第百十四話 旅立ちの前
遊撃隊の面々は部屋を出て行くが俺だけはヴィーランド大尉の元に走っていった。
「ヴィーランド大尉、いや王子様ですか」
「いいよ、大尉で、君から王子って言われると恥ずかしからな」
「あの、何から聞いていいか混乱しているんですけど」
「君も竜国に行くんだからゆっくり話す時間はあるぞ、それにな、俺はあの山で君とディアナと過ごした時間が気に入ったから今回の情報を話したんだよ。君は覚悟して参加しろよな、僅か一年間で君はランベルト様を軽く倒すくらいにまで鍛えるつもりだからな」
ヴィーランド大尉も魔国との戦いに参加するものだと思ったが、そこは中立の立場を貫くようだ。ヴィーランド大尉の強さは身をもって知っていて、底が見えないと思っていたが、まさかこんな秘密があるとは驚きだ。
数日後、会議室の中で精鋭部隊が発表され、竜国に修行に行く人間は遊撃隊から「反射」のスキルを持つヘイデンと、同じく遊撃隊から「粉砕する者」のスキルを持つダルマとそこにテオも選ばれた。
勿論、俺もルトロも選ばれている。
もっと人数を増やせばいいのではないかと思ったが、そこには何か理由があるに決まっているのであえて聞いたりはしない。
一週間後の旅立つことが告げられ、他の注意事項の説明を受けていると、部屋の中にテオが入ってきてそっと俺に近寄って来た。
「どうだい、俺が本当に選ばれるとは思っていなかっただろ」
「あぁ驚かされたよ、それより本当に良いのか」
「当たり前だろ、それより必ずお前をディアナの元に帰してやるからな」
会議室を出てからは選ばれた人間は自由時間となり、俺はただ普通に過ごして決してディアナに悟らせないようにだけ注意した。
次の赴任先は辺境の地で一年間だけテオと共に行くとなったとだけ口裏を合わせる。
俺達だけの送別会が行われ、今回はイーゴリの家で催されることになった。
「アルが国境警備隊に行くのはいいとして、何でテオまで行くのよ、折角、フィンレイ王子の近衛兵になったのに勿体ないじゃない。あんた何かやったの」
ユナは相変わらず辛辣で、イーゴリはテオが本当は何処に行くのか知っているのだが、やはりユナには言わずにいてくれている。
「何もしてないよ、これも立派な任務だから仕方ないだろ。いいんだよ俺は」
ユナは納得していない様だが、グレタも不満がある様でそれは俺に向けられた。
「ねぇ最近の遊撃隊はおかしくない。人数を増やすのは良いんだけどその割には全然動いてくれないよね、一体何をしてるの」
遊撃隊員は今までのような仕事は一切やらずに、ひたすら訓練に明け暮れている。
ただそれで間に合わない様であれば、遊撃隊の代わりに王都の警備隊や近衛兵からも応援に行っているので不思議に感じている者は少なからずいるようだが、事実は知らされない。
「そもそも遊撃隊に頼り過ぎなんだよ、兵士がもっとしっかりすればいいんだ。それにそんな事をアルに聞いても答えられる訳ないだろ」
「そうだけどさ、だったらちゃんと説明をして欲しいんだよね、独り身だからいいけどいきなり明後日に出張になったんだよ」
グレタは不満があるようだが、一般の兵士には事実は告げられることはない。
急に戦力の増強が魔国に漏れてしまうと警戒されてしまうからだ。
油断していてくれた方が都合がいい。
この状況は一緒に戦うズーランド国もクローネン王国も似たようなもので、密かに戦力の増強をしている。
何も知らない女性陣と理由を知っている男性陣の間で時折微妙な空気が流れたが、すべてイーゴリがいなしてくれている。
食事会が解散となり、真っすぐ家に帰るのかと思ったらディアナにしては珍しく夜の街で二人だけで飲む事になった。
「どうせ本当の事は言えないと思うけど、今度の任務は危険なんでしょ、お父様も言い難そうにしていたんだよ」
ディアナの表情は真剣そのもので、嘘はつきたくなかったが、本当の事は決して言ってはいけないと命令されている。
「何て言っていいか分からないけど、心配しなくて大丈夫だよ、それにヴィーランド大尉も一緒だからな」
「あのね、余計心配するでしょ、飛竜部隊の責任者が一緒に国境警備隊に行くなんてありえないから」
久しぶりに余計な事を言ってしまったようで、確かにその人事はありえない。
「悪いな、それでも言えないんだ。ただ一年を過ぎたら必ず帰ってくるから待っていてくれ」
納得してくれたのか分からないが、その後のディアナは浴びるように酒を飲みまくった。
酔いつぶれたディアナを背負いながら家に向かって行き、周りに誰も居なくなったことを確認してから物陰に向かって話し掛ける。
「もう見張っていなくてもいいぞ。妻にも話していないんだから心配するな」
「すみませんでした。別に貴方だけを監視している訳では無くて、あの事を知っている隊員が個人行動をするときには全て監視しています」
「それで外部に漏らしたガストーネさんを排除したのか」
ガストーネは魔国との戦争が怖くて誰かに話したのでは無く、精鋭部隊に選ばれなかったのが不満で酒場で愚痴をいってしまったらしい。
その話を聞いた者はスキルによって記憶を上書きされ、ガストーネはその後どうなったのか分からない。
このやり方は充分な効果を得られたが、不満を持つ者も少なからず現れた。
しかし、竜国に行く前、照れくさそうな顔をしたガストーネが俺達の前に現れる事になるとはこの時は予想もしていなかった。