第三話 スキルの秘密
俺が祖父のせいで服がボロボロになってしまったので馬車の前で着替えていると、祖父は顎に手を当てながら真剣な顔で何かを考えている。
母からの問いかけにも一切聞こえていない様で全く動こうともしない。着替えが終わり汚れてしまった顔を拭いているとようやく祖父は顎から手を離した。
「アル、何で貴様は何も反応しなかったんだ。前なら少しでも躱すなり防ぐなりの行動をしていたはずだが、どうしてなんだ」
「よく分かりませんが、ただおじい様の動き出す気配というか、それとも自分の何か感覚が鈍っているようで反応出来なかったですね」
俺の言葉を聞いた祖父は睨みつけてくる。
ただ俺はその場に立っていたが、後ろにいたゴンザや母は腰を抜かしてしまったかのように座り込んでしまった。
すると祖父は睨みつけるのを止めて真顔に戻った。
「やはり貴様は感覚がかなり鈍ってしまっているようじゃな、儂の闘気を受けて涼しい顔でいられる者などさほどいないぞ、ましてや貴様程度の実力では不可能だ。貴様のスキルは面白いがそこは調整しないと不味いな」
「けどおじい様、相手の攻撃が効かないのでしたら、そこは気にしなくてもいいのではないでしょうか」
俺のスキルである「苦痛変換」は痛みを無効化に変換してくれるようなので、無敵状態では無いかと思えて来た。
何処までの力を無効にしてくれるのか知りたいが、祖父の攻撃を防げるのであれば、余程の事が無い限りいけそうな気がする。
「本当に貴様はそう思うのか」
祖父が素早い動きで近づいて来たと思った途端に俺の全身に悪寒が走った。そこからの記憶は無く、俺が目を開けるとそこは懐かしい俺の部屋の天井が見えた。
身体を起こして何処か怪我をしていないか確認したが何処にも異常は見当たらない。
何が起こったのだろうか。
祖父に聞きに行こうとしたら、母の怒鳴り声が衝動から聞こえてくる。
何を話しているのか良く聞き取れないが、かなり興奮しているようだ。
食堂の扉を開けると、何食わぬ顔をしている祖父と、その横で文句を言っている母がいて本来いるはずの執事達の姿は見えなかった。
直ぐに母は俺に気が付き近寄って来た。
「アル、右手はちゃんと動いているの、お腹の傷は痛くないの」
母はよく分からない事を言ってきたが、母によると祖父はいきなり手刀で俺の右手を肩から切り離し、顔を殴って意識を失わせた後で蹴りで俺の腹に穴を開けたそうだ。
母は馬車から飛び出して、ゴンザに回復魔法を掛けさせ、自分は回復魔法で俺の治療をしてくれたので俺の身体は現在無事に元通りになっている。
「クリスタいい加減にしろ五月蠅いぞ、大体儂が孫を殺す訳無いだろうが、儂に任せておけば治すに決まっておるじゃろうが」
「お父様は見ているだけで、動こうとしなかったではありませんか」
祖父は、俺のスキルが身体を修復するのかどうかを確認がしたかったので、ただじっと見ていたらしい。
もし自動回復しなかったら俺はどうなっていたのだろうか、瀕死の状態の俺を死ぬギリギリまで追いやって、それでも治す自信があるとするならば、「勇者」のスキルとは恐ろしいものだ。
「アル、儂が攻撃を仕掛けた時に何かを感じたか」
「確か、悪寒が走ったような気がします」
俺の言葉を聞いて祖父は眉間に皺を寄せ、何かを考えている様だ。
「多分じゃが、無効に出来ない事に対しては感覚が普通になるようじゃな、それと意識が無いときも無効にすることは出来ない様じゃ、それでだな確認したい事があるんだが」
母は抗議をしているがそれを一切無視して祖父は話を進めていく。
その結果、俺は領地一周を全力で走らされる事になった。意味が分からないが、祖父の言葉に従うしか無く俺は駆けだした。
全力で一周する事など無理に決まっていると思ったが、苦しさの欠片もなく走り続ける事が出来た。
ただ途中で眩暈がしてくるので大きく息を吸うと、その眩暈も解消される。どうやら苦しさの感覚も消えているらしく、体の中に必要な空気を取り入れる事を忘れていた為らしい。
一周を終える頃、家の前で祖父は笑顔を見せながら出迎えてくれる。
「アル、貴様は中々いいスキルを授かったものじゃ、貴様の身体は疲れる事を知らんようじゃ、疲れも苦痛の一つなんだろうな、ただこれだけでは駄目だ。次の学年が始まる迄にはもっと鍛えないといかんな、儂も協力してやる」
「おじい様、軍や領主としての仕事があるんじゃありませんか」
「そんなものは知らん。儂は総司令官だが、平和な今なら一ヶ月位どうでもいいだろう。領主の仕事は今まで通りに秘書がやってくれるに決まっておる」
平和だと言ってもやる事はあるだろうし、こんな事を国王様が知ったらどうなってしまうのだろうか、まぁ何故か祖父に甘い国王様の事だから、祖父がへそを曲げて総司令官を辞めると言い出す事より、休暇を与えて自由にさせておくかも知れない。
「勇者」のスキルを貰えなかった事は残念だと思うが、もうその事は気にならない。
少し前の俺なら「勇者」以外のスキルであるなら絶望を感じていたはずなのだが、今はそんな事は微塵にも思わない。
自分の力で数々のプレッシャーを跳ねのけたのではなくて、ただ感じなくなっただけなのだが。
それでも胃の痛みに悩まされたあの頃に比べれば最高の気分だ。