第七十三話 ハルティ砦に到着
ハルティ砦までは飛竜で送って貰えることになり、若干後ろ髪を引かれる思いだがやむを得ず乗り込むことにした。
ディアナとはあの後で少し揉めてしまい会ってもくれない。
国境警備隊行きを変更するように頼んでくれと言われたが、国王様の前で堂々と言ってしまったのだから今更言える訳は無いだろう。
「それではアル様、ハルティ砦までご案内致します」
ルーサーより一回り小さい飛竜が王都の空に飛び上がって行く。
「あのですね、様を付けるのは止めて貰えませんか、私はつい先日、入隊したばかりですので」
「先日と申されても、アル様の方が階級が上になりますので敬語はやめてください。ちなみに私はアル様に助けて頂いた生徒の内の一人ですよ」
若いドラゴンライダーだとは思っていたが、彼があの中に居た一人だと分かると何故だか嬉しくなってきた。
「分かった。俺はもう敬語はやめるけど、君の名前を教えてくれないか」
「承知しました。私の名前はナタンです。あの時は本当にありがとうございました。同期を代表してお礼を申し上げます」
「あの状況なら誰でも君達を見捨てようなんて思わないよ、それよりあの事件のせいで自主退学者が出たんじゃないのか」
「確かにあの後、騎士を諦めようとする者もいましたが、アルさん達に救って頂いたことをみんなが理解して全員が卒業致しましたよ」
俺が対魔獣戦で驚かせてしまった時は辞めてしまった者がいたと聞いたが、あの事件以降は誰も辞める者はいなくて全員が卒業したと聞いて、本当に助ける事が出来てよかったと思う。
「何か報われた気になったな、ところで話を変えてしまって悪いんだが、遊撃隊って何だ。あの場で断ってしまったがテオがずっと勿体ない事をしたと言うんだよ」
「それは仕方が無いですよ、遊撃隊は選ばれた者達の集まりですから」
ナタンが言うには遊撃隊は五年前に発足され、武力の高い者が集められ、例え遊撃隊から離れることになっても高い地位が約束された隊だそうだ。
出世には興味が無いが、遊撃隊は各地の揉め事や対国の対処に指揮官として派遣され、仮に魔族との間にまた何かがある様であれば第一線で戦う事が出来る。
「まぁ今さらそれを知ってもどうしようもないしな、そもそもレオニダス様が言い出したから俺にはこの道しかないしな」
「勇者様の意見でもありますからね、けどそれにしてもハルティ砦は無いですよ、あそこは平和すぎてだらけているようですからね」
ナタンはハルティ砦の現在の様子を俺に伝えたいようだったが、俺はそれ以上不必要な知識は教えなくていいと言った。
まだ現地に入った訳でもないのに、余計な先入観は邪魔になってしまうだろう。
「それはそうと、国王様に結婚を宣言されるなんて光栄な事ですよね、同期の女達は憧れていましたよ」
「だけどいきなり別居だぞ、それにあの日以来まともに口を利いてくれないんだ。見送りも無い状況を見れば分かるだろ」
「あぁそうでしたね……」
国境警備隊にどれぐらい休みがあるか分からないが、少しでももらえる事が出来たら王都に帰らなくてはいけない。
前からディアナは少し怖かったが、年齢を重ねたおかげかその強さは更に増している様だ。
俺が失ってしまった時間に当た出来事をナタンは分かりやすく教えてくれ、二日後にはハルティ砦の城壁の上に降り立った。
ハルティ砦の南西はドワーフの国であるクローネン王国があり、眼下には一つの大きな街が薄っすらと見え、その街から煙が上がっている。
南にはかなりの大きさの城壁が真っすぐ南へと向かっていて、その城壁の先には我が国唯一の港町であるエスペラがあり、そこはクローネン王国から譲り受けた土地となっている。
砦の南東にはあまりいい関係とは言えない人間の国であるブルキナ共和国があり、森の中心が国境となっている。
広大な範囲の為に城壁は無いのだが、お互いが作った柵の壁がその中にある。
砦の北側にはクサンティの街があり、その二つの街と砦が担当地区となっている。
勤務体制は中隊が四つ在籍してあり、一定の帰還で三つの場所を一つの中隊が担当し、残りの一つの中隊は、三つの地区のサポートに回る。
二つの国を警戒しなくてはいけないようだが、クローネン王国は友好国であるし、ブルキナ共和国もわざわざ魔国と隣接している我が国を攻めてこようとなどはしない。
逆にブルキナ共和国の方が我が国を脅威と思っているだろう。
隊の中身は三十人が一つの小隊を形成していて、その小隊が四つ集まると一つの中隊となる。
俺は入隊したばかりなのにいきなり三十人の部下を持つことになり、多少の不安を感じてしまう。
「マイヤー小隊長でいらっしゃいますか、司令官がお待ちになていますのでご案内いたします」
飛竜に近づいて来た兵士が俺に声を掛けてきて、その兵士は俺よりも年上だと思うがそもそも俺自身も身体は二十代半ばなのでよく分からなくなってくる。
砦の中にある一室に案内され、正面のこの中で格段の上質な椅子に座っているのが司令官と思われ、その人物を囲むように十人ほどが座って一斉に俺の方を見た。
「ただいま赴任いたしました。アル=マイヤーです」
「良いご身分だねぇ、もっと早く来れなかったのかい、やはり勇者様と総司令官殿の秘蔵っ子は違うねぇ」
それが俺の直属の上司になる、ここの中隊長の中で唯一の女性であるイレーナとの出会いだった。