第六十七話 襲撃の後
目を覚ますと同時に全身に痛みが襲ってきているので、思わず叫び出しそうになったが、何とか息を整えて状態を確認する。
痛みがあるという事はスキルが作用していないせいなので、これが部屋で言われた代償に違いない。
暫くすれば元に戻ると信じるしかないが、今の俺は身体を動かす事は全く出来ず、辛うじて顔だけは動かす事が出来る。
周囲を確認すると、どうやらここは前にもお世話になった事がある治療院のようだが、この前と違っているのは、俺を覆い尽くすように水色の幕のような物が浮かんでいてそれには不思議な文字が書かれている。
まだ他にも考えたい事があるのだが、強い眠気が襲ってきてそれに抗う事は出来ない。
アルが一時目を覚ました日の午後、白いローブを纏ったディアナが病室に入ってきて、寝ているアルの隣に座ると両手でアルの手をしっかりと握った。
「ねぇ、外はとてもいい天気だよ、早く目を覚まさないと勿体ないぞ、それと昨日の夜、ユナに子供が生まれたんだよ、ユナに似ていて凄く可愛かったんだから」
「ユナに子供って、何を言っているんだ」
いきなり話し出したアルを見てディアナは驚きの余り椅子から転げ落ちそうになったが、直ぐに目から涙が溢れ出してきて泣き叫びながらアルに抱きついた。
「痛い、痛いよ、何だか知らないがスキルの効果が無いんだ。頼むから抱きつくには止めてくれないか」
「ごめん、それよりあんたは何時から目を覚ましていたの、いきなり話し掛けるなんてズルいよ」
「一度目を覚ましたけど、直ぐに眠たくなったんだ。そしたらユナ……」
ディアナが俺から離れてくれたのはいいが、涙を拭いているディアナの顔を見て言葉が詰まってしまう。
「どうしたの、身体が痛いの」
「それもあるけど、君は本当にディアナなのか」
「当たり前でしょ、何を馬鹿な事を言っているのよ」
「いや、だって、なんだか雰囲気が違うだろ、かなり大人っぽいというか、凄く綺麗になっているし」
ほんの数日前のディアナとはかなり変わってしまっているので、出来が良すぎる偽物としか思えない。
「当たり前でしょ、あんたは五年以上眠っていたんだから」
ディアナの言葉に思わず思考が停止してしまいそうになる。
確か前にあの力を使い切った時は数週間だったはずだが、今回は限界を超えて使ってしまったせいで五年以上も過ぎてしまったと言うのか。
「あのさ、それって本当の事か」
「信じられないのは分かるけど、本当なんだよ。眠り続けた証拠を見せてあげるよ、痛いかも知れないけど少しだけ我慢して」
ディアナは俺の腕を持ち上げて顔の前に持ってくる。
確かに腕は痛かったが、それ以上に心の方が痛かった。
俺があれ程までに鍛え上げた腕が枯れ枝のようになってしまっている。
「何だこれは、俺の身体に何があったんだ」
「あんたの身体は中も外もボロボロでね、かなりの治療をしたんだけどこれ以上はどうにもならなかったんだよ、それにどんなに回復魔法を掛けても身体はやせ細っていくし、何時まで経っても目を覚まさないから心配していたんだよ」
「そうか、長い間随分と心配をかけてしまったな」
ディアナは再び感極まってしまったのか、俺を抱きしめながら泣き出してしまった。
身体は激痛で襲われているが、何年も迷惑を掛けてしまったのだからこれぐらいは耐えないといけないだろう。
暫くして泣き止んだディアナは、俺を治療してくれている先生を連れて戻って来た。
「こんな事を言ってはいけないのだけど、君はよく戻って来れたな、私はもう諦めるしか無いと思っていたんだ。だけど本当に良かったよ、まぁ暫くはここで様子を見なくてはいけないがね、ディアナ君もここに居るんだから焦らずに過ごしなさい」
一通り俺の身体を調べた後で先生は出て行ったが、俺には先程の言葉が少し引っかかる。
「此処に居るってどういう事なんだ」
「そのままの意味だよ、私は卒業した後は此処で働いているからね」
「えっ騎士にならなかったのか」
「私のスキルなら此処が一番いいんだよ」
ここはこの国でも有数の治療院だが、ディアナなら騎士としても活躍できたはずだ。
「もしかして俺の為なのか」
「当たり前でしょ、此処で働けば私が回復魔法を掛けてあげられるんだから。いい、そんな事は気にしなくていいからね、それよりもしかしたら今年こそ卒業出来るかもね」
俺はまだ学校に所属しているらしく、今年で卒業出来れば俺達が守った子供達と同じに卒業が出来るかも知れないとの事だった。
「あの事件はどうなったんだ」
「生き残りを尋問したらしいけど、ブルキナ共和国の傭兵としか分からないんだよ、国王様の隠し子とついでに貴族の子供を誘拐するのが目的だったらしいけど、隠し子なんて子はいないし未だに意味が分からないんだよ。ブルキナ共和国も関係を否定しているしね、尋問された男は直ぐに死んでしまったし、もう真相は闇の中だよ。けど子供達は全員無事だったし、先生も七人全員無事だったよ」
何か引っかかる事がある様な気もするが、それが何なのかは俺には分からなかった。