第四十五話 気持ち
頂上からの壮大な景色をみて俺とディアナの関係が良くなった訳では無いが、景色をそれなりに堪能した後でまたいつもの小屋に戻った。
翌日からも通常の訓練が行われ、俺の攻撃が若干ではあるが中尉に当たるようになってきた。
「ようやくハルバートに振り回される事が少なくなってきたな、お前の武器だと掠るだけでも実戦ではかなりの脅威になると思うぞ」
「有難うございます。何となくですが俺の思い通りに動く様になったと思います」
「お前のスキルが有能なんだよ、こんな僅かな時間で筋肉が付くんだからな、羨ましくて仕方がないよ」
俺の腕を触りながら言ってくるが、中尉のスキルだと重さを全く感じさせない事が可能なので、中尉はあれ程の重いメイスを振っているとは思えない程の速さで攻撃をしてくる。
ただ攻撃が当たる瞬間だけは重さを戻しているので、中尉は自分のスキルを良く理解しながら使用している。
俺は此処に来てからレバーを上げる事を禁止されているので、自分のスキルをもっと上手く使いこなすにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
ただし狩りをしている時には部屋の中に入る事だけはしているのでだが、俺が何もせずに部屋から出て行くので例の声からは毎回文句を言われている。
自分のスキルに文句を言われるとは思ってもみない経験だ。
午前の練習が終わるといつもなら中尉は直ぐに小屋に引き返すのだが、珍しく二人だけで話がしたいらしくその場に座るように言われた。
「何かありましたか」
「何かじゃない、お前とディアナは一体どうなっているんだ」
どうなっていると聞かれても困ってしまう。
俺達はあれから急接近する訳でもなく、ただ前みたいに普通に話せるようになっただけだ。
まさか中尉の前で愛を語る程愚かではない。
「もう険悪な雰囲気にはならないと思いますが」
「そうじゃ無くて、本当に結婚するつもりなのか」
確かにあの時思わず抱きしめてしまった時は、思わず感情に流されてしまったのかも知れない。
ただあれからはディアナの事を真剣に考えるようになり、いつの間にか好きになってしまっている。
それに魔法の影響とはいえ、俺はあれだけの事をしてしまった責任として結婚すると宣言をした。
もう今更撤回など出来る訳はないし、撤回しようとも思わない。
ここでぐたぐた考えた所で話は先に進まないが、ディアナの気持ちを確認する事を忘れていた事を思い出した。
「すみませんが小屋に戻ります。俺の気持ちは中尉もご存じでしょうが、ディアナも俺と同じなのか聞くのをすっかり忘れていました」
俺は急いで立ち上がり、ディアナの待っている小屋へ全力で走り出す。
「おいっちょっと待てよ、落ち着けよ……。駄目だあの野郎興奮したまま行っちまったよ、折角魔法の説明をしてやろうと思ったのに、もう俺は知らないぞ」
アルは小屋に戻り、勢いよく扉を開けた。
「ちょっと話があるんだ、いいか」
小屋の中で瞑想していたディアナは思わず心臓が飛び出してしまいそうな程。驚いてしまう。
「もっと静かに入って来なさいよ、怖いでしょうが」
若干、不機嫌なディアナを見てしまうと言いずらくなってしまうが、この事は大事な事なので後回しする事は出来ない。
「それは悪かったが、それよりこの前の返事をちゃんと聞かせて欲しいんだ」
アルの真剣な顔を見て、あの事を言っているんだとディアナは直ぐに理解したが、どう答えていいのか悩んでしまう。
あの時は雰囲気に流されるままに抱きしめられてしまったし、アルに対しても嫌な感情は別に無いのだが、だからと言って結婚となると話は違ってくる。
「あのさ、あの事は私も悪かったんだからもう忘れた方がいいんじゃないかな、もしかしたら私を襲った時のあんたは本心じゃ無くて、魔法の影響かも知れないんだよ」
「それはそうかも知れないが、君の身体はちゃんと目に焼き付いているんだ。だから俺は責任をとるって決めたんだよ」
「あんたね」
ディアナは手当たり次第に近くにあった物を俺に向かって投げつけてくる。
俺は何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。
「はいはいはい、そこまでにしろよ、アルはちょっと外に出ていようか」
中尉は小屋に戻って来たと思ったらいきなり俺を追い出しにかかった。
何が問題なのか分からないが、かなり不味い状況になってしまっているのは何となく感じられる。
暫くすると戻ってくるように言われ、小屋の中では涙目のディアナが俺を睨んでいる。
「早く座るんだ。お前はこの先の発言に決して嘘はつくなよ」
ディアナを見ていると痛みの感じないはずの俺なのに心臓が鷲掴みされたように痛い。
「お前は考えも無しに馬鹿な事しか言わないが、本当はどう思っているんだ。いいか、あの時のディアナの恰好の事は口にするなよ」
中尉の言葉に従い俺が思っている事を話始め、それは過去から今までの気持ちの変化も全て正直に伝えた。
「それが本当の気持ちなんだな、だったらお前はあの事を思い出させるなよ、ディアナはそれでいいな」
「はい、それなら大丈夫です」
「そうか、それなら後はは家の問題だけだな」
何だか分からないが、一体どう話が進んでいるのだろうか。
「お前は本当に馬鹿なのか、ディアナはお前の事を許すといっているんだよ」
何故か中尉に怒鳴られてしまったが、いつの間にか問題は家の事だけになったらしい。そうなるとディアナは俺との結婚を了承した事になる。
「あのさぁ何を浮かれているのか知らないけど、あの事を誰かに行ったら結婚なんてしないからね」
ディアナは真っすぐに俺を見ながら睨んでくる。
ディオナはこんなにも怖かったのかと少しだけ思ってしまう。
「よしっ今日で実習は終わりにしよう。アルはどうなるか分からんがラウレンス侯爵に早めに挨拶はした方がいいぞ」
ヴィーランドは思わず仲を取り持つような事をしてしまったので、一刻も早く逃げ出したかった。
これ以上二人に相談されて深みにはまってしまったら面倒な事になってしまう。
この時点でも不味いとは思うが、それでもこれ以上は勘弁して欲しい。
ディアナは別に結婚にはあまり興味は無いのだが、実はこの間から婚約の話が勝手に進められてしまっていた。
兄上の親友だか知らないが貴族であるだけの男より、馬鹿だけど見栄えのいいアルの方が幸せになれそうな気がする。