第四話 VSグラスウルフ
翌日から祖父による訓練が始まった。
目覚めると共に家の近くにある湖をひたすら全力で駆け回る。
その後で祖父との剣術の修行が始まる。
確かに祖父の言う通り俺の感覚が鈍っているように思える。
スキル頼りでは限界が来てしまう為、祖父の言葉通りに気配を感じる事が出来るように意識をする。
それが午前中の間は続けられる。
午後になると、祖父が部下を連れて来て、前半は格闘術で後半は剣術や槍術の訓練が入り、その間にも筋肉練習が入っている。
夕食後は眠る時間が来るまでひたすら走りまわり、眠る前に母にヒールをかけてもらって終了となる。
疲れ知らずの身体のおかげでこの訓練が楽しく思えて仕方がない。
これならば俺の目標に近づく事が出来るだろう。
俺の目標とは勿論、討伐隊の一員に選ばれ魔王を倒すことだ。
現在の魔王がどのような奴なのか知らないが、そのうちまた行動を起こすはずだ。
俺は魔王を完全に倒し、出来る事ならば、魔王の元凶を壊してしまいたい。それが何なのかは分からないが。
同じような訓練が二週間ほど続けられた後、最初に飽きてしまったのは祖父で、とうとうやり方を変えると言ってきた。
「そうじゃ、明日はグラスウルフの巣に行くぞ、最近領民の家畜が襲われて被害が出ているんだ。衛兵が巣を発見したので儂に報告がきたんじゃ、あいつらに討伐される前にお前がやるんだ」
別にその衛兵の祖父の部下なのだからそのままやらせた方は早くて、領民の為になるのでは無いかと思ったが、言葉には出さなかった。
翌朝、祖父は近所に散歩に出かけるかのようなラフな格好で馬に跨り、俺には馬は用意されず案の定走って行くことになった。
グラスウルフの巣は普通の人ならば一日は掛かってしまうが、休憩要らずで全力で走れる俺には数時間で辿り着く事が出来る。
馬の為に休憩を入れたが、それでもかなり早く巣の全体が見渡せる崖の上に辿り着いた。
「おじい様、かなりの数の群れですね、どのように討伐をしましょうか」
「そんな事は貴様が考えるんだ。いいではないか、貴様が突っ込んで行って全滅させれば終了だ。一応儂は逃げ出した奴をここから矢で射抜く」
どう見ても百五十匹はいるようで、スキルがなければ絶対に行く事は出来ない。
だが今の俺にはあいつらを見ても恐怖心は湧いてこない。どうやらスキルは楽勝だと判断したのかも知れない。
崖から身を乗り出し、ゆっくりと降りようとするのを祖父は手を伸ばして俺を捕まえた。
「何をしとるんじゃ貴様は、そんなまどろっこしい真似をせんでもいいだろうが」
俺は持ち上げられそのまま崖の上から巣の中央に投げ込まれた。
高さは五十m以上あるらしく、地上に降り立つまで数秒の時間を費やした。
落ちている最中は若干嫌な予感がして、その予感通りに俺は地面に穴を開け、砂煙で周りが見えなくなった。
身体に痛みは全く感じなかったが、視界が良くなってくると右足首が向いてはいけない方向に向いてしまっている。
どうなるか分からないが、服を切って落ちてあった枝で足首を固定する。右の足首の感覚は無くなっているので、これで動きにくくなってしまった事が確定してしまった。
右足に力を入れるとバランスを崩して倒れてしまう。
顔を上げると臭い匂いと共にグラスウルフと目が合ってしまった。更にはいつの間にかに俺の首の後ろを噛みつかれている。
素早く首に噛みついている奴の無防備な腹に剣を刺す。
断末魔の叫びを上げると俺の首から口を放し地面に崩れるように落ちていく。
するといつの間にかグラスウルフに周りを囲まれてしまい、緊張が走って来る。
一匹が飛び掛かって来たので下に潜り込むようにしながら突き刺す。
左右からも同時に飛び掛かって来たが、円を描く様に剣を振り二匹同時に仕留める事が出来た。
そこまでは調子が良かった。
…………現在は無数のグラスウルフが俺の身体に纏わりついて噛みついている。
歯が食い込む事も無く、痛くも無いのだが身動きが取れない。
どうにかして力を入れて剣を持っている右手を動かそうとしているが、俺の力よりグラスウルフの方が上だ。
このまま疲れるのを待とうとも考えたが、これほどの数だといつになるのか分からず、果たしてそれまで俺の身体は持つのだろうか。
祖父はこの状況をどう見ているのか分からないが、余程の事が無い限り助けてはくれないだろう。
全身に力を込めて立ち上がろうとすると、身体の中から何かの力が湧いて来るような錯覚がある。
「いい加減にしろよ、お前ら」
叫びながら上半身を起こそうとした途端に、体の中から力が溢れそれが衝撃波のようになって周りにいた全てのグラスウルフを吹き飛ばした。
身体全身に激痛が走ったが必死に立ち上がり一番近くにいるグラスウルフを触ってみると、全身の骨が無くなってしまったかのような感触が伝わって来た。
「アル、貴様は何をやったのじゃ」
いつの間にか降りて来た祖父が聞いてきたが、俺には説明する事が出来ず、それよりも眠くて仕方がない。
「おじい様、身体が何か……」
目が覚めると崖の上にいて、下から炎が巻き起こっている。
「目が覚めた様じゃな、貴様のスキルだが、どうやら儂は少し勘違いをしていたようじゃ」
まだ身体が重いが、ゆっくりと上半身だけ起こす。
「勘違いとはどのようなことなのでしょうか」
「儂が思っていたのは苦痛を変換し、無効にするものとばかり思っていたが、もしかしたら貴様は苦痛を力に変換が出来るのかも知れない」
ただ弾き返してだけならば全部のグラスウルフを倒した力は異常だと思う。そうなるともしかしたら苦痛をため込む事が出来るのか知れない。
まだそれが正解なのかは知らないが。
「確かにそのようですが、全方位に衝撃波を出すなんて、一人の時でしか使う事は出来ないですね」
「いや、何か方法があるはずだ。貴様が学校に戻る前にそれを見つけるぞ」
祖父は何だか楽しそうだが、実は俺も胸が躍る思いになっている。