第百六話 魔族からの使者
王の間の隣にある一室で遊撃隊と士官が集まって本国からの指示を待っていたが、その答えが届くよりも前に王都に魔国からの使者がやって来たとの連絡が入った。
王の間にはサーリーフを中心とした新体制の幹部とアジョア、そしてマテウス王国からは隣の部屋にいた全員がこの場で魔国の使者が入って来るのを待っている。
この場には百人を超える人間がいるのだが、誰もが固唾を飲んで王の間の入口を見続けている。
暫くすると入口の扉が開き、先頭に立って入って来たのは年齢不詳の綺麗な女性で、その後ろにサイクロプスを二体引き連れている。
「おや、クワクの奴は何処なんだい。私は交渉に来てあげたんだがこれでは意味が無いねぇ」
「父上はもう関係ない。私が新国王のサーリーフだ」
「そうかい、ならばあんたは今回どうして私らが侵攻したか知っているんだろうね」
俺の隣にいるシリノは顔色が尋常ではない程の色に変わっていて、全身から恐怖が伝わって来るので、何を見たのか聞きたかったが、今は我慢するしかない。
「あんたと言うの止めて貰おうか、私はこの国の王なのだ。使者殿は……」
「久しいの、アレクシア、まさかお前が使者をするとは、落ちぶれたのか」
サーリーフの言葉を遮り、兵士の中に身を潜めていた祖父が前に進み出てくると、アレクシアは祖父の顔を見た途端に怪訝な表情に変化した。
「驚かさないでおくれよ、懐かしい勇者殿ではないか、いや、元勇者だね、私はねぇ一応責任者として此処に来てやったんだよ、その方が早いだろ」
「それでは貴様を殺せば終わりなのかな」
祖父とアレクシアの間に風が巻き起こったように感じ、剣呑な雰囲気が王の間を包み込んだのでこの場にいる一部の兵士は立っていられなくなった。
「ちょっと落ち着いて下さい、ランベルト殿」
サーリーフは玉座から立ち上がって二人の間に割って入る。
あの二人の間に素早く入っていけるサーリーフは単なる国王とは違う様だ。
それだけの事が出来るなら前国王としっかり向き合ってくれればこんな事態にはならなかったはずなのだが。
「ほんの軽い挨拶じゃよ、なぁアレクシア」
「ふんっ質の悪い冗談だね、年老いてもあんたのその性格は治らないんだね」
「儂の事は気にせず交渉したらどうじゃ」
どの口でそれを言うのか分からなかったが、その場に祖父は座り、サーリーフも玉座に戻って行く。
「で、国王殿、先程の答えはどうなんだい」
「遺跡から魔石を国に持ち帰ってしまった事が原因だと聞いているが」
サイクロプスが目つきを鋭くしながら前に進み出ようとするが、アレクシアに手で制される。
「遺跡ねぇ、この国では墓所の事をそう呼ぶのか、いいかいあの魔石は先代の魔王様の核なんだよ、貴様らが勝手に触っていい物じゃ無いんだ。さっさと寄越すんだよ」
アレクシアの怒気をはらんだ声が響き渡り、まさか先代魔王の魔石とは想像もしなかったサーリーフは急いで取りに行かせた。
「その事は知らなかったのでお詫びするが、戦争の他に方法は探さなかったのか」
「それより、まずは魔石を返して貰ってからだよ」
兵士が魔石の入った箱をサーリーフの元へ届けると、それをアレクシアに渡すように兵士に促した。
アレクシアは魔石をじっくりと確認した後で、サイクロプスの一体に手渡す。
「これで話し合いに入って貰えるんだろうな」
「その資格がこの国にあればいいけどね」
アレクシアが片手を上げると一体のサイクロプスが王の間から走り去り、耳をつんざくような雄叫びを上げ始めた。
その雄叫びに呼応するかのように王都の外からも聞こえてくる。
「何をしたんじゃ貴様は」
祖父は詰め寄って行くが、その前にサイクロプスが立ちはだかる。
「落ち着くんだよ元勇者、いいかい私等は滅ぼそうとすれば簡単なんだよこんな国何て、この私を此処で殺したら部下達は止まらないよ」
「では何をすればいいんだ」
サーリーフは立ち上がると、入口から血相を変えたドワーフの兵士がサーリーフの前で膝間づいた。
「大変です。魔族の軍勢が王都に迫って来ています」
「いいかい、今から部下達がこの王都を攻めてくるよ、あんたは王都が落とされる前に私の条件を飲むしか無いんだよ。まぁ勿論私を殺したらどうなるか分かるだろ」
「貴様、殺してくれる」
祖父がアレクシアに掴み掛りそうになるところを必死にサーリーフが押さえ込み、ドワーフの兵も人壁を作ってアレクシアに近づけさせないようにした。
「ほらっあんたら人間も助けてやったらどうなんだい。じゃないとこの国は滅ぶよ。安心して戦うんだよこの国王が条件を飲んだら部下は引き返させるさ」
「全軍で魔族を押さえるんだ、早く行け」
サーリーフは部下達に叫び、そしてレオニダスの方を見た。
「マテウスの国王には私から謝るので、どうか助けては貰えないだろうか」
「あの約束は果たして貰うぞ、……リベリオ行くんだ」
「かしこまりました」
リベリオがその場で指示を出し王の間を出て行くが、もうこの場には僅かな兵士か残らない事になってしまうのでその事が気掛かりになってしまうが、シリノが小声で話し掛けて来た。
「心配ないさ、ランベルト様とアジョア様がいれば手出しは出来ないぞ」
「本当ですか、じゃあ何でさっきまで震えていたんですか」
「俺が戦ったらどうなるか考えていたんだよ、恥ずかしい事を言わせるな」
籠城戦になれば時間が稼げ、更なる援軍が見込めるので何とかなりそうだと思っていたが、アレクシアはそれを許さなかった。
「いいかい、籠城なんてしたら交渉は一切しないからね、まぁどうするかは任せるよ」
サーリーフの判断は王都の前で迎え撃てだった。