第一話 スキル授与式
空一面に雲が広がり、その雲の切れ間から光の束がここマテウス王立上級学校を照らしている。
まるでこれから起こる事を祝しているかのような幻想的な光景だ。
しかし俺はそんな光景を楽しんで見る事すら出来ずにベッドの上で膝を抱えながら震えている。
すると部屋のドアが開き、同室のテオが入って来た。
「おいおい、まだ着替えていないのかよ、もう集合時間だぞ、後はなるようにしかならないんだから早く着替えろよ」
「そんな事を言われても胃が痛くて仕方がないんだよ、俺だけ別の日にならないかな」
「無理に決まっているだろ、俺は先に教室に行っているからな、早くしないとどやされるぞ」
テオはそう言いながら白いパンを投げて寄こした。
もう食堂へ行っている時間などある訳は無いのだから、これがテオの優しさなのだろう。
俺はパンをかじりながら正装に着替え、気乗りしない教室へと向かって行った。
教室の中はいつもの騒がしさは鳴りを潜め、誰しもが緊張した顔で席に着いている。
それもそのはずだ。これから行われるスキル授与式の結果でこれからの人生は決まってしまうと言っても過言ではないからだ。
十六歳の成人となる年の約一ヶ月前になると誰でもそれまでの僅かな生き方によって、何かしらのスキルが神から授けられる。
俺の祖父も父も「勇者」のスキルを与えられた。
二代続いたので誰もが俺に「勇者」のスキルを期待するのは必然だろう。
俺は幼少の頃から祖父に「勇者」のスキルを授かる様に鍛えられた。
そのおかげで俺は難関のこの学校に入学する事が出来たのだが、ここで現実を知ってしまった。
僅か百人しかいない同学年の中で座学こそ一番であり続けたが、格闘術や剣術になってしまうとこの五年の間は一度も一番になる事はなかった。
人以上に努力をしているのに、この学校では上位にいるだけになってしまっている。
「何を眠そうな顔をしているんだ。今日はお前の惨めな姿が見られると思うと俺は楽しくて仕方がないがな」
何故か昨年からいつも俺に絡んでくるイーゴリがにやけながら言ってきた。
こいつは勇者の家系である俺が疎ましいのかも知れない。
ただこいつには格闘術でも剣術でもギリギリでいつも負けてしまう。
「お前こそ、その馬鹿な頭脳が国王様にバレてしまうんだぞ、逃げ出した方がいいんじゃないか」
顔を赤く染めながら俺に掴み掛ろうとしてきたイーゴリを、いつの間にか近寄って来た教師のモルテンが投げ飛ばす。
「五月蠅いぞ、俺を怒らせる前に廊下に並ぶんだ」
モルテンの迫力には敵わず、黙ってみんなと同じように廊下に並んだ。
同じクラスの連中がひそひそ話をしている中で、テオが俺に近づいてきた。
「何も今やらなくてもいいだろうが、勇者のスキルを貰ったらあんな奴は直ぐにやっちまえよ」
「それはいい考えだな」
祖父から聞いた話だと、それまでも誰より強かったのだが、スキルが授けられた瞬間に強さの次元が全く違ってしまった事に気が付いたそうだ。
それならば、俺は指先であいつを痛めつけてやろう。
実際にそんな事をしたら祖父からどんな目にあわされるか分からないから決してやりはしないが。
学校の敷地内にある神殿に入って行くと、奥の扉の向こうからは様々な声が聞こえてきて緊張感が増してくる。
扉の向こうには国王様を始め、国の重鎮や生徒の親達、学校の生徒などが俺達の授与式を見守る事になる。
誰もが緊張で胸が張り裂けそうになるなか、モルテン先生が真顔になって振り向いた。
「これからお前達は国王様と司祭様の挨拶が済み次第、一人ずつ壇上でスキルを授与される。ただ魔石に手をかざすだけでいいからな、神官によってスキル名が発表されてしまうが、例えどんなスキルでも気にするなよ。これは始まりでしかないんだからな」
先生は俺が「勇者」のスキルを貰えないと思っているのだろうか、俺にだけ問いかけてきたような気がする。
(冗談じゃない。俺は「勇者」のスキルを貰う為だけに生きて来たんだ。ここにいる誰よりも努力はしてきた。俺には他に道は無いんだ)
考える度にどんどん胃が痛くなってきたが、いよいよ入場が始まってしまう。大歓声の中で俺達は進んで行く。
幹部騎士になる為の学校なのだから期待があるのだろう。
俺達は最前列にならばされ、式典が始まっていく。
壇上の中央には国王様が座っていて、その左側に祖父が座っていて俺の事を心配そうな顔で見ているが、俺には笑顔で返す余裕などなく、ただ前を見るだけだ。
「なぁアル、流石に勇者様だな、ここに居る誰よりも貫禄があるじゃないか」
テオは呑気に言ってくるが、もう俺は答える事が出来ない程、緊張している。
勿論、国王様や司祭様の話など耳に一切入ってこないまま時間が過ぎ、いつの間にか生徒の一人が壇上に上がっていた。
「スキル名は火属性魔法」
神官が手にした石板に映し出された文字を読み上げる。
その途端に会場中から歓声が巻き起こった。
更に次の者が魔石に手をかざす。
「スキル名は保管する者」
今度は歓声では無くどよめきが起こった。
このようにこの学校で過ごしたとしてもこのように騎士を目指しているとは思えないスキルも出て来てしまう。
これは性格も反映されてしまうせいだ。
このスキルを生かすも殺すも本人次第だ。
俺の順番がどんどんと迫り、とうとう俺の番になってしまった。
緊張がピークに達してしまったのか、胃の痛みは限界に近づいて立っている事すら辛い。
それでも俺は願いを込めながら石板に手をかざした。
(頼む、お願いだから勇者のスキルを俺に授けてくれ)
神官には既に文字が見えているはずなのだが、なかなか発表してくれない。
会場にざわめきが起こった中でようやく神官は声に出した。
「スキル名は苦痛変換」
この会場に初めて静寂が訪れた。
ここまで読んで下さり有難うございます。本作は二作目になりますので宜しくお願いします。
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