第七十一話 最後の仕上げ
祖父によって連れて来られた場所は、四方を山で囲まれた盆地で中央には湖があり、山の間から川が流れ込んでいる。
中々過ごし易そうな土地になっているが人の気配は無く、一つの山を越えた先にはデガニア国というリザードマンが支配する国に繋がっているらしい。
決して近づくなと念を押されたが、友好関係にない国にはわざわざ近づきたくないし、そもそも何処の山の先なのかも忘れてしまった。
この場所での狩りは、ただ湖の周りを走っているだけで俺を捕食したい魔獣が自然と寄って来るし、俺に危険を感じさせるような魔獣はいないので、はっきり言ってしまうと退屈で、しかも物足りない。
ただ、寝ている時に襲われてしまったら話は変わってしまうので、長時間連続で眠る事は出来ないが、そんな苦痛はスキルが背負ってくれる。
この場所にいる魔獣もそろそろ全種類を討伐したと思えた頃、クレイグを連れた祖父が久し振りに姿を見せた。
「どうだ調子は、この辺りの魔獣は種類が豊富でいいだろう」
「種類はいますけど、危険を感じる魔獣がいないのでつまらないですね、数だけはいますのでちょうどいいのかも知れませんが」
俺と祖父との会話を聞いていたクレイグが呆れている。
「いやいや、普通ならこんな場所で一ヶ月も一人で過ごすのは無理だよ。君は恐ろしいね、それに病み上がりの君をこんな場所に置き去りにするランベルト様も凄いですね」
「そうか、なら儂の護衛連中も此処で鍛えるか」
「止めて下さい、そんな事をしたら全員辞めますよ」
祖父は密かに口角を上げたのを俺は見過ごさなかった。
もしかしたら本当にやってしまうかも知れないので、今度、レオニダスに伝えておこうと思うが、止められるかは知らないが。
てっきり場所の移動か様子を見に来ただけかと思ったら、今日から祖父とクレイグも此処で過ごすそうだ。
ただクレイグは本当に嫌そうにしている。
その日からの訓練は、クレイグ祖父が交代で戦いを仕掛けてくる。
クレイグはスピード重視のレイピアを使ってきて、たまに俺の最中に冷や汗が流れる程の攻撃をしてくるので俺に余裕はないし、重いハルバートと相性は悪く、何度か肩を貫かれてしまっている。
直ぐに祖父が治してくれれば動きやすいのだが、その日の訓練が終わる迄は祖父は傷を治してはくれない。
クレイグが疲れてくると祖父の出番となるのだが、祖父は勇者のスキルを使用しなくても殆どの攻撃が俺のスキルを簡単に破って来る。
怖さがあるが、身体が動くようになるにつれ元の身体に戻って行くようで嬉しくなる。
その日の訓練が終えて食事の支度をしている時に、クレイグが祖父に聞こえないように話しかけて来た。
「いつまで続けるんだろうな、もう五日はいるんだぜ、そろそろ君も学校に帰りたいだろ」
「それは気になりませんが、せめてクレイグさんに一撃を食らわせたいですね」
「待てよ、君はあれで攻撃するつもりなのか、ずっと防いでいるだけだったじゃないか」
「今はその練習をしているだけですよ、もうすぐ攻撃をするので楽しみにしていてください」
クレイグは大きく口を開けたまま祖父の方に行ってしまい、祖父の怒鳴り声が聞こえてくてこの近くにきていた魔獣が逃げ出してしまった。
翌日からは攻撃を試し、何度かかすり傷を負わせた後で一ヶ月後には右腕を切り落とす事に成功した。
直ぐに祖父が治してくれたので今度は両足を切り落としたのだが、それ以降クレイグは俺と手合わせを一切してくれなくなった。
クレイグの「剣で舞う者」のスキルは速さだけではなく、戦い難さもあるのでいい練習相手になるのだが。
その内、クレイグだけが領地に戻る事が決定したので喜んでいるクレイグに近寄った。
「最後にもう一度手合わせをしませんか」
「木剣ならいいけど、それ以外は嫌だよ」
「木剣は重さが違うんですよ、良いじゃないですか切れても直ぐ繋がりますよ」
だがクレイグは明日を待たずにグリフォンで帰って行ってしまった。
少し経つとグリフォンは戻ってきて、いつものように魔獣を食い漁っている。
それから祖父は宰相の地位を利用してなのか分からないが、代わる代わる訓練相手を連れて来て俺の相手をさせた。
始めは勇者である祖父だけで良いのではないかと思ったが、俺の身体能力よりかなり低い人でもスキルの使い方で脅威に感じる事が何度もあるので楽しくて仕方がない。
彼等との訓練はこの先俺にとっての財産になる事は間違いない。
「アル君、君はスキルを怖がっている様だけど、そろそろ引き出さないとな」
その日の練習相手である少尉の同僚のサボイアが練習の後で言ってくる。
「分かっているんですが、どうしても躊躇してしまって」
「気持ちは分かるが、練習した方がいいぞ」
ここまでも三つ目まではたまに使っているが、どうしてもそれ以上踏み込めないでいる。
スキルも部屋の中に現れてくれないのが原因の一つだと思う。
ただこのままではいけないと思い、四つ目や五つ目を試そうと決めた矢先、祖父との訓練は終わりを告げた。
「アル、そういえばお前の卒業式が過ぎてしまったな」
「えっどういう事ですか」
「だから帰る日を忘れていたんだよ、卒業出来たんだからいいだろ、式ぐらい出れなくても」
決して良くは無いし、俺は授業何て受けてもいない。
いきなり卒業と言われたって進路すら決まっていないじゃないか。