第百十二話 平和な日
ドラちゃんは何処かの山に飛んで行ってしまったが、武装した近所の住民達が飛び出してきて空を警戒している。
俺はディアナに家に引きずり込まれ説教を受けている。
ユナが顔を出してくれたので俺の事を助けてくれるのかと思ったが、二人して俺を責め立ててきた。
「ディアナは大変だね、ずっと寝ていたから頭の中は子供なんだよ」
「いや多分家系だと思うよ、この前にランベルト様が治療院に来たんだけど子供の目の前でグリフォンにエサを食べさせたんだよ、それも生きている魔獣をね」
ため息交じりに俺を説教している二人に対して俺は何も言う事は出来ないが、もう騒ぎになっているのだとしたら今更慌てても仕方のない様に思える。
「また夜に来るよ、グレタにも声を掛けておくから」
ユナは言うだけ言うと自分の家に戻っていたので、この状況で二人だけになるのは気まずさもあるがそれ以上に嬉しさがある。
「まぁいいわ、今日の予定はどうなってるの」
俺は明日から遊撃隊に入る事を告げ、それ以上の事は言わなかった。
ディアナはその日は仕事を休んでくれ二人で王都の中を巡っている。
このような平和な時間が長く続けばいいが、その為にはやらなければならない事がある。
「ねぇ魔王が復活するんでしょ」
「どうしてそれを知っているんだ」
「誰の娘だと思っているのよ、お父様から行かせるなと言われたけど無理でしょ」
公園の椅子に腰を降ろし、悲しそうな顔で遠くを見ながら呟いた。
「そうだな、俺は魔王を倒す為にもっと強くならなくてはいけなくなってしまったよ」
「私が嫌だと言ったらどうする」
「……それでも俺はやらなくちゃいけないと思う」
「まぁ即答しなかっただけましか」
ディアナの希望に沿った答えでは無かったはずだが、ディアナは笑顔を見せてくれた。
夜になるといつもの仲間たちが集まり、たわいのない話をしていたが、頃合いを見てイーゴリは俺とテオを外に連れ出した。
「もう王宮では大騒ぎになっているよ、テオも耳にしただろ」
「あぁ遊撃隊の人数を増やすらしいな、それだけでなくてその中から更に特別な部隊を作るそうだな」
夕方に到着した遊撃隊はそのまま国王に状況を報告し、その場に上層部が集められ話し合いがもたらされた。
いつもなら重い腰の内政官だが今回はそんな事を言っている場合ではなかった。
「俺は志願するぞ、昔の目標であったランベルト様には未だ追いつけないが、ユナ達の為に俺は戦う」
「あのな、俺の戦いを見ていた魔族の使者が俺の事を小物だと言ったんだ。俺はまだまだ実力不足らしい」
「そんな敵の言葉なんか信じるなよ、どうせ負け惜しみじゃ無いのか」
「違うんだ。おじい様はその言葉を認めたんだよ。俺はどうやら今の何倍も強くならなければいけないんだ」
祖父が俺の実力不足を認めたことを聞いて、二人は絶句してしまった。
少し経つとイーゴリは立ち上がる。
「俺は近衛兵としてずっと鍛えているんだ。悪いが俺と立ち合ってくれるか」
俺達三人は夜道を歩いて広場へ歩を進め、俺とイーゴリは木剣を手にして向かい合った。
「悪いけど、本気を出すぞ」
「お前の噂が何処まで本当なのか確かめてやるよ」
イーゴリの身体に力がみなぎって来るのが感じられ、確かに学生時代に比べれば遥かに成長している。
俺は四段階に上げてから現実に戻った。
イーゴリは体勢を低くしながら一気距離を詰め振り下ろしてくる、
当たれば木剣とはいえ俺の身体にダメージを与える事が出来るかも知れないが、それは当たればだ。
俺はイーゴリの木剣に合わせるように剣を振り払い、木剣を根元から砕いた。
イーゴリは限界突破をしたようだが、俺にとってはそれはささいな出来事にしか過ぎなかった。
「どうしてだ、俺はお前が眠っている間にもずっと鍛えていたんだぞ、それなのにこの差は」
どんなに鍛えたとしても実戦から離れてしまう近衛兵では仕方がない様に思える。
「イーゴリのおかげで分かったよ、俺は今のアルには敵わないけど魔王退治に志願する事に決めたよ」
「俺に勝てないのにどうして志願するんだ」
「お前の動きは見えていたからかな、倒せなくても躱す事はできるだろう。魔王はお前に任せるがその手前の梅雨払いはさせて貰うよ」
イーゴリもその可能性に希望を持ったようだが、テオはその肩をそっと叩く。
「お前にはユナや子供がいるんだから止めとけよ、それに近衛兵迄戦場に行ってしまったらこの王都は誰が守るんだ」
イーゴリは肩を落としながら家に戻って行く、あからさまに元気を失ってしまったが、家に入ると空元気を見せていた。
食事会の後片付けの最中にディアナが寄って来る。
「ねぇあんた達は何をやったの、イーゴリがいきなり落ち込んで帰って来たよね」
イーゴリの演技はバレていたようなので、正直に広場でした事を話した。
「そこまでしなくても口で言えば良いじゃない。そうすればあそこ迄傷付く事も無かったのに」
学生時代にその口でイーゴリを傷つけた事をディアナはすっかり忘れていたようだ。
加害者は忘れると言う事を目の当たりにした場面だった。