第百二話 カバラからの撤退
この国の王都に向けて撤退する事が一般兵士に告げられ、兵士の中には何故そのような事になってしまったのか不満の声も上がったが、それには明確な答えを告げる事はないまま休息をとらせた。
魔国と手を結んでいたと言う事実は完全な裏切り行為であり、更にいうなれば魔族が装備していた武具は全てドワーフが作った物だ。
「ルトロ副隊長、すまないがもう少しだけこの街に居て貰える事は出来ないかね」
「それは無理ですね、この先の事は分かりませんが一旦王都に引き返せとの命令がきましたので私の一存では決められません。ただ出発する前に偵察だけはしてきます」
「それは助かるよ……」
あからさまに落ち込んでしまったジーモンではあったが、ルトロにはそれ以上助ける事は出来ない。
何故、クローネン王国が魔国と手を結んだかや、不死族の襲来と言っておきながらヴァンパイアなどの上級魔族が姿を見せないのも不思議だが、全ての答えはクワク国王が知っているのかも知れない。
翌朝になり、ドラちゃんと周辺に偵察に行くと、昨日まで霧に包まれていた場所には霧は無くそこにはあまたの死体が横たわっていた。
更に北東に進んで行くと遥か東からエイムスに続いていると思われる霧が一直線になっているのが見えた。
その霧の中にグールを潜ましていると思うが、昨日の情報通りにそれらは見せかけに過ぎないので、ドワーフ族が普通に戦ってくれればエイムスは落とされないかも知れない。
その事を街に戻ってルトロに報告をした。
「ご苦労だったな、では我々は王都に向かうとするか」
ルトロは援軍隊をオイゲン司令官に任せて先に出発させ、俺と二人でジーモンがいる部屋の中に入って行く。
「この辺りにいた奴らは全てエイムスに向かったそうです。私ならこの街に最小限を残してエイムスに向かうでしょうな」
「有難う。君達が掴んだ情報でこの戦いにも光が見えてきたな、ただこの先我が国はどうなってしまうのだろうか」
「港の事があるので直ぐには関係は切れないと思いますが、私には答えられません」
「せっかく築いた絆を失った我が国は孤立してしまうのかな」
そうなってしまう前にブルキナ共和国と手を結ぶのではないかと口に出してしまいそうになったがその言葉を飲み込んだ。
もしそれが実現してしまうと港を守るために争いが起きるかも知れない。
「じゃあ、アル君、エイムス経由で王都に向かおうか」
「そんな遠回りをしていいのですか」
「それでも私達の方が早く到着するんじゃないか」
ルトロの為の運転手として残されている俺にはこれ以上意見を言う訳にもいかず、エイムズ経由で帰る事が決定した。
ドラちゃんに乗り込む時にドワーフ兵から感謝の言葉を投げられたが、俺には素直に受け止める事が出来ない。
この街は完全に安全とは言えないし、彼等とこの先戦う時が来るのかも知れない。
「さぁ名残惜しいが行こうでは無いか」
「そうですね、ドラちゃん思いきり飛んでくれ」
骨しか風を遮るものは無いというのに俺達には全く風の影響はない。
やはり竜種は羽の力だけで飛んでいるのでは無くて、竜種の持っている特別な何かで飛んでいるのだろう。
馬ですら一日を超えてしまうというのに、僅か数時間でエイムスが見えてくるのでドラちゃんの飛行能力はルーサーに引けを取らないと思う。
「こっちは戦闘が激しいな」
街にある殆どの城門に魔族が取り付いて攻撃をしている。
今はまだ対応出来ているようだが、早く後続からドワーフ族が援護の来なければ何時破られてもおかしく無いような気がする。
「どうしますか、ブレスで少しでも数を減らせましょうか」
「いや、全ての戦闘行為が禁止されたんだ。やらなくていいよ」
「けどこのままでは……」
「いいかい、それだけの事をこの国はしてしまったんだよ、それにね此処迄の大軍には僕らが介入してもたかが知れているんだ」
てっきり王都に行く前に少しだけ暴れられるのかと思ったが、冷静に止められてしまった。
確かに俺にもルトロにもスキルの限界はあるだろうし、ドラちゃんのブレスも回数制限があるのかも知れない。
もしここで使い切ってしまったらいざという時に使えなくなってしまうだろう。
「グールの情報はドワーフ達も連絡は入っているはずだ。もう彼等も本気を出して対処するしか無いだろうね、今のままだと私達は手助けは出来ないからな」
後ろ髪を引かれる思いはしたが、王都へと飛んで行く。
低空飛行で飛んで行き、王都に近づくと一気に広場の中に舞い降りた。
既に連絡は言っているらしくドラちゃんの姿を見ても警戒態勢に入る者はいなかったが、背中に乗っている俺達を見る目は畏怖といったものだ。
「あの子は新人のアル君の相棒なんですよ」
誰からも聞かれていないのにルトロは視線を感じるとすぐに説明をしだして、それはドラちゃんが姿を消した後も続けられた。
「もう、言わなくてもいいんじゃないですか」
「嫌だよ、僕は君と違って視線だけでも心に傷が付くんだからね」
俺の事を穿った目で見てくるルトロと共に王の間に入って行くと、懐かしい怒鳴り声が聞こえその後ろ姿に心が少し和らいだ。