第四十話 山の麓で
もう少しで到着するというのに、ディアナが意識を取り戻してしまったようだ。
俺の腕の中でもごもごと動き出し、目に巻かれている布を外そうとするので俺はその手を掴んで外させない。
「何なの、何で目隠しをされてるの」
「ディアナ落ち着け、もう少しそのままでいてくれたら地上に着くから」
地上の言葉に反応してしまい、俺の手を強引に振りほどいて目隠しを外してしまった。
「いやーーーーーー」
混乱してしまったのか、叫びだしながら俺から逃げ出そうとしている。
こんな空の上で一体ディアナは何処に行こうとしているのだろうか。
「五月蠅いぞ、アル、早く黙らせろ」
暴れるディアナを必死に押さえこみ、抱きしめるような形になりながらルーサーの背から落ちないようにする。
「痛いってば、それに何処触ってんのよ」
「わざとじゃ無いし、だったら落ち着けよ」
「ねぇ空の上なんだよ、高いんだよ、落ちるに決まってるでしょ」
すると飛竜が首を回して振り返り、何を考えているか分からない冷たい目で俺達を見てくる。
「ぐがぁぁぁぁーーーー」
身体全身に骨まで響き渡る雄叫びをもろに受けてしまい、ディアナは再び失神した。
「ルーサーがお前ら五月蠅いってよ、こいつは俺達の言葉を理解しているんだから落ちるとかいうなよ」
中尉は後ろを振り返って何故か俺の頭を叩いて来た。
この原因は全てディアナのせいなのにどうして俺が叩かれなくてはいけないのだろう。
痛みは全く感じないがあまり気分のいいものではない。
「ほらっ、今から急降下するから、ディアナをしっかりと支えとけよ」
ルーサーは急降下を始めて行く、眼下に見える景色は一面雪景色になっていて白い世界の中に吸い込まれて行くようだ。
身体は自分の身体とは思えないくらい浮遊感に包まれ、ほんの少しだけ経つと身体に重さが戻って来て地上に舞い降りる事が出来た。
ルーサーが降りた途端に周りの雪が俺達を包むように舞い上がって幻想的な光景を生んでいる。
雪のせいで視界が奪われていたが、それが治まると、頂上が遥か上にみえるバジヤマレ山の姿が見えた。
「やはり飛竜は速いですね」
「普通の飛竜ならこんなに早くは着かないさ、俺がルーサーに力を貸していたんだよ」
もともとルーサーは飛竜の中でも速い方だが、中尉が力を貸す事によって更なる速さを生み出している。
重力魔法の使用方法が根本にあるらしく俺に詳しく説明されたが、俺の頭では理解が出来ず、それも全てこの一年間まともな座学を受けていないせいだと思う。
「さぁここからは暫くこの山で暮らすんだ。早く荷物を下ろしたら移動するぞ」
荷物を下ろし終わるとルーサーは飛び去ってしまった。
飛竜と一緒に山に籠るとは思ってはいないが、放し飼いにしてしまって大丈夫なのだろうか。
「どうしたそんな顔をして、いいか、あいつは俺の心に反応して帰る時になったら戻って来るぞ、ドラゴンライダーには自分の飛竜と心を繋げる秘密があるんだ。知りたければ飛竜部隊に入ると言い」
飛竜はこちら側の世界の空では無敵を誇るが、それはあくまでもこっち側だけであって魔国では違う。
本来気性の荒い飛竜を手なずけさせるために一部の能力を押さえてしまっている。
そのために魔国と戦う時は飛竜は前線で戦うのでは無くて、偵察や兵士の輸送として有用されている。
俺はあくまでも魔王と倒す事が目的としているので、どんなに恰好がよくても飛竜部隊に入ってしまう訳にはいかない。
「何なの、ねぇ寒すぎるんだけど」
再び目を覚ましたディアナは雪の世界に居るとは思えない程、薄着をしている。
「温暖の魔法は使えるか」
「そんなの簡単ですよ」
ディアナの魔法のおかげで身体が暖かくなって雪の中に居るとは思えない程居心地がいい。
運良くディアナと行動を共にする事が出来たが、もしいなかった場合はヴィーランド中尉は寒さに耐えられるのだろうか。
「何だちゃんと魔法を使えているでは無いか、それを伸ばすだけでもいいと思うんだがな」
中尉は荷物を拾い上げ山に向かって歩き出そうとする。
「何処に向かうつもりなんですか、街とは逆方向ですけど」
「そうか、君には言ってなかったな、私はアルがハルバートを使いこなせるようにする為の教官としてレオニダス様に命令されたんだ。勿論こんな事はドラゴンライダーの仕事では無いのだが、俺の方にもいろいろ訳があってな」
「訳なんかどうでもいいです。そうでは無くて街での実習はしないのですか」
またしても心の準備が出来ていない状態で連れて来られてしまったディアナには、心底同情してしまうが、こればかりはどうしようもない。
中尉はそんなディアナの気持ちの事などどうでもいいと思っているのか、呆れてしまっている様だ。
「君は馬鹿なのか、ハルバートなんか街中で振り回したら危ないだろ、この山だったらいくら振り回しても危険はないし、練習相手の魔獣なんかいくらでもいるじゃないか」
「そうかも知れないですけど、私は野営の準備はしていませんし、それにいつまで山にこもるんですか」
「学校の連中と同じじゃないかな、まぁ余り成長しない様なら君らだけ残って貰うかも知れないがな」
同じと言われても他の連中の日程なんかは知らない。
まぁ俺は諦めは付いているが、ディアナは本当に不憫だと思う。
それにしても、かなりの長い期間になってしまうと思うが、そんなにも長い期間、飛竜部隊から離されるなんて一体この人は何をしてしまったのだろうか。
俺がそんな事を考えながら山に向かって歩き出すと、背中に殺気に満ちた視線を感じる。
振り返るとディアナが俺の事を恐ろしい目で睨んでいるが、元々童顔の顔をしているのでそんな目で睨まれても怖くはない。
俺のせいでもあるので、同情はしてしまうが。