第三十九話 バジヤマレ山へ
飛竜と呼ばれているだけあり、ルーサーは風を切るようにかなりの速さで飛んで行く。
俺は最初こそ見上げるとルーサーの腹が見えていたのだが、今は尻尾の先が見え、辛うじてヴィーランド中尉の姿が見える。
同じように風の影響を受けていると思うのだが、中尉の髪は長いのに風の影響でなびいている様子は無い。
もしかしたら飛竜の背中には何かの秘密があるのだろうか、そもそもあの体格で空を飛べるのだから普通ではありえないのだが。
先程から身体の感覚が無くなっているので、かなりの苦痛を貰っているのは分かるが、何故か俺には眠気が襲ってきている。
俺は眠ってしまうとスキルが無効になってしまうので、もしこのまま眠ってしまったり、意識を失ってしまったら、現在無効になっている者が全て俺の身体に降りかかってしまう。
「ヴィーランド中尉、ヴィーランド中尉、聞こえますか」
俺の口が思っていた以上に動いてくれず、大声を上げる事が出来ない。
ただでさえ風の音が激しいので聞こえるとは思っていないが、無駄だとしても声に出していないと意識が飛んでしまいそうだ。
舌を噛んで痛みで意識を覚醒しようとしても、スキルが邪魔をして痛みなど全くない。
レバーを上げる事を思いついたのだが、既に時は遅かったのか、そこで俺の意識は消えてしまった。
誰かが俺の頬を叩いている。
痛いという事は現実では無いのだが、段々と痛みが無くなってきたので、どうやら現実の世界に連れ戻されたようだ。
俺が目を開けると、そこには何故か疲れた顔をしたディアナが俺の頬をずっと叩いている。
「ここはどこなんだ、それに何でディアナがいるんだ」
「私が聞きたいわよ、何でそうなってしまったの」
「俺もそれが聞きたいな、もっとスピードを上げようと思って、君の方を振り返ったら死にそうな顔をした君がいたんだから」
ここはバジヤマレ山に行く途中にある小さな村で、とりあえず降ろそうとヴィーランド中尉が降り立った時に、たまたま実習先の街に向かうディアナ達が休んでいたそうだ。
ディアナが俺の死んでいる様な姿を見て、慌てて回復魔法を掛けてくれたらしい。
「まさか空の上があんなに危険だとは思ってもみませんでした」
俺の周りにはディアナと中尉だけでなく他の生徒も見守っているので、俺のスキルの秘密はいいたくない。
詳しい話は生徒が居なくなってから話そうと思っていたが、何かを察したヴィーランド中尉が背中の袋から紙を出して、何かを書くとそれを騎士課の男に渡した。
「これを持って君達は実習先に向かってくれ、その手紙にはディアナ君の実習先が変更になったと書いておいたから君達だけで向かうようにな」
突然の中尉の言葉にディアナは大きく目を開けながら抗議を始める。
「貴方が誰なのか知りませんが、勝手に実習先を変えないでくれますか。私はポルタの街にいる魔術師の元で指導を受ける予定なんです。私は回復魔法以外はあまり得意ではありませんので今回は私にとって重要なんです」
「私はレオニダス様の代理を務めるヴィーランドだ。生徒の実習先を変更するなんて簡単に出来るんだよ。それにあの街にいる魔術師よりも私の方が実戦向きだから君にもちゃんと指導してあげるから心配するな」
ヴーランド中尉は近くにあった木に手を翳すと、その木はどんどんと小さくなっていく、地面に埋まっているように見えたが実は潰れていっているようだ。
その奇妙な光景に俺は何も言葉にする事は出来ないが、ディオナは目を輝かせている。
「その魔法は何なのですか」
「重力魔法だよ、それより君の身に何が起こったのか話してくれないか」
中尉は真剣な顔で俺を見ている。
そんな大した話では無いのだが、俺のスキルの弱点を話し始めた。
「そうか、それならあの行動は危険だったな、まぁそのおかげで回復役を確保できたから多少の無茶はやっても大丈夫だな」
また同じ事が起きても面倒だという事で俺は、ようやくルーサーの背中に乗る事が許され、興奮気味に登って行くが、ディアナはその場から動こうとしない。
「何をしているんだ、早く乗れ」
中尉がディアナに声を掛けるが、ただ目に涙を浮かべて俯いてしまっている。
俺はルーサーの背中から飛び降りて、ディアナに近づいて行く。
「どうした、魔法なら教えて貰えるじゃ無いか、もう諦めて行くしかないよ」
「違うの、よくあんたは簡単に乗れるよね、飛竜の事も怖いけど、空なんてもっと怖いじゃない。落ちたら死んじゃうんだよ。私は馬で行くから先に行っててよ」
とうとう大粒の涙を流し始めてしまったのでどうしたらいいのか困惑していると、中尉も降りてきて懐から布を取り出した。
涙を拭かせるためだと思い、やはり大人は気遣いが違うなと思っていたら俺の予想は完全に覆された。
中尉は自分の拳に布を巻いてディアナの顎先を殴り。気絶させた後で目隠しをさせてから俺に良い笑顔を見せて来た。
「アル、意識が戻る前に乗せてしまうんだ。飛んでしまえば泣こうが喚こうが知った事じゃない」
どうしてこうも短慮的なのだろうか、祖父やレオニダスに似たものを中尉に感じてしまう。
それでも文句を言う訳にはいかず、俺はディアナを抱えたまま背中に乗り込んだ。
一気に上空に舞い上がり、加速していくが、背中に乗っているとは思えない程の快適さで、勿論風の影響は全く受けない。
眼前には目的地である山がどんどん迫って来る。