を話し合うなんてどんな神経をしているんだろう)
翌朝、空は快晴になり絶好の討伐日和となった。
軍船の前には既に兵士が整列をしていて、誰もが緊張感を持った顔でイリーナ中隊長の言葉を待っている。
「諸君、これからシーサーペントの討伐に向かうが、やる事は今までに行ってきた訓練と同じだ。農民兵の中には訓練に参加していないものもいるだろうが、しっかりと指示通りに動いてくれればいい。最後にアル小隊長から話をしてもらう」
そんな事は初耳だったが、俺に話を振ったと言う事は多分、昨日の夜にお願いした事が了承されたのだと思う。
「今回の討伐はとても珍しい事だ。だから名誉ある事をしに行くのだと言いたいが、それよりもこの討伐が成功したら三週間の休暇を与える。君達の家が何処にあるのか知らないが、それだけあれば少しの間かも知れないが自分の家に帰る事が出来るだろう」
部下たちは暗い顔から一転していい表情になっている。
俺は満足していると、中隊長が俺の手を取ってその場から俺を連れ出した。
「おいっ何であんな事を言った。私はねぇ考えて置くとしか言っていないぞ」
「了承したから私に話させたんじゃないですか」
「お前の小隊だろ、話すのは当たり前じゃないか」
俺は部下達に見えないように必死に謝り続け、ようやく部下達だけは休暇が貰えることになった。
折角、ディアナに会えると思ったのに。