第五話 勇者の部下
祖父の指導の元、かなり厳しく鍛え上げられているがあれから一度も衝撃波を出す事が出来ずに一週間が過ぎてしまった。
早朝の全力疾走が終わり、家に戻るとそこには祖父と髪の毛の無い男が立っている。
「アル、彼は私の部下のレオニダスだ。彼のスキルは体力放出じゃからな、多分貴様のスキルと似たようなものじゃろ、彼に教えて貰うがよい」
レオニダスは顔の雰囲気とは違い体格が良く、俺と同じ坊主なのでかなり親近感が沸いたが、そこはちゃんとした騎士道に乗っ取った丁寧な挨拶をした。
「こんな引退まじかの老人にそんな挨拶をしなくてもいいよ、それより君の訓練に付き合う事になったが、山に付く前までに衝撃波を出した状況をちゃんと話してくれないか」
「はい、分かりました。では準備をしてまいります」
着替えとついでに朝食を済ませようと思い、家の中に入ろうとしたが祖父が俺の前に立ちはだかる。
「貴様は何処に行くんんだ。もう残り一週間しか無いのだからさっさと行って来い」
俺は逆らえるはずもなく、レオニダスと共に馬で山に向かうことになった。先程までかなり腹が減っていたが、何故か段々と空腹感が消え去って行く。
これも「苦痛変換」の仕業なのだろうか。
「ほらっ、これでも食べなさい」
レオニダスは俺に干し肉と水の入った革袋を投げて寄こした。
お礼を言うと、レオニダスは片手を軽く上げてそれに答える。
「君のスキルは凄くいい物に思えるが、君自信が自分をちゃんと管理しないと危険だと思うよ。先程までは空腹で仕方がないような顔をしていたが、今はどうだね、君は空腹感など無いだろう。確かにそれは良い事なのかも知れないが、君の身体はどうなのかな、人は食べないと死んでしまうんだよ」
更にレオニダスは先程の俺の様子を問題としていた。走っている時は激しく息を吸っていたように見えたが、挨拶をしたときの呼吸は余りにも普通過ぎたからだ。
果してそれが本当に呼吸が落ちついたからなのか、それともスキルの影響なのかは自分で意識づけなければいけないと言ってきた。
あの時は顔色が悪く、身体に酸素が足りていないように見えたらしい。
自分の訓練後の身体の中の事など余り気にしなかったが、もし一人で訓練を続けるのであれば自分でちゃんと体調を見ないといきなり倒れてしまう事があるかも知れない。
苦痛を感じない事は良いのだが、少しだけ恐怖を感じてしまう。
「そんな心配そうな顔はするなよ、ただ普通に食べて普通に過ごせばいいだけだぞ。今迄と何かが違っているのを感じたらそれが苦痛を無効にしている証拠なのだから、その内に慣れるだろうよ」
「分かりました。食欲が消えて行ったのは先程が初めての経験でした。ただ苦痛が消えていくのは良い事だけでは無いのですね」
「まぁそれ以外にも気になる事はあるが、それはその都度指摘させて貰うよ、それより君の変換の部分の方が気になるな」
前に衝撃波を出した状況と、祖父との訓練の内容を全て話していく。
ときおり質問を受けたが思い出せる限り丁寧に答えた。
話している内に山の麓に到着する。
「まぁいいだろう。ここからは歩いて行く事になるが、その前に私のスキルで君が出した衝撃波に近いものを見せてあげよう」
レオニダスは衝撃波を出すらしく、俺に少し離れるように言ってきた。
すると剣を構える様子はなかったのだが俺の身体に風の塊がぶつかって来た。
「どうだね、威力はかなり抑えたが、こんな感じでいいのかな」
「そうですね、多分同じ系統だと思います」
「そうか、じゃあ次を見せよう」
今度のレオニダスは剣を構えると、薄っすらと何か光のようなものが剣に集まっているように見える。
そのまま剣を振り下ろすと斬撃が飛んで行ったようで先に立っている巨木を切り倒してしまった。
その原因を作ったレオニダスは激しく息を吸っている。
「もう、私も歳だな、やはり引退をしようかな。いいかい、今のは私の体力を斬撃に変えたんだ。ちなみに最初に君に当てたのはただ放出しただけだ」
レオニダスの斬撃の発動の仕方は身体の中にある力の塊を剣に纏わせるイメージを持つのだそうだ。
俺に当てはめるとすれば、身体の中に苦痛の塊のようなものが存在するはずだから、まずはそれを探し出す事が大事らしい。
何となくだがイメージが見えてきたので試すが何も起こらなかった。
「焦らなくてもいい。私はこの力に気が付いてものにするのに五年はかかったな、そうだ一つだけ言うと、内にある力を全て引き出しては駄目だからね、君も少しは経験したと思うが、力を残しておかないと反動がくるんだよ、私ですらかなり引き出すと暫く意識が戻らなくなるが、その先を経験していないんだ。もしかしたら死んでしまうかも知れないよ」
レオニダスがまだ若かった頃、魔族の大群にその技を使い見える範囲の敵は全て斬り殺したらしいのだが、その事を聞かされたのは一ヶ月後での病室の中だったそうだ。
その間はずっと意識が無い状態だけではなく、何度も命の危険が襲っていたらしい。見えない所にも敵がいるかも知れないと考えて、力の全てを出しきった訳では無かったのが幸いだったと言ってきた。
もし使い切ったらどうなっていたのか答えは一つしか無いだろう。
「さぁそんな事より、山を登ろうでは無いか、中腹なら誰にも見られることは無いし、いくらでも叫んでも気にしなくていいからね」
レオニダスが案内したその中腹はかなりの開けた場所があった。
てっきり祖父のように魔獣の住処に連れていかれると覚悟していたが、周りには小鳥のさえずりが聞こえ、涼しい風が吹きこんでくる最高の場所だった。
しかし、そこからの五日間は悲惨としか言いようがない。
食事は大切だと言っていたはずなのに俺がまともに食事が出来たのは最初の一日だけ、俺は最初に感じたレオニダスのイメージは全て間違いだったと思っている。
やはり祖父が信頼している部下は祖父と同じような思想を持っているようだ。
俺は何度も崖から突き落とされ、何度も締め落とされ、何度も毒草を食べさせられた。
毒草を食べても苦しくは無かったが、身体は拒否反応を示したようで身体中の水分を吐き出したりした。
与えられた食事は毒草の身だったが、それを食べても吐き出さなくなった頃、俺が掴んだのは怒りによって身体の中にある何かをようやく感じ取る事が出来た。
それは塊というのではなく、暗い中にある扉の様だった。
そこまで分かったところで、ようやくこの訓練は終わりを迎えることになった。
俺は気にしていなかったのだが明後日から新学期が始まってしまうらしい。
人間らしく優しさを取り戻したレオニダスが教えてくれた。