第四十三話 勘違いから始まる事もある
ディアナはあれからチャームの魔法は一切練習しなくなったが、新たに心を安らげるヒーリングの魔法を覚えた。
この魔法は人間だけでは無く、魔獣に対しても有効で、興奮状態で襲ってきても大人しくなって去っていく事もある。
チャームと組み合わせをすればディアナの命令に従うようになるかも知れないと思ったが、実験もしたくないらしく、あの事が相当のトラウマのようだ。
この山での実習は終盤に近付いているのだが、この異様な空気がとうとう耐え慣れなくなってしまったヴィーランド中尉は、気分転換もかねて山頂に登る事を提案してきた。
綺麗な景色を見せればディアナの気持ちが晴れると思っているのだろうか、もし本当にそう考えているとしたら、思った以上に浅はかな大人だと思う。
「ここよりも頂上は寒いからな、ディアナはちゃんと魔法を掛けてくれよ」
ディアナは俺達の背に手を当てて詠唱を唱えるが、終わった後でも俺の身体には何の効果も感じられない。
わざとかけなかったのか、それとも俺のスキルが寒さを感じさせ無くしてくれているのか判断がつかないが、ディアナの顔を見ても無表情なので全く分からない。
中尉が先頭になって進んで行き、俺が最後尾を受け持っている。
全く会話が無いまま登って行くが、その途中でディアナが足を滑らし俺が身体を支えるようになってしまった。
「大丈夫か」
「平気、それより早くその手を放してくれるかな」
ディアナの言葉には棘があり、俺を見つめるその目の中には未だ憎しみがこもっている様で、その様子を見ていた中尉はいい加減うんざりしてしまったようだ。
「ディアナ、お前を襲ったのは今のアルじゃ無いんだからもう忘れてやれよ、全てお前の魔法が未熟だから悪いんじゃないか」
「違います。あの時の詠唱の中身はアルが私の事をどう思っているか知りたくて心の奥底を開放しようとしたんです。完全な誘惑では無いんですよ、それなのにアルが
あんな真似をするとは、ずっと考えていたから何ですよ」
ディアナの衝撃の告白に中尉は溜息交じりで俺を見てくる。
ディアナの言葉通りだとあれは俺の欲望だという事になってしまう。
「まぁあれだな、アルもいい年なんだからしょうがないんじゃないか、それでディアナはどうしたら許せるんだ」
ディアナ自身もどうしたら許せるのか考えたこともなく困ってしまっている。
ディアナにとってはあの出来事は衝撃的で、ただ恥ずかしさが強いのだけなので、アルにどうして欲しいとかは全く考えていなかった。
俺はディアナの話を聞いてから自分が分からなくなってきている。
てっきり年上の女性がタイプなのだと思っていたが、もしかしたら俺はディアナの事が好きなのかも知れない。
あの行動は間違っているが、あれもまた俺なのだろう。
「私がきちんと責任を取ります。家の事で色々と障害はあるかも知れませんが、ディアナを妻に迎えたいと思います」
俺は胸を張ってディアナと中尉に宣言をした。
ディアナは顔が赤くなって下をむいてしまい、中尉は何故か目を真っ赤にさせて口に手を当てている。
「お前らは少しそこで話せ、俺は先に行っているから」
中尉は歩き出したが、決して若い二人に気を使ったからではなく、もそこのままここに留まっていたら直ぐにでも大声を上げて笑い出してしまいそうになるからだ。
あの時ディアナが何をしたのか知る為に魔法書とディアナの話をすり合わせたので、ディアナはちゃんと理解しているものだと思っていたがそうでは無かったようだ。
確かにディアナは心の解放の魔法を唱えようとした形跡はあったが、最後の行とディアナの魔力のせいで解放ではなくて、ちゃんとした誘惑の魔法になってしまっている。
それにあの時のアルの目を見る限り、決して心を解放した行動ではないと分かりそうだが。
アルもアルであの時の記憶があるのなら、自分の思いとは別にある事に気が付かないとは愚かな男だ。
ディアナの説明を完全に信じて、その結果が結婚を申し込むとは、腹がちぎれるように痛くて涙が出てくる。
これ以上近くにいたら笑いを堪える自信はないし、こんなに面白いのであればこのまま家の障害を乗り越え結婚に向かうのか見たくなってきた。
この事をレオニダスに後に報告をするとかなりの大目玉を食らってしまい、ちゃんと二人に説明するように言われるのであったが、既に手遅れだと言うしか無かった。
レオニダスも頭を抱えながら知らなかった振りをする事に決めたのであった。
「あんた本気なの、まさかそう言えがやり過ごせると思ってるんじゃないでしょうね」
ディアナはアルの真意が測れないので真剣に目を見て聞いた。
「こんな事を軽々しく言える訳無いだろう。俺は確かにやり過ぎてしまったが俺はちゃんとディナの事が好きだからこそ、あんな行動をしてしまったんだ。馬鹿な俺だけど正妻として迎えるつもりだ」
俺はそう言いながら今度は自分の意思でディアナを抱きしめた。
山を下りたら色々と対処しないといけない問題があると思うが、二人で協力して乗り越えて行こうと思う。
その様子を遥か先から見ていたヴィーランドはとうとうこらえきれずに雪に顔を押し付けてながら笑い出している。
ディアナはあの事件の前まではアルに気があるように見えたのでこれはこれで良かったのかも知れない。
アルはずっと単純な奴だと思っていたがここまでの奴だとは想像も出来なかった。
まぁ勘違いから始まってしまう事になるが、多分二人なら大丈夫だと思いたい。
「もういいか、時間が無いんだ早くな、かはっ」
どうしても二人を見ていると笑い出してしまうが、浮かれ始めている二人には気づかれていない。
何の為に頂上を目指していたのか分からなくなってしまったが、頂上は眼前に迫っている。