第二話 マイヤー領へ
読み上げた神官の声が上ずっていた。
祖父、父が「勇者」のスキル持ちなのだから、てっきり俺も「勇者」のスキルだと思い込んでいたのだろう。
言い終わった後もずっと石板から目を離せないでいる。
会場はどよめきに包まれ、国王様と祖父は何やら真剣な顔で話していて、上層部の方達も祖父の顔色をうかがっている様だ。
俺はと言うと、最初は絶望に包まれてしまったが、どこからか力が注がれるた途端にどうでもよくなってしまった。
そんな事より胃が全く痛くなくなり、今までずっと感じていた重圧から解放されたような気がして、俺の周りが暖かい光で覆われている様な気がする。
余りにも気分がいいので、このまま神殿を出て行きたくなったが、流石に我慢して大人しく席に座った。
周囲の視線は全て俺に注がれているようだがそれすら気にする事はなく、何年かぶりに気持ちよく眠ってしまった。
「アル、おいっアル、いい加減に起きろよ」
テオが身体を揺すられ目を覚ました。
いつの間にか授与式は終わってしまったようで、退場の時間になってしまったようだ。
「悪いな、何だか全てが開放されたようで眠ってしまったよ」
「お前な、いくらなんでも此処で寝るなよ、ほらっ勇者様がお前を睨んでるぞ」
祖父である、勇者ランベルト=マイヤーは怒っているようで俺を睨みつけている。
少し前であったら恐怖で身体が膠着してしまうが、今は全く感じない。
これが「苦痛変換」の効果なのだろう。
スキルの授与式が終わるとその場でこの年度は終了となり、年度末休みに入る。
イーゴリやその取り巻きが俺に対して何かを言って来ようとしたが、祖父の存在に気が付いて素通りをする。
あいつらがどんなスキルを身に付けたのか寝ていた俺には全く分からない。
「貴様、国王の目の前で大口を開けて眠るとは何事だ」
祖父の拳骨が脳天に突き刺さるが、衝撃を感じるものの、痛みは全く感じない。
俺は何となく頭を押さえながら祖父に頭を下げた。
「すみませんでした。ここ何年も睡眠不足だったので、つい気が緩んでしまったようです」
「まぁいい。ただ残念だったな、だが気にすることはないぞ、もしかしたら勇者のスキルに変化するかも知れん」
慰めているであろうランベルトに向かってわざとらしい溜息を吐く女性がいた。
ランベルトの実の娘でアルの母親のクリスタ=マイヤーである。
「お父様、変な慰めは止めてもらえますか、別に勇者じゃなくてもいいではありませんか」
「ベンノの意思を継ぐには勇者じゃ無いと厳しいぞ」
ベンノとは俺の父親で魔王と相打ちで死んでしまった勇者だ。
俺は祖父や父のようになりたくて幼少の頃からひたすら努力してきた事を思い出した。
「おじい様、私は勇者のスキルではありませんが、それでも父の意思は引き継ぎたいです」
「そんな事、ベンノ君は望んでいないんだけどな」
クリスタがそっと呟いて馬車に乗り込んで行く。
馬車はマイヤー家の領地を目指して進んで行った。
マイヤー家の領地はランベルトの活躍により王都と隣接している場所となっている
俺は外を眺めながらずっと考えている。
このスキルだと武官と内政官のどちらがあっているのだろうか、父の意思は継ぎたいが、その道が閉ざされてしまった様に思える。
学校生活は残り二年あるのでその間にこのスキルで戦闘に耐えうる何かを身に付けなければならない。
馬車がマイヤー家の領地に入ると、真っすぐに家には帰らないで祖父は執事のゴンザに指示を出し馬車を止めた。
「アル、降りなさい。お前のそのスキルは聞いたことが無いのでな、どうしても確かめずにいられん。今から訓練するぞ」
脳筋の祖父にはどうしても「苦痛変換」が気になってしまうらしく、もう少しで家に着くというのに我慢できなかったようだ。
母も諦めてしまったのか馬車から出てこようとはせずに、本を広げている。
湖の畔で互いに木剣を構え向かい合う。
祖父は前線は退いているのだが「勇者」のスキルのおかげで全てにおいて俺を上回っている。
「どうした、来ないなら儂からいくぞ」
目では全く見えない速さで俺の手を砕こうとして打ち下ろしてきた。
反応が出来ずそのままだったのだが、祖父の木剣が簡単に折れてしまった。
「何じゃこの木剣は、腐っているのか、ゴンザ、ちゃんとしたのを持ってこい」
ゴンザは新品のものと思える綺麗な木剣を祖父に手渡した。
それを手に取った祖父はじっくりと木剣を見てから素振りを始めた。
「今度は大丈夫そうだの、アルもただ立っているのではなく、避けるか攻撃したらどうなんだ」
「分かりました。全力で戦わせてもらいます」
全く祖父は無茶な事を言いだした。
祖父の攻撃に一体この国の何人が対抗できると思っているのだろうか、少なくとも俺が今まで見てきた中で祖父より強い人間は見た事が無い。
どのように攻撃をしようか様子を伺っていると、今度は木剣でそのまま突いてくるようだ。
祖父の狙いは分かってはいるのだが、祖父のスピードに身体が反応してくれない。
祖父の木剣が俺のみぞおちを向かって伸びて来たのだが、木剣はみぞおちに当たった途端に破片を変わっていき、祖父の拳が腹に当たって俺は吹き飛ばされた。
俺は身体に付いた土を払う事はなく立ち上がる。
「おじい様、その木剣も腐っているのですか」
「そんな訳があるか、貴様の身体はどうなっておるのだ。痛みを感じないだけじゃ無いのか」
そんな事を言われても、ほんのついさっき授かったばかりなのだから分かるはずもない。
「全てを焼き尽くせ、業火」
いきなり祖父が魔法をぶつけてくる。
見た事はあるが対処法など知るはずもなく、俺は業火に身を包まれた。
「お父様、何をしているのですか、ウォーターシャワー」
母が馬車から飛び降りてきて、燃え盛っている俺に消火の魔法を掛けてくれた。
衣服は焼き尽くされ髪の毛も燃えてしまったが、身体自体には火傷などの怪我はしていないようだ。
それに俺には恐怖心すら全く感じていなかった。
そんな俺を見て祖父は今日一番の笑顔を見せ笑い出した。
「アルよ、貴様は面白いスキルを授かったのかも知れないな」
「それは嬉しいのですが、服は良いとしても髪を燃やすのはもう止めて貰えませんか」
折角、肩まで伸ばしていた俺の髪は全て燃やされてしまった。
ここまで読んで下さり有難うございます。本作は二作目になりますので宜しくお願いします。
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