第六十五話 決断
俺達は一体何が起こっているのか分からず、眠ってしまっている者を起こそうとしたが、誰もが深い眠りに落ちてしまって、目を覚ます者は誰一人いない。
「アル、テオ、通信魔道具を探そうよ、助けを呼ばなくちゃ」
ユナにはこの辺りで探して貰うことにして二人で部屋の中を探しに行くと、直ぐに発見する事は出来たのだが、俺達にはこの魔道具を使いこなす事が出来なかった。
「何だよ、どうしたらいいんだよ」
「俺にも分からないけど、ユナなら出来るかもな」
急いで戻ると何故かユナはその場から動いていないばかりか目を瞑っている。
「大丈夫か、魔道具は見つけて来たぞ」
「二人とも静かにしてよ、集中しているんだから、いいからもう一度みんなの様子を見て来てよ」
俺とテオで再び様子を見に行くが、先程と全く状況は変わっていない。
「原因は何なんだ。アルは食べたり飲んだりしたか」
「いや、俺は何も口にしていないけど、グレタも何も食べていなかったんじゃないか、多分、飲み物が原因だと思う」
「ちょっと戻ってきて」
ユナの声が聞こえたので急いで戻ると、東の森を見ながらユナが震えている。
「どうした、何か分かったか」
「うん……、かなり距離が離れているけど最初に一つだけ強い魔力があったの、そこを中心に悪意がどんどん増えてきているよ、多分、かなりの人数がいる」
「何だよそれ、俺が偵察に行ってくるよ」
テオが慌てて走り出そうとしたが、その手をユナが掴んだ。
「もう少しだけ待って、もっと集中して探るから」
ユナがスキルで探っている時間は僅かでしかなかったが、俺達にはとても長く感じている。
しかし、ユナの情報が出るまではただ待つしかない。
「分かったよ、最初の一人を残して他の連中はこっちに向かって来るよ、数は少なくとも百人はいるね、小走り程度の速さだからここに来るのにまだ時間がかかると思うけど、皆を隠れさせる時間何てないよ、ねぇどうしよう」
「アル、お前の考えは何だ。俺はユナにどうにかして魔道具を使って救援を呼んで貰おうと思う。そして救援が来るまでの間は俺とお前で時間を稼ぐしか無いと思う」
「俺はユナはテオの意見通りで良いと思うが、俺には動いていない一人が気になるんだ。そいつが動いていないとなると、もしかしたら転移のスキルの持ち主かも知れない」
「おいおい、そんなの夢物語だろ、転移何てものは物語の中でしか無いんだ、それに転移が出来るとしたらこの場に現れた方がいいし、この場から転移した方が早いんじゃないか」
確かにテオの言う通りなのかも知れないが、ここでこれ以上その事について議論をしている時間は無いだろう。
「確かにそうだが、そいつが中心だと言う事はユナのスキルで分かっているんだ。上手い具合に一人でいるらしいからテオはそいつを仕留めてくれないか、俺はお前が戻って来るまでここを死守してみせるから」
ここで俺とテオが二人で戦った方が安全策なのは分かっているが、何故、一人でその場所に留まっているのかが気になってしまう。
そいつの事はどうにかしないといけない様な気がしている。
「お前ひとりで百人なんて相手に出来る訳ないだろ、ユナの事は戦力として考えるな」
「分かってるよ、周りが敵しかいないのならスキルを遠慮なしに使うつもりだ。それにまたそいつから援軍が来ないとも限らないんだぞ、そうなったらどうする」
テオは俺の予測を理解してくれ、深く溜息をついた。
「そうなったら終わりだよな……。ユナ、そいつの正確な場所を教えてくれ、俺がそいつを仕留めたら直ぐに戻って来る。まぁ俺が倒す前に援軍を呼び寄せられたら終わりだけどな」
「そうなる前に倒してくれ」
「お前も俺の心配している場合じゃないぞ」
ユナに詳しい場所を聞いたテオは暗闇に溶け込み姿を完全に消した。
向かって来る奴らはまとまって来ているので、テオは多少の迂回をすれば目的地に着くはずだ。
ユナはテオが消えて行った先を見届けると魔道具で通信を試みるが全く作動する気配がない。
座学を無視している俺達の弱点が此処に来て出てしまっている。
ただ、魔法に似たスキルを持つユナなら出来るはずだと信じたい。
「アル、無理だよ、全然反応してくれないよ、せめてみんなを一ヶ所に集めた方がいいんじゃないかな」
「そんな時間が無いとユナが言ったんだろ、いいか、此処の事は俺に任せてユナはそれに集中してくれ、だからユナは何処かに隠れてやって欲しい。此処で何があったとしても出てくるなよ」
ユナを説得しながら俺は自分の身体を必死に叩いている。
自分で自分を痛みつけた所で苦痛が溜まるのかは分からないが、今の俺に出来る事はそれしか思いつかない。
ユナは諦めきれず、一度だけグレタを平手打ちしたが全く反応が無いので宿舎の中に走って行った。
俺達の出したこの決断は正しいのか間違っているのか分からないが、動いてしまった以上やるしかない。
気持ちよさそうに眠っている子供達を見ながら森に向かって歩いて行く。
森と会場の間は離れているが、それでも守りきるには場所は狭く、なるべく此処に来る奴らを近づかせたくない。
俺はなるべく此処から離れた場所で戦いをしなくてはいけない。
そして俺が守らなくては。
「父も祖父もこんな気持ちで戦っていたのかな」
独り言を呟いていると、森の中から悪意を巻き散らかしている奴らが姿を現した。